mikiyo sato

福井の森の中で書いて読むための雑文集。小さな本屋と編集室を営んでいます。

mikiyo sato

福井の森の中で書いて読むための雑文集。小さな本屋と編集室を営んでいます。

最近の記事

こなっぽいココア

わたしは、小学3年生です。今日は、お父さんがはたらいている会社に来ています。お父さんは、めがねを作る人です。お父さんの会社には30人ぐらい社員の人がいて、毎日、毎日、めがねを作っています。めがねなんだけど、レンズは入っていません。外がわのフレームというのを作っているそうです。わたしは、お父さんの会社に来るのが、とても楽しみです。なぜかというと、会社に来れるということは、スポーツ少年団のドッジボールは休みの日だし、コーチをしているお父さんにいっぱいおこられなくてもいいからです。

    • ソリッド・ステート

      「海東さん、ようやく、ようやくこの時が、ついにきたのですね...」 「.........」 白衣に身を包んだ海東博士は、興奮と喜びに満ち溢れ、研究室の机に置かれた白い躯体を前に言葉を失い立ち尽くしていた。 「30年という時間は、短かったですか?長かったですか?」 「そうだな...俺のちょうど半生だからな...長いようで短い、短いようで長い。それが一番の言葉かもしれないな」 「私は、その半分をようやく生きたことになりますね」 「そうか、君はまだ俺の半分か」 海東博

      • ゆめ、ゆめまる。

        雑居ビルの中は、ひんやりとしていた。外は明るいというのに、ここは暗く、まるで洞窟のように湿っていて、万年日暮のようだ。 ビルの2階にのぼる階段の下に小さな本屋があり、今日はそこで店主と打ち合わせの予定だった。13時の約束だったが、15分たっても店主は現れない。店の引き戸は開けられたまま、電気はついたまま、店内BGMもつけられたまま、店には誰もいない。 「佐藤さん、時間、間違えてんのかな...」 一己(かずき)は、店の中に入り、ズボンのポケットからスマホを取り出す。Fac

        • ニュー・オータニ

          俺は、交差点のど真ん中にいた。近くから遠くから、獲物を狙う獣のように見えない視線を、四方八方に感じていた。俺の思考は止まっていて、ただひたすらに、いてはいけない場所にいることだけはわかっていた。 しばらくすると、けたたましいサイレンの音が聞こえてきて、まもなく止まった。それから誰かを呼ぶ声、怒鳴り声、なだめるような声がかすかに近づいてくる。 俺は身体に力を入れることができない。笑いたいのに笑えない。俺の身体を囲っている鉄の板はくしゃくしゃになっているらしく、やがてこじ開け

        こなっぽいココア

          平面に空からコイン

          目がくらむ白い空。 外へ出れば太陽で肌がチリチリする。 時間はあるけどすることがないのでドライブに出た。 そういえば、最近引っ越して いつも行っていたガソリンスタンドが遠くなってから ほとんど洗車していない。 できるだけ広いガソリンスタンドを選んで 洗車の前に、とりあえず3千円分給油する。 2台の自動洗車機はどちらも使われていて、 それぞれ後ろに1台ずつ次の番を待っていた。 わたしは奥の方の列に車をつけ、エンジンを切り、待つことにした。 目の前には練馬ナ

          平面に空からコイン

          マゼンタの憂鬱

           インクジェットプリンターの蓋を上げ、郵便で届いたばかりの新しいカラーインクに入れ替える。蓋を閉めると、ガシャンと重たい音がして、インクを飲み込んでいった。出力したいデータを選び、プリントアウトする。  だけど、出てきたものは、全体に黄味がかった色の偏りのあるものだった。新しいインクに入れ替えたばかりだというのに、出るべき色に仕上がってこない。目詰まりかと思って、チェックパターンを出してみる。すると、CMYKの4つのパターンのうち、マゼンタは1滴も出ていなかった。ノズルをク

          マゼンタの憂鬱

          メンチカツの失敗

          私は森の中にいる。そして、家族のためにメンチカツを揚げている。 メンチカツは8個、揚げなければいけない。 衣の処理はできている冷凍のメンチカツだ。 私には、メンチカツの衣を上手につけるだけの自信がないし、今日は夕飯までの時間もなかった。 ヒーターを付け、揚げ油の温度も上がったところで、冷凍のメンチカツを1つずつ鍋に落としていった。鍋には3つ入った。 プチプチと音を立てて首尾よく揚がっていく。 「きつね色」に変わったと思った頃合いに、メンチカツを油を切るトレイに並べ

          メンチカツの失敗