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【詩】大好きな死んだばあちゃんのアパートの富士山

般若心経をいつも唱えていたばあちゃん死んだ
俺たちがいくら一緒に住もうと言っても
ただなぜだか優しくやさしく笑って
首を振っていたばあちゃん

覗いたら難しい漢字がいっぱいあって分からなかったから
「これどいういみなのばーちゃん」ってこどもだった俺が聞いてみたら
「そんなむずかしいことあたしゃ一生わからん無学やから」
自信満々にそう言っていたその自信が眩しかった

何も知らなくてもこんな風に何かを信じられるんだね
こういう風に自分もなりたいな
そしたら死にたいくらいの毎日がもしかしたら
ふうっって消えるのかも知れないって、そう思えたんだ

一度も登ったことのない富士山は
ばあちゃんのボロアパートのふすまにいつも
高く高くそびえていてさ
そんな風に茶色く汚れていても俺を拒否しているように高かった

「富士山には登ったことあるの」聞いてみると
「あんたが生まれる前にもう死んじゃったあんたのじいちゃんと若い頃いっぱい登ったよ」
その表情がなんだかとても色っぽくてばあちゃんは、さぞかし美人だったんだろなって思って

そして同時にやっぱり俺は何やってもダメなんだな
そんな風に打ちのめされてそんな自分が死ぬほど嫌だったんだ
大好きなばあちゃんのことなのに
おれは俺がダメ人間だってやっぱり分かったから

でも風呂のないばーちゃんのアパートでさ
俺ね、もうばーちゃんのいない部屋の片付けしてさ
もう、そこに何もなくなってほんとに何もなくなって
悲しくて死にそうになったけど

俺、その後さ
家への通り道の
ばあちゃんと何度か行った
銭湯に行ったんだ

そしたらさ今まで一度も気が付かなかったんだけど
壁一面に大きな富士山がどばーってさ広がってたんだ
それ見ながら風呂入って暖かくてさ
登らなくても登れなくてもまるでばあちゃんみたいに
冬景色の富士山は暖かかったんだ

これ、暖かいってそのまま、味わっていいよね。
俺は寒いところはとっても苦手だから
俺はもう、あの登れない富士山登ったんだって
思ってもいいよね

「それでいいんだよ。あんたはばあちゃんよりずっと立派に登った。いつだってばあちゃんよりも前にいて登ってた」
俺はその声を確かに聞いたよばあちゃん。
美人のばーちゃん。

この声のこと妄想だって言うやつがいたら殺そう
そう確信して、きっと俺はそうするんだろうなと思った
そしたら勇気が湧いてきたんだ
この勇気何に使おうかなこれ

俺は強い強い自分を、
今たしかに、自分の中にそれがいるって
右手をぎゅっと握るくらい
そう思えたんだ


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