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自選小説『影法師から目をそらさずに』


むかし君はいっていたね

影法師にはその人の魂が宿るんだって

学校帰りのデートだったしさ

なんのことだかさっぱり分からなかった

僕はわかったふりをして君をアイスクリームやさんに誘ってアイスを食べさせたね

君は華やかな雰囲気なのに抹茶アイスを頼んだのがなんだかいい想い出だよ

そうだねもう想い出の話だ

でも想い出は育っていく

忘れようとしても育っていくんだ

そのことをぼくは君から学んだんだ

君は頭がいいのに「学ぶ」という言葉が大嫌いでしたね

「学んだことに満足する人間が学ぶという言葉を珍重する」

きみのぼそっと漏れるその旬で怜悧なそしてどこか温かい

その言葉が謎だった

そのことを君に言ったこともあるね

君の言葉は謎だと

帰ってきた言葉は

「影法師を踏めるかおまえ」

最初は意味不明でした

ちなみに女の子に「おまえ」なんていわれたのは人生はじめての体験で衝撃というよりなんだか清涼でした

そのあたりから僕は…

僕は…

それまで自分のことを「俺」としかいえなかったんだ

なんだか君といると「僕あるいはぼく」こう言いたくなってしまいます

聡明な君だから即答するのだろうけど

この回答はなぜなんだろうは……

ぼくのなかでしまっておきます

なぜなら君はもういない

気丈に生きていても病魔は肉体を蝕んでいく

僕は……

「影法師を踏めるかおまえ」

君のいなくなったあとで一生かけてこの言葉を考えたいです

影法師……

今となってはもう遅いですが

君が何を言いたかったのか

朧げにわかる気がします

「消えるものの中に本当のものがほの隠れする」

静かな口調だったけど君はしっかりとそう言った

このことははっきり覚えているんだ

ぼくの生きていく宝物のひとつなんだ

逃げる影法師後ろから背中を突き落としてやる

はずみでね

はずみで影法師を踏めるかもしれない

自分では踏めないんだよ

うっかり踏んでしまった犬のうんち

なんだかその中に後悔とともになんだかわけわかんない涙と

それと同時に幸せの予感がしませんか

去りゆくものは

去りゆく者は美しい

でもそれは自己満足ではないでしょうか

美しさは奇跡です

自分のものではありません

だからだから

わたしはあなたを突き飛ばします

脳天から影法師に

どうかどうか

墜落しますように

今わたしができるのは

そんなことくらいです

勘違いしないでね

突き落とした影法師にあなたが姿を見るのは自分の影ではありません

わたしですよ

わたしがそれを受け止めるのです

未来の希望は想い出の中にあるんだ

それをあなたにわかってほしい

踏んだら分かる痛みもある

人の痛いところを踏んでもいいよ

それが相手のためならね

突き飛ばすんだよ

あなたのことを

それを暴力とは呼ばない

むしろ愛情だ

そうすると

影法師が踏める

奇跡のようにね

影法師を踏むことは

寂しいけれど一つの出逢いであり

別れであるんだよ

もう「僕」もそれに気がついたでしょう

忘れられない影法師

踏むことは……

過去への決別さ

自分の影とは想い出であり未来への枷なんだ

そんなことをわたしが分かっていないとでも思っていたのか

影法師は踏まれて沈んでいくんだ

それが影法師の運命なのだ

運命を受け止められない人間が

影法師に人を背中から付き落とせると思うか

そんなことはできっこない

その影法師はあなたではない

あなたが踏んだのは

未来の自分のためにわたしを踏んだことなんだ

その罪と罰を受け止めよ

ただそれだけだ

自分の未熟さを悔いろ

自分があともう少し大人だったら……

そんな時間はもうない

自分のしたことを誰かのために使ってください

それが「供養」というものです

奥深い言葉です

必要であればまた天国から言葉をかけるよ

ぼんやりしてるけど

ここは天国みたいだね

どうやら

涙を流しながら

自分の影法師を踏みました

踏めるんだね

泥の中に蓮の葉が育つように

僕は君に押されて泥の中で君の胸に抱かれた

君の涙が僕の涙に混じって

ああ

これが僕の求めていたものなのかなと思えて更に泣きました

小さい頃は涙は冷たいと思っていました

でも本当は涙は暖かかったのですね

変な話ですが

まるでお風呂に入っているようでした

子供の頃入ったお風呂

涙のように暖かかったです

お風呂の中で泣いたこともあります

自分の顔を湯船に映しながら

涙と一緒に顔をつけました

影法師の向こうに君の笑顔が見えました

そこに朝陽がギラリとさしました

とてもきれいな朝陽が君の横顔をうつくしく

美しく照らしました

お世辞ではなく

観音様かなと思いました

明け方の太陽は

今度は僕を照らしました

朝陽の中で目が醒めました

影法師を踏んだのはどうやら自分の明け方の夢だったようです

観音様は消えてしまいました

明け方の夢は正夢になるそうですね

それを信じてまた生きていくよ

影法師を踏めることを信じて……

ぼくは朝起きたらよろけたんだ

あれは夢だったのか……

その現実が受け止められなくてね

どすんと床に頭を打った

その時ギラリとした太陽の中に君の笑顔が見えたんだ

今度は意識はっきりしていた

頭を打って痛かったけど

夢ではなかった

しっかりした意識の中で君の声が聞こえたよ

そして目を開けたら

そこに影法師があったんだ

そして影法師には

君の匂いがした

顔をつけると

自分の顔が浴槽のように揺らいでいた

僕は涙をした

さようなら

こう言った

自分の過去に

君との思い出に

また君に会いたいよ

新しい自分になって

(了)

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