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最初で最期のデートは、優しいキミノウタ

私は、27歳になるまで彼氏が出来なかった。

好きな人には嫌われ、苦手な人にばかり愛された。好きな人に嫌われる理由は、好きになるとすぐ強引にアプローチするから。

一目惚れした相手に対し「電話番号教えてください」と聞き、その日に電話やメールをする。

しかし、男性とは基本的にハンター気質があるもの。よって、ガンガン来る女性には興味を示すことはない。

片思いをすると長くなり、片思いの相手と声をかけてくれる人を比べようとする。こうして、どんどん片思い期間ばかりが延びていった。

ただ、27歳になるまで誰ともデートしなかった訳ではない。私が初デートをしたのは、22歳。お互いに一目惚れだった。

彼は、トンガリ頭の中卒24歳。仕事は運送業。ハリネズミのようなヘアスタイルは、まるで漫画「今日から俺は!」の伊藤のよう。細いつり目の雰囲気イケメンで、女友達に見せると決まって「めちゃくちゃカッコいい!」と言われるような人。

女友達からは、芸能人の森田剛さんやロンドンブーツの田村淳さんに似てると言われていた。

彼との出会いは、合コン。合コンが終わると、彼から毎晩長電話がかかってくるようになった。

彼からの電話は「もしもし」ではなく、「もっしぃ〜」と気だるい声。「今何してるの?」のような前置きはなく、「あのさ、オレさぁ〜」と自分の話を延々とするタイプだった。

彼の話は、ほぼ過去の武勇伝、元カノ、車の話だった。

暴走族の後ろのバイクに乗り、旗をワーッと持って暴れていた話、マウンテンバイクで山を攻めたら大事故起こして生死を彷徨った話、アストロが無性に欲しくなり、会社の親方(彼は、上司をなぜか親方と呼んでいた)から500万借りてアストロ買った話、井川遥と吉岡美穂の魅力について、元カノとは6年交際した話など。

ドラマや映画も好きらしく、見た話の感想も教えてくれた。

「IA、めっちゃおもんないねんで。あれ、スピルバーグのやつ。ロボットでてくる話あんねん。あんた、わかる?IA?」と聞かれ、何のことかと思ったらAIだった。

まるで息をするように、彼は自分のことを延々と話し続けた。私のことは、全く何も聞いてこなかった。

彼とは、やがて一緒に飲み会をしたり、2対2のダブルデートを楽しむようになった。飲み会をすると、決まって彼はモテていた。

話が上手いわけでもなく、とりわけ顔の整ったイケメンという訳でもない。スペックも決して高くない彼だが、なぜか放っておけない魅力があった。

ある日、彼と彼の先輩、私と友達とで遊ぶ約束をした。すると、彼はなぜか私たちをパチンコに連れていった。

しかし、彼らは一向にお金をパチンコ玉に変えようとしないのである。人のパチンコを後ろで腕を組んで、ジーっと眺めているだけ。

彼らの考えていることがイマイチわからず、私はお金をパチンコ玉に変えようとした。すると、彼から「あほか!お前何やっとんじゃい!!」と凄い形相で私をキッと睨んだ。

私が「パチンコするんでしょ?」と言うと彼はすかさず「そんなもん、するかボケィ!オレ、お金ないんや!パチンコなんか出来る訳ないやろ。

だから、パチンコの台を見るんじゃい!」と怒鳴ったのである。

グループデートって、普通遊園地とか公園とかだよね?

せめてパチンコするならまだしも、パチンコ台の閲覧って何?お金ないのに、なぜパチンコに来たの?

とりあえず何でキレるかわからないので、彼の背後について人のパチンコを眺めることにした。見られている人は、物凄くやりにくそうだった。

そんな不思議な遊び方を続けていた頃、彼からようやく「デートしよう」と誘われた。ずっと2人で遊びたいと思っていた私のテンションは、この言葉で最高潮に達した。

彼からは「映画を見よう」と誘われ、映画館の前で待ち合わせをした。1月の寒い日だった。彼は、なんと2時間遅刻してきたのである。

そろそろ帰ろうかと思うと、向こうから何食わぬ顔で「よぉ」と彼が登場。

ハッキリいって、2時間も女性を待たせた上に謝りの一言もない男などダメ男だろう。恋の盲目とは恐ろしい。遅れてきた彼が、神さまに見えたのだから。

「ずっと待ってたんだよ!」というと、「あ、そう」とアッサリ交わされる。映画館で待ち合わせしたのに、「オレの家行く?」と言われた。

じゃあ、最初から映画館前で待ち合わせする必要ないじゃん……。

結局、彼の家にいってDVD鑑賞することになった。初デートが、まさか男の部屋とは。まだ付き合ってもいないのにと、不安は募るばかり。

デート前に、彼とコンビニに寄った。私がカゴを持つなり彼は好きなものを入れ、レジ前で私の背中をポンと押した。お金も全部、私持ちかよ。

彼の家は、昔ながらの大きな一軒家だった。彼の家は複雑で、彼だけが他の兄弟と腹違い。彼1人のみ、はなれのような場所に住んでいた。

部屋には電話機があり、四六時中鳴り響いていた。「電話でないの?」と聞くと「オレの部屋は、よく電話かかってくるんさ。でも、オレはでない!」と断言。

しかし、電話が頻繁に鳴る部屋でDVDなど落ち着いて見れないものである。彼の部屋で見た映画は、正直なんだったかも覚えていない。

部屋には一面にビデオが積まれており、「これ何?」と聞くと「全部AVや」と話す彼。壁には、なぜか葉月里緒奈のヌードポスター。

どうやら私、とんでもないところに来てしまった。もしかして、彼にこのまま処女を奪われるのだろうか…?

私の不安を他所に、彼と一緒にDVDを見ることになった。彼は隣で一言も言葉を発さず、私に触れることはなかった。

やがてDVDが中盤になると、コンビニで買ったカップヌードルを一緒に食べあうことになった。

「カップヌードルの汁にな、ご飯入れるとめっちゃ美味いねんで」と、ここでようやく彼が笑顔になった。カップヌードルを食べだしてから、彼はぽつりぽつりと話し始めるようになった。

「こないだ、合コン行ったんや」と、まさかのカミングアウト。「えっ、私とデートするのに合コンいくの?」と聞くと「だって、俺あんたと付き合ってないやん」。確かに、そうだけど。

「こないだの合コン、めっちゃ可愛い子いっぱいいたんや。連絡先も交換して、いい感じやねん」と、彼は明後日の方向を向かって話しはじめた。

なんと、彼は初デートでまさかの「心変わり」を伝えたのである。

「そう、今日のデート楽しみにしてたのに…」と話すと、「ごめんな」と一言。

やがて外は暗くなり「あんた、なかなか帰るって言わへんけど、いつ帰るの?そろそろ親も心配してるし、帰った方がいいに。俺送ったるわ」と言われた私。

今日、彼は一体なぜ私をデートに誘ったのだろう。彼はご自慢のアストロを乱暴に運転しながら、ミスチルの優しい歌を口ずさんだ。

「誰かが救いの手オォーーー、やさしいうたぁ〜」と歌いながらノリノリで運転する彼の姿。もう2度と見ることはできないだろう。私は、彼の横顔を見ることすらできなかった。

彼は家の前まで私を送り届け、「またね〜」と笑顔で大きく手を振った。

その後、彼にメールしても一切返事は来なくなった。またね、は無く最初で最期の初デート。

あれから数年経ち、合コンで偶然彼の友達と遭遇した私は「ハルくん、元気なの?」と興奮気味に聞いた。

彼の友達は「あー、あいつもう運送屋の仕事してないよ。

今は厨房でコックしてるらしいぜ。その前は、メンズバーにスカウトされてバーテンやってたらしいけどなぁ。

まあ、あのルックスだからメンズバーのが似合うけど、あいつが厨房で真面目に働いてるとか不思議だわ」と、ケラケラ笑った。

彼の友達の話によると、私との最後のデートの後にすぐ仕事をやめ、メンズバーで夜の仕事をしていたらしい。

その後夜の街から足を洗い、厨房に出ていることを知った。

彼が元気でやってることを知り、ホッとした。彼は、あの日なぜデートに私を誘ったのかは未だに謎だが、彼なりに最後に蹴りをつけたかったのかもしれない。

今でもふとミスチルの曲が街に流れると、彼の歌声を思い出す。カラオケでよく聴かされたが、本当に選曲はミスチルばかりで、見た目バリバリ元ヤンの癖に歌声はポカリスエットのように爽やかだった。今も、優しい歌を口ずさんでいるだろうか。

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