企業の研究開発職の実情

博士になる覚悟がなく、企業での研究職を選んだ(入社前)

私は5年前、大学院修士課程を卒業後、製造業の研究職として社会人生活をスタートさせました。分子生物学を一貫して研究していた大学時代は、学会発表や査読付き国際雑誌への論文投稿を果たすなどそこそこの業績を残せましたし、研究は好きでしたが、それでも博士の道は選びませんでした。理由は2つです。まず自信がありませんでした。自信というのは、研究に全てを注げるかのような生活を送る自信です。

修士時代の私は、ほとんど研究室に籠り実験と論文執筆に励みました。9:30〜5:00まで研究室にいて、一旦家に帰ってご飯や風呂を済ましてからまた21:00に研究室に戻り、1:00とか2:00とかに家に帰るという生活です。今思えば、ダラダラしている時間も結構ありましたし、全く効率的ではなかったかもしれませんが、没頭していました。そして、そのくらいしないと結果が出せないと思っていました。だから、そのまま博士として研究室に残ると、研究に取り憑かれた人生になるのではないかと思い込んでいたわけです。あと3年この生活続けるのかと思うと、続ける自信がありませんでした。というより、元々博士に行くつもりはなく修士で卒業するつもりでしたから、2年で結果を残さなきゃという思いがそのような生活を作り出していたかもしれません。

もう一つの理由は、金です。多分、学振をとって20万/月もらいながら博士生活をできていたと思いますが、やっぱりいい会社入って給料もらった方が可処分所得は上がるわけです。授業料とかもないですし。つまり、博士課程で実験に取り憑かれて貧乏生活送るよりも、会社入ってのんびり研究して、経済的に余裕のある生活を送りたいと思い、企業研究者を選びました。なぜ研究職だったかというと、理系修士=企業研究職という固定概念があったからです。もちろん、研究が好きだというのもありますが、何より研究職しか知らなかったからです。今思えば、もっといろんな職を選択肢に入れておくべきだったなと思っています。

入社後の業務は研究ではなく開発だった(入社直後)

学生時代に研究で結果を残したという自負がありましたから、会社とはいえやはり基礎研究をしたいと思っていました。基礎研究こそ研究の真髄だと思っていたわけです。しかし、配属された部所では基礎研究ではなく開発のテーマを与えられました。業務の詳細は記載しませんが、最初はショックでした。基礎研究チームから外されたわけです。正直、「やさぐれ」ていました。事務的作業や生産に関わる業務が多くありましたから、全く研究者という感じではなかったですし、テーマ自体も私の大学時代の専門性が無視されたものでした。ですから、なんとか自分のフィールド、「研究論文をたくさん読んで知識を蓄えて、自分の好奇心の赴くままに基礎研究に突っ込む」に持ち込もうとしていました。週末には自身の業務テーマに少しでも関連する論文を読んで、先輩に伝えるという感じです。このこと自体は全く悪くなかったと思います。なぜかというと、後の論文投稿につながっているからです。(この話はまた別でしようと思います。)ただ、自身が置かれた環境に抗っているというのが正しい解釈でしょうか。基礎研究をさせてもらっていない自分をなんとか誤魔化すために必死だったという感じです。

研究だけできる人ではまずいのでは

そうやって、基礎研究第一主義者として自己暗示(基礎研究の論文報告)をし続ける中で、私の心境が徐々に変化して行きました。何がきっかけというのは特定しづらいのですが、主な要因は2つあります。1つ目は、私の自己暗示に付き合ってくれた私の先輩が抜群に優秀だったのです。何が優秀だったかというと、まず物理化学や生化学分野での基礎研究としての知識が抜群だったのです。社内トップクラスだと思います。だから私の自己暗示にも関心を持って付き合ってくれたのですが。

ただ、私たちの業務は「開発」です。開発というのは、実験してデータ取って新しいエビデンスを獲得するだけでは給料がもらえません。基礎研究チームとは異なり、常に納期が差し迫る中で、ありとあらゆる想定をしながら、正確な判断をし続ける能力が必要です。そして、関連部所の曲者たちを、時に下手に出ながら、時に喧嘩をしながら説得をし、業務を進めるわけです。その「先輩」はとにかく広い視野と、斬新な視点と、複数のタスクをスケジュール通りに進める力と、これでもかというくらい降ってくるトラブルに対応し続ける能力を持ち合わせていたわけです。そんな中で私の自己暗示に付き合ってくれたわけですから、頭が上がりません。そんな先輩と仕事をする中で、研究だけできてもダメだなと思うようになりました。そう思うと、開発で結果残している人は確実に出世していることに気づきましたし、私が基礎研究チームから「外された」とき、開発一筋の上長に「お前を鍛える」と言われたことも納得できました。ちなみにその上長は、当時最短出世を果たしています。

私は別に出世欲があるわけではないですし、ザ・サラリーマンとしてずっと今の会社にすがろうとも思っていませんでしたが、やはりビジネスの世界にいる以上、研究しかやってこなかったではこの先通用しないと思ったわけです。このように、基礎研究だけではない能力の必要性を肌で感じたというのが1つ目の理由です。

この時から、基礎研究第一主義者としての信仰が薄れ始めます、信仰が薄れると、他の世界も見てみたいと思うようになりました。いろんなビジネス雑誌やビジネス書を手に取り、いわゆる意識高い系に足を踏み入れて行きます。そうすると、長らく基礎研究第一主義者であったことが恥ずかしくなるくらい、自分の視野の狭さ、専門知識の無さ、社会的教養の無さに気づきました。誰が社会を作り、誰がビジネスを生み出し、どのようにしてお金が稼がれるのかに興味を持ち始めました。マーケティングや財務会計、株式投資などの情報になるべく触れる習慣を意識し始めました。私の会社はメーカーですから、モノやサービスを顧客に提供し、お金を得るということはどういうことなのか常に考えるようになりました。そして、それを実現する科学とは何なのか考えるようになりました。つまり、自らビジネスに興味を持ったというのが、2つ目の理由です。

企業研究者は研究者なのか、ビジネスマンなのか

結局、企業研究者は研究者なのかビジネスマンなのかというと、私はビジネスマンなんだろうと思います。正解か不正解かではなく、あくまで私の考えです。おそらく、会社によって研究開発の位置付けは違うでしょうし、長らく研究に従事している人材が重宝されているのも事実です。ただ、会社というのは「利益」を生み出すのが社会的使命です。これは間違いありません。そうすると、基礎研究というのは時間がかかりますし、将来お金を生み出すリソースになるか分かりませんから、利益を生み出すという行為から遠ざかる気がします。そうすると、自分なりにモチベーションを保つ必要があります。例えば、研究に対する熱意とか。ただ、もしその熱意が私にあったら、アカデミアに行くと思います。なぜなら、会社の都合で研究がペンディングになったり、他の部署に移動したりするリスクがないからです。私は、同僚がペンディングや人事異動、テーマ転換を経験しているのを嫌という程見てきました。会社では頻繁に起こります。利益を追求する組織であり続けなければいけないからです。研究が進展することよりも、利益を獲得し続けることが重要です。もちろん、研究の進展が利益につながると判断されれば徹底的に投資されますが。

なので、研究者として成功したいなら、アカデミアを選択すべきです。私の同僚は、ずっと基礎研究や臨床研究に従事していますが、隣のチーム(つまり私のチーム)で日々製品を作り、法規対応や生産現場なども管理しながら収益化に貢献しているのを間近で見て、「羨ましい」と言っていました。周りもみな基礎研究をしている環境と、周りがビジネスマンである環境では、自身の基礎研究に対するモチベーションが変わるということです。

会社で博士号を取得した人の行く末

そうは言っても、私の会社でも博士号を取得した方はたくさんいますし、色んな進路がありますが、そのパターンは次の3つかと思います。

①事業戦略や開発に従事し出世するパターン

②ほとんど同じ部署で専門家として研究に携わるパターン

③専門性を生かしたいので転職するパターン

①パターンの方は頭が切れ、優秀な人が多いイメージです。③の方は、自分の専門分野への熱意が強い方でしょうか。②の方は、①から外れたもしくは自ら②を選んだという感じです。どれがいいかは人によります。ただ、②、③のパターンを選んでも常に論文を書き続け、特許を出し続けみたいなプロ研究者として生きていくのは非常に稀でないかと思います。

とは言っても、やっぱり論文を出したい

ただ私は、「ビジネスマン」として業務をこなしながら論文を書くのは全く不可能ではないと思います。実際、基礎研究第一主義者時代に妄想を広げ、実験を重ね、ようやく論文投稿を実現するに至りました。業務をしながら自分でテーマを立ち上げ、論文化まで持っていくというプロセスでは、大学時代に論文を書くというのとは全く違う難しさがあり、非常に多くの工夫と思考を用いてきました。この経験についてはまた別途お話しします。

つまり、ビジネスマンとして業務をしながら視野を広げる一方で、自分の知的欲求を満たし、研究者としての業績を稼ぐというように、バランスを保ちながら最適なスキルポートフォリオを見出していけるというメリットもあるわけです。もちろん、アカデミアの方のように論文量産はできませんが、「稼ぐ」最前線にいながら研究も嗜むというのが企業研究者では実現できると思います。しかも、皆と同じように業務をしながら、時間を作り出し(昨今は業務時間の管理も厳しいので、長時間残業して実験するのは難しいです)論文を作製できたことで、社内での評価や信頼度も上がってきたように感じます(多分)。通常の業務として論文を書くより難しいと捉えられますから。

ということで、引き続き「ビジネスマン」として学術論文を投稿し、視野を広げがら自分のキャリアとスキルを獲得していきたいと思います。

企業の研究職への就職を考えている学生さんや、会社で思うように研究できていない私と同じような境遇の方に、少しでも参考になる情報や共感があれば幸いです。

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