くらげ5パーセント
「小さいころに顔面から地面に突っ込んだみたいな顔だよね」
日本人らしい典型的な平たい造形をしているわたしを彼は淡々となじった。親指の爪をパチン、と小気味好い音を立てて割りながら、顔もあげずに。
なんてクソ野郎なんだと思いながらも黙って皿を洗う手を動かす。長年愛用している漆の箸は先端が剥げかけていてみっともない。
息を吐くように彼はわたしをなじる。
あざらしみたいに寝るね、とか。
指先の形が気持ち悪いよね、とか。
そのたびに、胸に何かがつかえて一瞬苦しくなるけれど、ほんの少し温度の高い腕にぐるりとひとたび巻かれてしまえば、何もかもがどうでも良くなって目をつぶって終わる。
もうどのくらい経つだろうか。「泊めてよ」という4年ぶりに送るにしては雑すぎるLINEとともに、雨に濡れた髪を滴らせて彼はわたしの世界にぬるりと侵入してきた。
今となっては我が物顔でわたしのソファベッドを占拠し、ニンテンドースイッチとスライムの抱き枕とともに部屋の一角に巣をこしらえている。パチンコで取ったんだか、まるで餌のように投げて寄越されたカロリーメイトを仕方なく頬張るわたしは飼われている猫みたいだ。
「それ、モラハラじゃん」
スーパー銭湯の不人気な炭酸温泉に浸かりながら夏美が呆れて言った。
「…でも、いいところもあるし」
「だいたいみんなそう言うよ。でもさ、それただの都合のいい女だからね」
出たよ都合のいい女。
ちゃぷん、と右手をお湯のなかに落とす。細かい泡を立てて沈んでいく心臓ひとつぶんは、彼の手のぬくもりさえ知らない。
都合がよろしくて何がいけないんだろう。嫌いなところを挙げろ、と言われれば無限に出てくるはずなのに、ひとつとして彼女にうまく差し出せなかった。ため息を吐いて、お湯に顔を埋める。
4年前、初めてのデートで行き当てもなく辿り着いたのは街の外れにある水族館だった。どちらも大してテンションが上がることもなく、キラキラと日の当たるイルカショーとは対極にある鬱蒼としたエリアのほうに歩みを進めていった。暗がりのなかに、青白い光がポツポツと浮かぶ。
「くらげって95パーセントは水分なんだって」
水に流されているだけなのか、確固たる意志を持って懸命に泳いでいるのか。
ガラス越しにまじまじと見てもよくわからない半透明の彼らを、彼は飽きもせずに延々と眺め続けた。
中央の丸みたいな部分は何だろうと思いながら、空高くのぼってゆく塊をぼんやりと目で追う。
くらげの本質は5パーセント。たったそれだけに命も意志も思いも詰めて、ゆらゆらと波に揺られて、最後は水に溶けて消えてゆく。
そっと目を開けたら、体育座りのままびっしりと細かい泡に覆われていた。
「のぼせたから先出るね」
という夏美の声を黙って受け止めながら、ゆっくりと脚を伸ばした。炭酸水はやわらかくわたしにまとわりつく。生ぬるいお湯のなかで右手をくゆらせると、産毛にくっついた泡がシュワシュワと弾けた。
今日は帰ってくるだろうか。冷蔵庫にきゅうりがあったから、ゴマ油で和えてやろうか。
ふてくされたフリをしながら、彼の腕のなかで5パーセントを差し出す自分を想像しながら、わたしはまた目を閉じた。
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