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【mature世代のシネマ】ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス

観光地としても有名なニューヨーク公共図書館の活動や運営を12週間に渡って追った、フレデリック・ワイズマン監督によるドキュメンタリー映画。


カメラは、ニューヨーク公共図書館本館とブランチとして置かれている4つの研究図書館、88の地域分館で行われている活動

本の貸し出し、セミナー、子供たちの放課後の学習支援、ワークショップ、就職支援、起業支援、WiFi機貸し出し、人間Googleのようなリサーチのエキスパートによる電話対応、高齢者や移民たちのためのパソコン教室、音楽コンサート、読書会やダンスレッスン、アフリカ系住民との直接対話・・・

といった、ここには書ききれないほどの活動を映し出している。

ときには利用者が決して見ることのない、蔵書や収集物の管理などの裏方仕事や、職員たちによる予算についての会議、寄付者たちを招いたチャリティーパーティーの様子をも映し出している。

海外での生活経験がなく、日本の図書館しか知らない私にとっては、図書館の概念が覆されるものだった。


「市民社会に必要な知のインフラ」としての役割

本図書館についてレポートしている書籍『未来をつくる図書館 ニューヨークからのレポート』(菅谷明子 岩波新書 2003年)によれば、これらの活動は、ビジネス・キャリア支援、芸術活動支援、市民生活および地域活動に必要な情報提供支援などに大別されるが、活動の大原則は、ニューヨーク市民の生活をよりよいものにするための「情報提供の場」であり、「市民社会に必要な知のインフラ」であること。図書館のこのような活動によって、コピー機やポラロイドカメラ、有名雑誌が誕生したという。

図書館とは本を借りたり調べ物をしたりするための場所だと思ってきた私だが、図書館にはもっと重要な役割があることを、ニューヨーク公共図書館に教わった。過去の人類の偉業を大切に受け継ぎ、新しいものを生み出すための素材を提供する。やる気とアイディアと好奇心溢れる市民を芳醇なコレクション(所蔵資料)に浸らせ、個人の能力を最大限に引き出すために惜しみない援助を与える。それがやがて社会を活性化させると信じて……。

『未来をつくる図書館 ニューヨークからのレポート』(菅谷明子 岩波新書 2003年)3ページ

起業や転職、キャリアアップ支援が図書館で行われていることにも驚く。単に就職情報を提供するだけでなく、履歴書の書き方、面接でのプレゼン力向上、スキルアップのサポート、起業のコンサルティングやネットワーキング活動にも力を入れている。市民が経済的に自立していくことは、長期的に見れば地域経済の活性化にもつながり、生活保護費などの社会保障費を抑えることにもつながるという考えに基づいているからだ(同12ページ)。


職員たちの熱意とロジカルなスキル、どんな人々をも支えるという信念

ニューヨーク公共図書館の「公共」とは「公立」という意味ではなく、「一般公衆に開かれている」ということを意味している。活動の資金は、ニューヨーク市および州による公的資金と民間からの寄付の半々からなる。(パンフレット『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』4、25ページ)

費用対効果は特に重視される。限られた予算をどのように使うか、その年に行政や議員たちが力を入れている市・州の重要事項や施策は何か、寄付してくれた人々や企業はどのような期待を抱いているのか、一方で図書館の本分や目指すところは何かなどを、幹部職員たちが互いの認識をすり合わせながら予算や資金獲得について議論している様子が、バックグランドの一つに経営学を持つ私には、とても興味深いものだった。

このような議論の裏側を経営学の視点から想像してみると・・・

ニューヨーク公共図書館のWebサイトをみると、「The mission of The New York Public Library is to inspire lifelong learning, advance knowledge, and strengthen our communities.(ニューヨーク公共図書館のミッションは、生涯学習を奨励し、知識を向上させ、地域社会を強化することである※)」というミッションを掲げている。

図書館はこのミッションに共感する人たちを募り、その人たちからミッション達成に必要な資源(金、人材、物資など)を提供してもらう。提供してもらった資源はどんなことにでも使っていいわけではなく、使い途が指定されていることもあれば、彼らのミッションや期待に貢献する形で使うこともある。当然のことながら、それが自分たちのミッションや目的と合わない場合は、断ることもある。

そして、提供してもらった資源をミッション達成のためのどの部分に使い、どのような成果と効果をもたらしたのかを、提供者たちに報告しなければならない。

成果と効果は、「蔵書数◯◯万冊増、学習支援利用者数◯◯人、就職セミナー◯◯回開催」といった“数字”だけではなく、その先にある「それによって社会がどのような困難や問題を解決したのか」「利用者にどのようなポジティブな変化があったのか」という、社会やサービス利用者の“実感”が求められる。当然のことながら、その“数字”と“実感”は自分たちのミッションと整合している必要がある。整合していないと判断したときは、その施策を見直さなければならない。

これはあくまでも非営利組織の経営・運営に関する知識をもとにした私の想像によるものだが、このような一連のプロセスを仕切るには、難易度の高い経営のスキルと職務への熱い思いが必要となる。

映像に映し出される幹部職員たちは、経営戦略、マーケティング、定量分析、リーダーシップといった経営学のスキルを余すところなく使い熱心に真剣に議論し、資金調達担当職員は、コンサルティング会社やマーケティング会社の社員顔負けのプレゼンで、人々に寄付を呼びかけていた。正直なところ、ここまでできる人や組織をあまり見たことがない。


また、アフリカ系住民への差別が厳然と残る街でありながら、彼らの歴史や文化を理解し残し、教育やコミュニティ形成の支援活動が行われているのだが、それにかける職員の信念をも垣間見る。

ニューヨーク公共図書館の分館の一つ、黒人文化研究図書館の館長が、現在も差別されていて将来に希望が持てない地域の住民や、教科書にアフリカ系移民の奴隷制度について虚偽が記載されていることに不満をもつ人々の話しに耳を傾ける。それでも力強くいう。「しかし、ここには黒人文化研究図書館がある。あなたのお子さんは一生通うことができる」と。

今、ニューヨークは年収1000万円あっても暮らしいくのが難しいというのをきいたことがある。そんな街で、さまざまな理由から苦しく厳しい状況にある市民の生活を「情報提供」という、社会福祉とは異なる立場から支援することに、職員たちがこれだけの熱意を持ってロジカルに取り組んでいる。ニューヨーク社会の底力を見た思いがした。


このような図書館が成立する背景には、図書館の職員だけでなく市民の一人ひとりに、自ら情報を集め整理して、生活における判断や意思決定を自ら行い、それによってよりよく生きようとする意識が根づいているようにも思えた。

ニューヨーク公共図書館の分館の再建築を担当することになった建築家の言葉「図書館は本の置き場ではない、人そのもの」が、それを物語っている。

* * *

映画の中では、ニューヨークの街並みも映し出されて、実際にそこに行ったような気分にもなれる。3時間40分という長丁場の映画(途中10分の休憩あり)だが、自身の図書館の利用や情報と生活のありかたを考えながら観ていたら、あっという間の時間だった。

映画の鑑賞とともに、本作品のパンフレットや先に紹介した書籍『未来をつくる図書館 ニューヨークからのレポート』も併せて読むと、映し出されている図書館活動の意味や背景がわかり、理解が深まる。特に書籍の方では、日本の図書館との違いや現状の課題なども、各種データ(執筆時と思われる2000年前後のもの)に基づいて考察されているので、今後の図書館のありかたを考えるのに参考になるかもしれない。


※ニューヨーク公共図書館のミッションの日本語訳は本noteの執筆者によるものである。




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