森 晶麿

虚構家、小説家ってWikipediaに書いてあったのでたぶんそう

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  • 森晶麿ホラーマガジン

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  • 三単現のエス──または彼を炎上から救うたった一つの方法

最近の記事

百合掌篇「グロテスクの二人」

「あんたここがどういう職場だかわかってるんでしょうね?」  腕組みをしながら金髪の長身の女性が尋ねた。尋ねたというより、脅されている雰囲気だ。私は天井で稼働中の換気扇のプロペラを見上げながら、物怖じせずに答えた。 「東京都グロテス区の区役所八階。グロテスクとアラベスクを分類して整理します」 「分類までは合ってる。でも整理するのはグロテスクだけ。アラベスクを見つけたら容赦なく廃棄。項目ごと削除。さあ、わかったら、さっさと仕事始めな!」  シュウコ先輩は自分のデスクに戻っ

    • 〈推理〉するのは誰か?

      エドガー・アラン・ポオは、自身の小説「モルグ街の殺人」をthe tales of rasiocinationと呼んだ。日本語に訳せば「推理小説」。だが、同時にポオは作者の用意した都合のよい推論が、世間で勝手に高く持ち上げられすぎている点を懸念してもいる。ポオにしてみれば、「推論なんてこれくらい都合よくできちゃうんですよ、〈理路整然としてる〉ってこわいね」くらいの感じだったんじゃないかと思う。 まあポオの思惑はともかく、その後、さまざまな論者がミステリの〈かたち〉を定義せんと

      • 高松ソレイユの学生主催『千年女優』上映会がすごかった話

        3月24日、高松の映画館ソレイユ2にて『千年女優』の上映会が行なわれた。主催は香川のたった一人の大学生。その動機など詳細はこちらのインタビューをごらんいただきたい。要約すれば事故でご自身の卒業が遅れることになり、同級生の卒業記念に、と上映会を企画されたということだ。 ここで、映画自体よりも、ソレイユという映画館について少し話しておきたい。ソレイユは高松にある小ぢんまりとしたレトロな雰囲気の漂う映画館だ。上映される映画がいちいちセンスがいいので、原稿の都合さえつけば月一では訪

        • 恋愛掌篇「陰謀論ノ彼女」

           「スマホによって、我々はつねに国家に存在を把握されており、電磁波によって寿命も決められているの。だから、私は何も持たない」  経理部の鵜馬ふみはそのようにして自分が携帯電話の類を持っていないことを説明した。今日で交際から一年。長かった。  最初のデートにこぎつけるのだって、非常に苦労したものだった。社内では彼女を見かけることはあっても、他部署では話しかけることは難しかった。社内メールは管理部がチェックしていて、プライベートな内容は送れない。  結局僕は、新しいインボイ

        百合掌篇「グロテスクの二人」

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        • 人工失楽園BARからこんばんは。
          34本

        記事

          ホラー掌篇「となりの家の子」

           出勤前の朝のゴミ出しは憂鬱な仕事の一つだが、今日はそうでもなかった。なにしろ、連れがいる。昨日入学式を終えて、晴れて小学一年生となった娘のハナだ。  まだ大きすぎるのではと心配になるランドセルを背負い、よろよろと歩いている。その小さな手を握りながら、そうかこの子が学校に通うのか、なんてことを、今さらのように感慨深く思っていると、いつもは嫌で仕方ない生ゴミの、鼻が歪みそうな匂いも耐えられる気がする。  背後から、二つの足音がしたのは、そんなタイミングだった。一つはよく知っ

          ホラー掌篇「となりの家の子」

          恋愛掌篇「マスクガールと停電の夜」

            リリコがマスクをつけるようになったのは、新型コロナウイルスの流行より何年も前のこと。両親でさえ、彼女の顔を幼少期以降はほぼ覚えていないくらいだ。リリコは時折真夜中にこっそり鏡で自分の顔を確かめることがある。だが、グロテスクな代物だ、という以上の感慨がわかない。 というか、人間は全般、グロテスクなものだ、とリリコは思う。よくみんな、マスクの一つもつけずに外出ができるものだ、と感心と疑問が同時にわき起こる。 そして、そういった感慨と矛盾するようだけれど、リリコはまた、他

          恋愛掌篇「マスクガールと停電の夜」

          対話篇「僕はあの日、作家にブックオフで買ったと伝えたかった」

           その日は、好きな作家、大池恵子さんのサイン会だった。僕は中学校のときに図書館で大池さんの本を読んで、その濃密な心理描写に酔い、サスペンスフルな作風に興奮して以来、全作図書館で読み漁ったくらい好きだ。  高校でも、大学でも読んだから、四十冊くらいは読んだのかな。  現在は地元の家具屋で家具製造に明け暮れる日々。まだ入社三年目だから薄給もいいところで、だから大池さんの新作も新刊では買えないけど、推したい気持ちはすごく強い。だから、細々とだけどブックオフに通っては、学生時代に図

          対話篇「僕はあの日、作家にブックオフで買ったと伝えたかった」

          掌篇「すずめの蛸殴り」

          「なんで別れたんか理由を言え」  人がええ気分で寝よったのに、がさがさした聞き苦しい声で現れて胸倉つかんで何を言いよんのや、こいつは。    幼馴染の武雄が押しかけてきたんは明け方の四時やった。どうも武雄の女房が俺と関係もちよったことを口滑らせたらしい。  なんやそれ、どうでもええがな、終わったこっちゃ。  しかもやで? 夫の武雄が「よくも俺の女房に!」とか言うならまだわかるんやけど「なんで別れたんか」てどういうことやねん? 別れんかったらよかったんかいな。 「理由? 

          掌篇「すずめの蛸殴り」

          恋愛掌篇小説「音になれば」

          「ヨーグルトの期限、切れてたら捨てなさいよ」  たぶん乃亜は僕を責めているのだろう。出張から帰ってきた乃亜は機嫌が悪い。  期限の切れたヨーグルトと機嫌の悪い乃亜。    しかし、その横顔は謎めいている。知っている横顔だが、二日間の出張の間に作られた外の空気が見知らぬ表情を作り出す。  いっそ乃亜の言葉が分からなくなったらいいのだけれど、と僕は考える。いまこの瞬間、唐突に乃亜の言葉がわからなくなれば、僕はただ莫迦みたいな顔で乃亜の話すのを見ていればいいわけだ。 「ねえ、

          恋愛掌篇小説「音になれば」

          怪談「ねことおおやと祭りの夜」

          「もうそんな大きぃなったかぁ、坊主、すごいのう、おじちゃんびっくりや」  大家さんは、我が家に来るたびに僕の年齢を尋ね、大げさにそう言って驚いてみせたものだった。  大きい家と書いて、大家さん。だからだろうか、幼い頃の僕にとって大家さんはものすごく大きな存在だった。滅多に会うわけでもないのに、彼が現れると、家の空気が全体、彼の流儀に従わなければならないような、何とも言えない圧迫感で満たされたものだった。 「流儀」と言ったって、大した流儀があるわけではない。大家さんの獲って

          怪談「ねことおおやと祭りの夜」

          怪談「しめさば」

           死んだ兄の恋人の香苗に聞いた話である。  故郷を離れて3年、兄はずっと真面目な銀行員だったようだ。毎朝8時に出勤し、6時には帰宅し、きまってしめ鯖を食べたがったという。しめ鯖は幼い頃からの兄の好物だった。うちは品数が多いから、その中の一品ではあったが、兄は毎度それを好んでいた記憶がある。  考えてみれば、なぜ昔からしめ鯖がそんなに好きだったのかよくわからない。一度決めたらやたらと一つのものを好く傾向のある兄だから、毎日食べると決めてそれを実行していただけのことなのだろう

          怪談「しめさば」

          『君たちはどう生きるか』とアオサギをめぐる思考の断片

           『君たちはどう生きるか』を観てからだいぶ経つのでそろそろ感想をまとめておかなくては忘れてしまう気がするが、なかなか感想がまとまらない。  それにしても世の中、なにもよしあしを急速に決める必要はないのに、公開時から即座につまらんだのわからんだのと表明したがる人が多い。  感動しろ面白がれとは思わないが、体験が「流れている」感がある。    体験は川だ。    すぐに言語化すれば、流れてゆく。自然の法則だ。そこで流れる川をせき止めて、脳内でああでもないこうでもないと咀嚼する

          『君たちはどう生きるか』とアオサギをめぐる思考の断片

          ホラー掌篇「鵜凪のいる夏」

          「まゆみはもう宿題は終わったん?」  篭野のばあやはいつもそう尋ねる。まだ夏休みも始まったばかりなのに、しらけるしやめてほしい。 「自由研究は?」 「まだ」 「ほんなら早うせんと」  ばあやはうるさい。いつも人の顔を見ると宿題は済んだのか、と問う。いっそ嘘をついて済んだことにしようとも思うが、そうすると、今度はたぶん何か用事を頼まれる。掃除だ、炊事だ、納戸のものをとってこいだの……。べつにこき使われるためにここへ帰ってきたわけではない。  そもそも、帰ってくる、という表現

          ホラー掌篇「鵜凪のいる夏」

          失われた薄い名作を求めて「削ぎ落された文体が光る悪徳警察小説『夜の終る時』」

           先日、米澤穂信さんが「初の警察小説」(版元曰くだが)を発表された。それを知って、本来第2回には里見弴の本でも紹介しようかと思っていたのだが、急遽、同じ「警察小説」の括りで、結城昌治の『夜の終る時』はどうかな、と思った。  というのも、本書は、国内ミステリ史においてきわめて淡泊でクールな足跡を残す結城昌治の「初の警察小説」だったからだ。警察小説というジャンルは、そもそも私立探偵小説のリアリティを補足するために生まれたという経緯がある。エド・マクベインの87分署シリーズなどが

          失われた薄い名作を求めて「削ぎ落された文体が光る悪徳警察小説『夜の終る時』」

          黒いスーツの男のいる風景(オドレイの場合)

           オドレイは黒いスーツの男が好きだ。いつ頃からだろうか、たぶんサクランボの種を出すことを面倒がらなくなった頃からだ。黒いスーツを着ている男はいい。誰でもいいかと言われると迷うのだが、とりあえず「全男よ、黒いスーツを着てみないか」と思うくらいには好きだ。  ある日、赤いバラを持ってどこからともなく男が現れても、その男が黒いスーツを着ていなかったら、オドレイは赤いバラを一度つき返し、「黒いスーツを着てから出直してきて」と頼むかもしれない。  そんなオドレイのある日の午後。こんな風

          黒いスーツの男のいる風景(オドレイの場合)

          失われた薄い名作を求めて 第1回「読者に〈物語〉を探させる怪作『鏡よ、鏡』」

           今月から毎月一冊、最近忘れ去られているかもしれない名作(薄め)を紹介していこうと思います。入手のしやすさしにくさをあまり考えずに、ひとまずは厚さだけを基準に、好きなものを語っておりますので、「探したけど見つかりません!」とかはむしろ書店さんを通じて、または出版社に直接かけあってください。もしも絶版状態であれば、そうした読者の皆様の声の一つ一つが復刊につながる可能性もなくはありません。  さて今夜は、知っている人は当然知っているけれど、知らない人は知らない(当たり前)スタン

          失われた薄い名作を求めて 第1回「読者に〈物語〉を探させる怪作『鏡よ、鏡』」