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私、ミキオ先輩の総理大臣に就任しました

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ある日、私は全女子の憧れの的であるミキオ先輩によって「総理大臣」に任命されてしまう。国民はミキオ先輩ただ一人。二人の奇妙な日々が始まった──。
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私、ミキオ先輩の総理大臣に就任しました Vol.7「総理のきけんな決断」

 人間には簡単に決断できることと、簡単には決断できないことがある。カシオの時計を一つ買うくらいのことなら何のためらいも要らないにしても、ニワトリを一羽飼うかどうかはなかなか即決できない。さまざまな価値基準が邪魔をするからだ。
 いま、私はミキオ先輩からの電話で、武器をもつかと尋ねられていた。
「総理、ご決断を」
 けれどこれも簡単に決断できることではない。
「……バイクとパソコンは、無事に取ってき

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私、ミキオ先輩の総理大臣に就任しました vol.6「ひとまずは経済制裁で」

「総理、だいぶひどくやられたみたいですね。緊急連絡装置も押す暇がなかったですか」
 ミキオ先輩は、私の顔をしげしげと見てそう言うと、サーロインステーキを一口サイズにカットして食べた。まるで、他人がやっているジグソーパズルの出来具合について感想を述べるみたいに何の感慨もなさそうな口調だった。
けれど、ミキオ先輩は感情があまり顔に出ないだけで、怒っていないわけではなかった。その証拠に、皿にはフォークを

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私、ミキオ先輩の総理大臣に就任しました Vol.5「取引は成立したか」

 フォークでペペロンチーノを巻く間、私はぎゅっと口を閉じ、鼻呼吸もしないように注意した。
 怪物のいる場所では、なるべく呼吸をしたくなかった。
たとえば、今夜みたいに居間で食事を三人でしなければならない時はなるべく下を向き、食べ物が口に入る瞬間以外は口を開けないように気をつけた。
 いつだって怪物は私を見ていた。私がいる時は、もれなく私を見ていた。私の髪の先から足の先まで、いまにも飛び出しそ

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私、ミキオ先輩の総理大臣に就任しました Vol.4「経済をベースに」

 「なんだ君わぁ。このあいだの奴じゃないか。こんな朝早くに、迷惑を考えたらどうだ? ん? 高校生だろ?」
 怪物は玄関先に直立していたミキオ先輩の姿を見て、恐らくは眉間であろう部分に皺を寄せた。
 私は遥か離れた道路沿いの電柱の影からその様子を見守っていた。二人の会話もどうにかぎりぎり聴こえるという程度である。それでも、ややもすれば怪物に気づかれそうで、私はびくびくしながら息をひそめていた。
 ド

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私、ミキオ先輩の総理大臣に就任しました Vol.3「対話はファンタジーか」

私、ミキオ先輩の総理大臣に就任しました Vol.3「対話はファンタジーか」

 自分がからっぽになったみたいな朝だった。落ちるところにまで落ちたら、人間はがらんどうになる。頬の痛みすら、「これは私の頬の痛みであって私の痛みではない」と分離することができる。あらゆることが他人事だった。手の甲がまだずきずきと痛んでいた。
 母にさんざんぶたれた後、怪物は私に近づき、今後二度と同じようなことをしないように印をつけておかなくては、と言った。そして、ペーパーナイフで私の手の甲をぐさり

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私、ミキオ先輩の総理大臣に就任しました vol.2「武器と防衛」

私、ミキオ先輩の総理大臣に就任しました vol.2「武器と防衛」

 塾には行かなかった。とてもそんな気分ではなかったのだ。私の目の前に立ちはだかる問題はあまりにも大きく、塾の講義内容が入り込む余地などあるようには思えなかった。

 S公園のベンチに座って、池を眺めていた。

 塾をサボるときは、必ずここのベンチでそうすることに決めているのだ。ただし、今日は一人ではなかった。

「そろそろ十時になりますよ、総理」

「……もう帰っていいですよ、ミキオ先輩」

 ミ

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私、ミキオ先輩の総理大臣に就任しました vol.1「国家であり総理」

私、ミキオ先輩の総理大臣に就任しました vol.1「国家であり総理」

 はじめのうち、何を言われているのか理解できなかった。その言葉は林檎や苺のようなはっきりとした個性をもたず、宇宙の小石のようにしばらくの間私の頭の中を漂っていた。そのため、ここが教室で、周囲にはまだクラスメイトが残っていることも、しばらくの間は忘れ去っていた。ただその不可解な宇宙の小石について、どう考えたらよいものかと、考えるともなく考えていたのだ。

記憶しているところでは、私は前日に五十嵐ミキ

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