私、ミキオ先輩の総理大臣に就任しました vol.6「ひとまずは経済制裁で」

「総理、だいぶひどくやられたみたいですね。緊急連絡装置も押す暇がなかったですか」
 ミキオ先輩は、私の顔をしげしげと見てそう言うと、サーロインステーキを一口サイズにカットして食べた。まるで、他人がやっているジグソーパズルの出来具合について感想を述べるみたいに何の感慨もなさそうな口調だった。
けれど、ミキオ先輩は感情があまり顔に出ないだけで、怒っていないわけではなかった。その証拠に、皿にはフォークを強く突き刺した際にできたらしい皹が見えた。
 私は、ミキオ先輩の向いに座り、口の中の傷に気を付けながらポタージュを飲んでいた。明け方四時過ぎに、這う這うの体でファミレスに辿り着くと、待機していたらしいミキオ先輩は私を自分の席に招き、「やっぱりこうなりましたか」と言ったのだった。
「時に、条約を自国の解釈で歪めて侵害しておきながら、侵害していないと言い張る手法が政治的に取られることがあります。それは、往々にして軍隊をもつ国家がやる。なぜなら、それは挑発行為なのです。挑発して、相手がその気になるのを待っている。戦争の口実が欲しいのですね。その場合、相手国の目的は、戦争によってさらなる利益を得ることでしょう。恐らく、総理のご自宅にいる〈怪物〉は月五十万という提示から、僕の経済力がもっとあると考えたのでしょう。それで、怒らせて戦争をし、その財力をすべて手中に収めたくなったわけです」
「あの怪物がそこまで考えているとは思えないんです」
「考えていなくても同じことです。それは、政治的に考えるならば、そういうことだということです」
 ミキオ先輩は最後の一切れを食べきると、口を拭い、珈琲を一口啜った。それから、こう切り出した。
「まずはこれから僕が、条約内容を再確認を行ないに行きます。そのうえで条約を破った認識が先方になく、反省の余地もないのであれば、経済制裁をとりましょう」
「五十万の回収、ですね?」
「いいえ。そんなものははした金です。そうではなく、総理の家にある、〈怪物〉の金品をすべて没収します。彼の持ち物で高額なものはありますか?」
「バイクが一つ、庭にあります。それと、デスクトップパソコンが。とくにバイクは通勤でも使っているようなので、なくなると困ると思います」
「その二つで手を打ちましょう。さて、それで、どうしますか? 今からもう一度一緒にご自宅に帰る元気がありますか? それとも、放課後までは帰らないほうがいいですか?」
「……今は、あそこでは寝られません……」
「わかりました。では、僕の家に」
「せ、先輩の家に?」
「誰も使っていない部屋がいくつかあります。今夜はそちらにお泊りいただきます。しかし、そのままというわけにはいきません。この経済制裁に対して、怪物がどういう手に出るのか、それ次第で今後の行動は考えます」
 それから、ミキオ先輩はどこかに電話をかけに席を立った。ものの数分で戻ってくると、私ににっこりとほほ笑んだ。
「行きましょう。経済制裁の件は別の者に頼みました」
 ミキオ先輩は支払いを済ませると、私をタクシーに乗せ、自宅へと走らせた。ミキオ先輩の自宅は、車で十五分ほどの距離にあった。ふだんは遠目に見ているだけの高級住宅街のなかでも、ひときわ豪邸の立ち並ぶエリアに、ミキオ先輩の家はあった。
「ここですよ」
「え……ここ……これ、家ですか?」
「もちろん」
ミキオ先輩の自宅はパルテノン神殿を極端に現代風にアレンジしたみたいな建物だった。敷地だけでも学校の校舎三つ分はありそうだった。
「今日は学校には僕から休むように連絡を入れておくから、ゆっくり休んでください。早退してお昼頃に帰ってきますから、一緒に遅めのランチを」
 それからミキオ先輩は私に部屋の鍵を渡した。
四階にある一室が、私に用意されているとのことだった。そこはシャワールームもトイレも完備されたゲストルームだった。
「何かあれば、ベッドの脇に備えられた内線電話で呼んでください」
 そう言い残して、ミキオ先輩は去っていった。
 私は夢見心地でふかふかのベッドに身体を横たえた。こんな風に人は地獄から解放されていいのか。しかし、まだ母親があの家の中にいるのだと思うと、何とも言えない罪悪感に襲われた。
 時刻は間もなく朝六時になろうとしていた。今はとにかく眠ろう。でも、放課後の時間になったら、また自宅に戻らないと……。
 眠りに落ちかけた時、内線電話が鳴った。私はすぐに受話器を取った。電話はミキオ先輩からだった。
「良くない知らせです。さっき、ガードマン二名に総理の自宅からバイクとパソコンを回収するように命じました。
 いま二人が血だらけで戻ってきました。回収する際に、背後から怪物に攻撃されたようです。これは、本条仮名子国家への宣戦布告と捉えていいでしょう。どうしますか、総理。我々は軍隊を持っていません。武器を持ちますか?」
 私は黙った。ただ怖くて、黙っていた。
 怪物を本気で怒らせてしまったのだ。あいつはいったん怒りだしたら手がつけられない。とうとう、怪物を本気にさせてしまった。受話器をもつ手が震えていた。
 電話の向こう側で、ミキオ先輩が言った。
「総理、ご決断を」

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森 晶麿

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