見出し画像

初めての閃輝暗点

今朝のこと。

仕事に行く夫を送り出し、雑誌を読みはじめた。しばらくして、目に違和感を感じた。

「ん? 文字に焦点が合わない」

目が疲れているのかと目薬をさしてみたが、違和感は変わらない。そのうち、単に焦点が合わないだけでなく、フチのギザギザした吹き出しのようなものが視界にあらわれ、それが激しくうごめきはじめた。

「吹き出し」が移動すると、それに重なる文字が見えなくなる。「吹き出し」はせわしなく移動する。とても雑誌など読んでいられない。

時間がたつにつれ、「吹き出し」は大きくなる。それまで無色か白色に見えたフチのギザギザに色がつきはじめた。

青、赤、黄色、緑……。色ガラスの破片のような、大小さまざまな三角形によって「吹き出し」が縁取られていく。それはアメーバのように形を変えながら少しずつ大きくなっていく。


閃輝暗点だ。


片頭痛になって17,18年たつだろうか。『サックス博士の片頭痛大全』(オリヴァー・サックス、ハヤカワ文庫)をはじめ何冊かの片頭痛の本を読み、片頭痛のあれやこれやの症状については知ってはいたが、唯一体験したことのない症状、それが閃輝暗点だった。

閃輝暗点は、片頭痛の前兆としてあらわれる。具体的には「視野にチカチカした眩しいものが見え始め、10分から20分かけて、それが広がっていきます」(坂井文彦『「片頭痛」からの卒業』講談社現代新書より)。この症状が出るのは、片頭痛患者のうちの30%程度とのこと。その閃輝暗点を、初めて経験したのだ。

ひどくきれいなものだった。

人によってそのあらわれかた、形、色は違うようだ。サックス博士の本には、カラーページで片頭痛患者が描いた閃輝暗点の絵が紹介されている。ひとつとして同じものはない。部分的に似ているところはあっても、私が見たものとは違う。絵心があればなあ……。

視点が合わないせいか、起きているのがしだいにつらくなってきた。ついに布団をしいて、横になった。目を閉じても、閃輝暗点はついてくる。むしろ、くっきりとしてますます美しくなった。

そのまま寝てしまった。
目が覚めると、閃輝暗点は消えていた。
そのかわり、頭の中が疼くような、重たい感じが残った。

物の本によると、この後、激しい片頭痛がやってくるとある。ひきつづき寝ていることにした。〆切も守ったことだし。

次の通院時に、先生に報告しなくては。

森でめったに見られない珍獣とばったり遭遇したような興奮につつまれながら、ふたたび目を閉じた。