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どうすればエキスパート・ファシリテーターになれるのか? - 熟達研究からヒントを探る

こんにちは。ミミクリデザインでリサーチャーを務める松尾奈奈です。

突然ですが、あなたの周りにいる「この人はこの分野(技術)のエキスパートだ」と思う人を、思い浮かべてみてください。どんな分野や技術でも構いません。ユーモラスな話ができる人、タイピングが早い人、料理が上手い人...など、探してみれば一人は見つかるのではないでしょうか。

今回の記事では、そのようなエキスパートと対峙した時、「私たちは何をもってその人をエキスパートとして認識しているのか?」「エキスパートと呼ばれるほどに一つの技術を上達させていくためには、どのようなプロセスを踏むとよいのか?」といった点について、学術的知見を参考にしながら、解説していきたいと思います。

現在私は、ミミクリデザインという企業のリサーチャーとして、研究チームのひとつ、“Learning Research”に所属しています。その中で私は、同じくリサーチャーの青木翔子さんとともに、ミミクリデザインが専門とするワークショップデザインやファシリテーションにおける“学習”や“熟達”といったテーマについて、研究活動を行っています。また、研究を得られた知見を、「WORKSHOP DESIGN ACAMIDEA」*のコンテンツや、BtoB事業に活かせるかたちで提供しています。

*「WORKSHOP DESIGN ACADEMIA(WDA)」は、最新のワークショップデザイン論が体系的に学べる ファシリテーターのための探求と鍛錬のコミュニティとして、様々な学習コンテンツや限定イベント開催しています。

▼WDAの詳細・お申し込みこちら。

http://mimicrydesign.co.jp/wda/

例えば、昨年の事例でいうと、「ファシリテーションの困難さ」に関する論文の発表と、その成果発表会とさらなる探求の機会として、公開研究会を行いました。

そして現在は、その続編のようなかたちで、「どうすればファシリテーションが上達するのか?」という問いに取り組んでいます。具体的には、エキスパート・ファシリテーターに対してインタビューを行い、そのファシリーテーターが用いる“暗黙知のわざ”を抽出し、精査しています。

そして、この”わざ”を明らかにしていく観点の一つとして、「熟達」という概念があります。そこで今回の記事ブログでは、その「熟達」について、ファシリテーションとも関連させながら、まとめて書いていこうと思います。

0. そもそも“熟達”ってなに?

そもそも熟達とは何を指すのでしょうか。認知科学辞典によると熟達化(expertise)は「学習者がある領域における経験を重ねて熟達者になる過程」と定義されており、熟達化すると、熟達対象の事柄の正確さや速さに変化が起こるとされています。さらに、熟達化のためにはよく考えられた練習やよりよい解を求めた試行錯誤が必要とされています。

それでは、学術研究において熟達がどのように考えられてきたのか、次の章で見ていきましょう。

1. 熟達者になるためには何時間必要?!

「熟達」というキーワードを語る上で欠かせない研究者の1人に、エリクソン(K. Anders Ericsson)がいます。
エリクソンは、20世紀中ごろから活躍した心理学者で、プロのピアニストや科学者を中心に、インタビューや日記をつけてもらったり質問紙に答えてもらうなどの調査から、熟達について研究しました。その結果、有名な科学者が大発見をしたり、ピアニストやチェスのプレーヤーがプロとして活躍するまでには、だいたい10年間で1万時間以上のトレーニング期間を経ていることがわかりました。

ただしこれをそのままファシリテーターに当てはめるのは難しいように感じています。というのも、この研究では熟達する対象をピアノやチェスなど同じタスク(課題)に取り組むものであることを前提としているためです。毎回同じタスク(課題)があるとは限らないファシリテーターの場合は、必ずしもすべてが当てはまるわけではないかもしれません。あくまでひとつの目安として参考にしてみてください。

2. エキスパートになるための効果的な練習法とは?

時間も重要な要因ではあるものの、熟達を語る上でやはり練習の質の観点は欠かすことができません。今やエキスパートとなった人たちは、日々どのような練習を行なっていたのでしょうか?

エキスパートになるための練習に必要不可欠な要素、それは“練習の持続可能性“です。先述の通り、エキスパートになるためには10年以上も取り組み続ける必要があるため、続けられるような練習メニューを考案したり、取り組む上での動機づけを工夫する姿勢がとても大切となります。

エリクソンはこうしたエキスパートによる持続可能性の高い練習を「注意深く組み立てられた練習(Deliberate Practice)」と言い換えています。

「注意深く組み立てられた練習」とは、エリクソンによれば、「学習者にとって最良の方法が明示的であり、教え手によってきちんと監督・フィードバックされる」ものであり、また「より複雑で難しいタスクへの移行が適切に行われる」練習と定義されています。

「注意深く組み立てられた練習」のポイントは2つあります。1つめが「学習者のマインドセット」、2つめが「指導者の観点」です。次章からは、それらについて解説していきます。

3. エキスパートはモチベーションをどう維持しているのか?

まずは、「学習者のマインドセット」についてみていきましょう。ここでいうマインドセットとは、学習者のモチベーション維持のためのマインドセットのことを指します。
ここで学習者が理解すべき事柄として、エリクソンは、以下の4つのポイントあげています。

■学習者が熟達するために理解すべき4つのポイント
練習は長期的に続くこと
即座の報酬は得られず、成果は長期的な練習の末に出ること
個人の時間とエネルギーを長期間使用すること
指導者と関わる・訓練教材を使用する・訓練施設へ通うという事柄が発生すること

人によっては、「なんだ、当たり前じゃん...」と思うようなことばかりかもしれません。しかし、これらのことを意識し続けるとなると、意外と難しいように感じます。例えば、②の「即座の報酬は得られず、成果は長期的な練習の末に出ること」について。様々なワークショップ・ファシリテーターの方の実践を見ていると、経験が浅いファシリテーターほど、「参加者が全然盛り上がらなかった」や、「議論を深めるための問いかけができなかった」など、できたことより、できなかったことに目がいって、必要以上に落ち込んでしまう方が多いように感じています。

こうした過度な落胆も、ある意味では、「ファシリテーションにおける手応え」という”即座の報酬”を求めてしまっていて、それが叶わなかったがために起こったと考えられます。ファシリテーションは、緻密な状況観察とそれに伴った臨機応変な対応が必要な難易度の高い行為です。こうした複雑な行為の精度を高めるためには、即座の報酬や評価を求めず地道に経験を積むことが大切だと言えるでしょう。

また③に関しても、上述したようにファシリテーションという行為はかなり高度な技であり、個人のエネルギーを大きく消耗します。そのため、当日にエネルギーを充分発揮できるように、体調管理をきちんとすることも大切です。

4. 良質なフィードバックがエキスパートを育てる!

エリクソンの提唱する「注意深く組み立てられた練習」において、重要な役割を果たすのが、指導者の存在です。自分のファシリテーションの課題を把握していても、なかなか1人で解決するのは難しいですよね。そのため、ファシリテーションも、他の人からフィードバックをもらいながら練習してみるのが良いのではないかと思います。そうした時には、ぜひ下記に記述する、「注意深く組み立てられた練習」の「指導者の観点」を参考にしてみてください。

■熟達を促す指導者の3つの観点
学習者への練習のフィードバックや矯正部分の訓練は個人に合わせて行う
学習者にとって適切な訓練タスクの順序を編成する
学習者の改善具合をしっかりと見て、より複雑で難しいタスクへの移行が適切なタイミングを判断する

とはいえ、そもそもファシリテーションを学ぶ時に、適切な訓練タスクの順序を客観的に判断して、「あなたは次にこれをやったら良いよ」と言ってくれるような「仲間」や「先生」のような存在を見つけようとしても、なかなか難しいのが実情ではないでしょうか。

そのため、同じ興味関心を持ったコミュニティの存在が重要になってきます。同じように「ファシリテーションを学びたい」という想いを持ち、かつ豊富な実践歴をもつメンバーがいるコミュニティで、自分の「先生的」な存在を見つけたり、交流していくことで、楽しく、長期にわたって学び続けていきやすくなります(そういった意味でも、先ほど紹介した「WORKSHOP  DESIGN ACADEMIA」では“コミュニティ的な学び”が重視されています)。

また、複数人でファシリテーションのロールプレイング会を行うことも有効かと思います。自分のファシリテーションを見てアドバイスをもらう、逆に自分が他の人にアドバイスをするような練習の機会を持つと、効率よく実力を伸ばしていけるはずです。

5. 熟達を促すメタ認知を獲得する

岡本(2001)は、エキスパートの特徴として、自分の認知過程に意識的に気づきコントロールするためのメタ認知的技能を有していることをあげています。では、この「メタ認知的技能」とは具体的にどんな技能なのでしょうか?

ファシリテーション調査でエキスパートの方々にインタビューした際、何人もの実践者が、自分のファシリテーションで大切にしたいことや、介入の意図をつぶさに語ってくださいました。これは、「自分の介入が参加者にどのような影響をもたらすのか」という、自分の行為の先に起こる未来を想定できていて、自分の行為(ファシリテーション)の意味や理由をメタ的に認識できている、と言えるのではないでしょうか。

波多野・稲垣(1983)も、特定の行為を熟達させる過程において、「どうしてそれがうまくはたらくのか」や「どうしてそのステップが必要なのか」を自問しながら取り組み続けることが必要であると指摘しています。

経験の浅いうちは、ファシリテーションという複雑な行為の最中に、さらに自問自答まで行うべしと言われても、なかなか厳しいと思います。そこで、最初のステップとして、ワークショップ前に自分のファシリテーションを強くイメージしてみて、「なぜそのワークやレクチャーが必要なのか」を考えてみたり、ファシリテーションの様子を撮影しておいて、実践が終わった後に見返して、うまくいった(もしくはうまくいかなかった)ファシリテーションの理由を振り返ってみることで、自分自身のファシリテーションをメタに捉え、省察の材料としていくことで、堅実にファシリテーションの技能を伸ばしていくことができるはずです。

今回の話をより深く知りたい方には、次の本がおすすめです!

『超一流になるのは才能か努力か?』 アンダース エリクソン, ロバート プール 著), 土方 奈美 (翻訳)

この記事が、みなさんのファシリテーションの熟達に少しでも貢献できることを願っています。ではまた!

(松尾奈奈 / リサーチャー)
twitter:@nanamto
note: https://note.mu/yni

<参考文献>
南條光章(2002),認知科学辞典,日本認知科学会編,共立出版株式会社.

波多野誼余夫・稲垣佳世子(1983),文化と認知ー知識の伝達と構成をめぐってー 坂元昴編,現代心理学7 思考・知能・言語,東京大学出版.

K. Anders Ericsson, Ralf Th. Krampe, and Clemens Tesch-Romer (1993).,The Role of Deliberate in the Acquisition of Expert Performance.,The American Psychological Association Inc. 100(3), pp.363-406.

岡本真彦(2001) 熟達化とメタ認知ー認知発達的観点からー,日本ファジィ学会誌 Vol.13, No.1, pp.2-10.



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