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WDA限定研究会「個人の創造性を取り戻す-デザイン思考のその次」(ゲスト・岡田猛 教授/佐宗邦威 さん)

「デザイン思考のその次」を探求する

近年、イノベーションを起こすための手法として、「デザイン思考」が注目を集めています。デザイン思考とは、簡単に言えば、デザイナーが作品を生み出すプロセスを一般企業など他のフィールドにも応用・活用していく思考法のことです。

しかしデザイン思考が一種のブームになっている裏側では、導入したがうまくいかない、デザイン思考の手法ばかりが導入され、哲学や思想・ビジョンのない、作り手の想いが欠落したプロジェクトが増えている、などの課題も耳にします。

他方、近年のイノベーションデザインの研究を概観すると、個人の創造性や感性に着目したものが増えている傾向にあります。デザインプロセスやイノベーションプロセスを定式化しようとする流れの揺り戻しから、個人の創造性にスポットライトが当たっているのかもしれません。

そこで、改めて作り手の思いや創造性に着目することで、手法の形骸化を乗り越えられないだろうか、また、特にアートの領域から何かをヒント得られないだろうかといった思いから、2018年5月15日、東京大学本郷キャンパス福武ホールにて、WDA*限定研究会「個人の創造性を取り戻す-デザイン思考のその次」を開催しました。

ゲストとして、デザインコンサルティングファーム株式会社biotope代表取締役であり、『21世紀ビジネスにデザイン思考が必要な理由』の著者である佐宗邦威さんと、創造性の認知科学研究の第一人者である東京大学情報学環/教育学研究科の岡田猛教授をお招きし、ビジネスとアカデミック両方の視点から個人の創造性について考察しました。

*「WORKSHOP DESIGN ACADEMIA(WDA)」は、最新のワークショップデザイン論が体系的に学べる ファシリテーターのための探求と鍛錬のコミュニティとして、様々な学習コンテンツや限定イベント開催しています。詳細は下記のリンクから。
http://mimicrydesign.co.jp/wda/

ゲスト紹介

佐宗 邦威(株式会社biotope 代表取締役)
東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)修士課程修了。P&Gにて、ファブリーズ、レノアなどのヒット商品のマーケティングを手がけた後、ジレットのブランドマネージャーを務めた。ソニー(株)クリエイティブセンター全社の新規事業創出プログラム(Sony Seed Acceleration Program)の立ち上げに携わった後、独立。BtoC消費財のブランドデザインや、ハイテクR&Dのコンセプトデザインやサービスデザインプロジェクトを得意としている。「21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由」著者。京都造形芸術大学創造学習センター客員教授。

岡田 猛(東京大学情報学環/教育学研究科 教授)
カーネギーメロン大学大学院博士課程修了。Ph.D.in Psychology. 名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授を経て、現在、東京大学大学院教育学研究科教授。創造的認知プロセス、特に芸術創作の場において、アイデアが生まれ、形になっていくプロセスや、その教育的支援に関心がある。編著に、「触発するミュージアム:文化的公共空間の新たな可能性を求めて(あいり出版)」など。

会場には総勢60名を超えるWDAメンバーの方々にご参加いただき、WDA限定研究会としては過去最大の規模のイベントとなりました。

まずはじめに、佐宗さんから「今の時代に、僕らはどのように創造的であればいいのか?その文化はどのようにして広がっていくのか?」をテーマに話題提供をしていただきました。

そもそもデザイン思考とは?ー共創のための方法論

佐宗さんはデザイン思考を「非デザイナーがユニークな視点で課題を発見し、創造的に解決策を作る方法。創造的問題解決」と定義した上で、デザイン思考は「新たなアイデアを広げていく共創のOSとして大きなニーズがある」と、見解を述べていました。

一方で、イノベーションの成否は実は共創性ではなく個人の独創性に寄るところが大きく、デザイン思考はこの独創力とはあまり関係ないとも考えているようです。また「0→1」、すなわち今までにないものをを生み出すフェーズでは、過度に共創を重視すると、アイデアの尖りがなくなってしまったり、「自分ごと度」が平均化されてしまったりするなどのデメリットが懸念されます。

そこで佐宗さんは、従来共創の方法論として使われているデザイン思考を、独創を支援するために応用できないかと研究し、デザイン思考の発展的な考え方として「アート思考」を構想されたのだそうです。

アート思考ー個人の妄想を起点としたVISION DRIVENな生き方の支援

独創にはどんな問題を解決したいのかというISSUE DRIVENな考え方よりも、本当は何をやりたいのかという個人の妄想にアイデアの起点を置くVISION DRIVENな考え方が重要なのではないか、と佐宗さんは言います。そしてこのVISION DRIVENな考え方の起点に一番近いものは「妄想」ではないかと話していました。

しかし一般的に、妄想が共有される場は大人になると少なくなります。共有の手法も、ビジュアル化が鍵としながら、自分の考えを絵(画)として表現する機会が、現実にはあまりないことが指摘されていました。

そこで佐宗さんは、妄想(個人のビジョン)の具現化を目指すアート思考的な生き方を実現するにあたり、身体感覚をビジュアル化し言語に転換していくデザイン思考のノウハウが使えるのではないか、と考えたのだと言います。

具体的な解説として、「妄想ー知覚ー組替ー提起」というサイクルを回しながら、一人ひとりが自分のVISIONを形にしていく生き方が大切であり、そうしたVISION DRIVENな生き方に必要な考え方としてアート思考がある、とお話されていました。また、アート思考は、これからの時代、個人がより良い人生を楽しみ、サバイヴしていくために必須の能力ではないか、という提言とともにお話をまとめていました。

創作ビジョンの役割とアート思考

佐宗さんの話題提供を踏まえ、岡田先生からは、岡田先生が専門とする芸術創造と触発過程に関する研究結果をもとに、よりアカデミックな視点からコメントをいただきました。

アーティストの創造活動を短期・中期・長期の3つの時間的スパンから研究した際に明らかになった事実の共有から、岡田先生の話題提供は始まりました。一作品の制作期間中などの短期的スパンにおける研究では、個々の作品の創作過程が「創作ビジョン(アーティストの中で10年、20年は続くような中心的テーマ)」や「作品コンセプト」によって、意識的/無意識的に方向付けられていることが明らかになったのだそう。

しかしながら、創作ビジョンははじめから確立されているわけではなく、アーティストとして活動し、様々な表現技法を試みるうちに、徐々に形成されるものであると岡田先生は説明します。創作ビジョンがアーティストの中で明確に形成されるのは中期から長期に差し掛かる時期であることが多く、それまでは具体的な表現技法の試行錯誤と抽象的な創作ビジョンの見直しを繰り返しながら、徐々に進行していくのだそう。

こういった認知科学的知見をもとに、佐宗さんの提唱する「アート思考」を岡田先生が概観すると、「感性(知覚や情動イメージ)と理性の力を借りて、自分の生き方にピッタリくるゴールを見つけ、それにふさわしい作品を作るために、自ら制約(作品コンセプトや創作ビジョンなど)を作り出し、真剣に遊ぶ問題解決のプロセスを通して、『世界についての自分の見方』を社会に発信し、他者とコミュニケーションをすること」との解釈が提示されていました。

デザイン思考とアート思考を繋ぐ「自分ごと化」という接点

以上のアート思考に関する考えを踏まえて、デザイン思考とアート思考がどのように結びついているのか、というテーマに移っていきました。

岡田先生は、様々な先行研究からデザイン思考を概観しながら、デザイン思考は「ユーザーのニーズを捉えて、それを満たす解を生成する」ものであると語ります。またデザイン思考の特徴として「ニーズをより抽象的な概念で捉え、その軸の値をずらし、イノベーションを目指す」点が挙げられていたほか、「将来的にどういう社会を作りたいか、どういう社会で暮らしたいかを考える」ことがデザイン思考の本懐であると結論づけていました。

そして、社会をデザインするために大事な視点として、岡田先生は「多重の当事者性」への意識を挙げていました。デザインは同時代の違うステークホルダーと意見を合わせていくものではなく、まだ見ぬ将来のステークホルダーを意識しながら行うものであり、とすると、議論の積み重ねによって落とし所を探ることはできません。つまり、デザイナー自身が、自分がデザインする社会の参与者であることを自覚し、自分を含む多様なステークホルダーに及ぼす短期・長期的な影響を考えて、これからの社会をデザインすること、すなわち「自分ごと化する」ことが重要だとお話しされていました。

このデザイン思考の「自分ごと化する」という側面において、「自分の生き方にふさわしい作品をつくるために、自ら制約を作り出し、真剣に遊ぶプロセス。それによって、『世界についての自分の見方』を社会に発信するプロセス」と解釈されるアート思考が意味を持つのではないか、と解説がされていました。

デザイン思考とアート思考とのロマンチックな関係

最後に岡田先生は、デザイン思考の欠点を補う方法はアート思考以外にもあるはずであり、デザイン思考とアート思考は、必然的な関係というよりもある種「ロマンチックな」関係であると話します。だからこそ、「両者の融合から素敵な子ども(人々が自分の望む生き方ができるな社会)が生まれることを期待したい」と、締めくくられました。

Q.「妄想」のきっかけを掴むためには?

パネルディスカッションでは、参加者の皆さんから寄せていただいた質問をもとに、佐宗さん、岡田先生、安斎でディスカッション行いました。

参加者から寄せらせた中で一番多かったのは、「そもそもスタートの妄想をどう起こすのか」という質問でした。

参加者 ビジョンが徐々に明確化していくというプロセスはわかったものの、最初に個として何かを作りたい世界が浮かんだり、妄想したり、またはアーティストになろう、表現しようと考えるきっかけが掴めないと感じています。

岡田 例えば、授業でダンスをするとき、今まで踊ったことなんて一度もないという初心者でも、「まず最初にこの関節動かしてみましょう」というところからスタートして、その関節を動かせたら、次はこの関節、最後にこの関節、と、順番に動かしていく。その一連の動きに合わせて音楽が鳴ると、みんな踊り始めるんですよ。あるいは、絵を描くにしても、いきなり描こうとするのではなく、紙を小さく切ったり、好きな色を少しずつ付けたりすると、案外ぱっとできてしまう。子供の頃はみんなアーティストだったはずなので、大人になるにつれて身についた制約がうまく外れるように働きかけるといいと思います。

佐宗 あくまで「アート的」なので、アート作品を作ることにのみこだわる必要はないと思っています。例えばTwitter、Instagramなどの活動も全て表現手段といえるでしょう。また、僕の場合は、ブログというアウトプットを始めたら、逆に前(の内容)を超えようと、自然とインプットの対象を探すようになった。まずは表現し始めることが、第一歩なんじゃないかな。

研究会を終えて

安斎 最後に今日どんな時間だったか、佐宗さん、岡田先生から一言ずついただいて終わりにできれば思います。いかがでしょうか?

佐宗 そうですね。岡田先生ともっと話したいなと思っています(笑) ぜひまた機会を作らせてください。また、お話を聞いていて、デザイン思考理論にも勇気が必要なのだろうと感じました。デザイン思考のキーワードの一つに「自信」がありましたが、自信よりももう一歩先なのかもしれない。それは何かと考えると、「勇気」という言葉が浮かんできました。

あとは、(表現活動において時間の制約が鍵になることに対して)「スペース」をまず確保することが大事なのではないかと考えています。スペースを決めるから動き出す。例えば写真展をやるとすでに決まってしまっているから、必死で考えて写真を撮るというように。先にスペースを決めてしまうというのは、それこそ勇気を必要とする行為ではあるのですが、それが大事かもしれないと、お話を聞きながら思いました。とても勉強になりました。ありがとうございました。

岡田 デザインというのは、我々は非常に不得意だと思っていまして。心理学の研究というのは、基本的に現象を理解するという研究が多いんですよね。一方で、現象を作り出すことはあまりやられておらず、方法もあまりない。最近になって、いわゆるデザインリサーチなどのかたちで、何かをデザインする動きがあるけれど、それがうまくいったかどうか、効果を検証することは得意でも、デザインの実際的なノウハウは少ない。ですから、今日の話をきっかけに勉強を始めようと思いました。いい機会でした。ありがとうございました。

オンラインコミュニティ「WORKSHOP DESIGN ACADEMIA」では、WDA限定研究会の様子を動画コンテンツとして配信しています。WDAにご入会いただいた方には、見放題の動画アーカイブに加え、イベント割引などの特典をご用意しております。興味のある方はぜひ下記特設ページより詳細をご確認ください。
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http://mimicrydesign.co.jp/wda/

執筆・Mai Ogawa
編集・Hikaru Mizunami
写真・Hirokazu Oda

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