見出し画像

あの日、ふいに扉が開いた

昔からどんなに仲の良い友達にも、自分の気持ちをそのまんまに、心をひらいて話す、ということが苦手だった。

ヒトミは秘密主義だよね、っていつも、言われた。

人に話すとすべてが終わりになる、という脅迫観念みたいなものが、ぬぐえなかった。


いったい、なにが?

分からない。でもこわい。すべてを見せることは、できない。


私がnoteを始めたきっかけは、ここで定期的に投稿されている、ある好きなひとの文章を読みたい、ただそれだけだった。アカウントはとったけど、見るだけ。

noteになにかを書くことをはじめるなんて、思いもよらなかった。

だって、書くと、自分のなにかが、きっとさらけ出されてしまうから。



けれどひとの頭の中を覗いていると、自分もなにかを書きたくなってくる。


わかってる。私の中身は普通じゃない。

いや、普通なんて、きっとどこにも、ない。


なにがどうなったのか覚えていないけどふと、急に自分の頭の中をさらけ出したくなって、何の節目でもない日に突然、私はここに文章を書き始めた。



はじめはただ、書いてみるだけだった。

たぶん、自分のためだけに。

静かに置かれたことばの束。


画面の右上のベルのマークに、ときどき、ポツリ、ポツリと数字が赤く灯る。

見知らぬ誰かの赤いハートが、お知らせになって私に届く。

ただ、シンプルに嬉しかった。

誰かに見つけてもらえた、という小さなしるし。



noteをはじめるずいぶん前に、私はフジ子さん、というひとと出逢っていた。

つまらない秘密主義なんかを気取る私とは違って、自分をめいっぱいさらけ出して、いつでも魂まるごと全開で生きていて、どこにも嘘がなくて、とてつもなく可愛くて、誰もが愛さずにはいられない、ようなそんなひと。

noteに書くことをはじめた時、なによりもまず、フジ子さんのことを、書きたいと思った。なぜだろう。不思議だった。

私の人生でほんの少し、すれ違っただけのひとなのに。

フジ子さんが誰かに伝えたかったなにか、を伝えるために、私はあのひとと今ここですれ違ったのかもしれない、そう思った。


そうして、フジ子さんのお話をnoteで書き始めた私のもとに、ある日突然たくさんのお知らせが届いた。

画像1

篭田雪江さん、というひとがたくさんスキを押してくれている。

『マガジンにあなたの記事が追加されました』っていったいなんだろう??


まだnoteの使い方もよく分かっていなかった私は、そのひとのマガジンを開いてみた。そこには、篭田雪江さんがスキだと思った見知らぬ誰かの頭の中、がつまっていた。


そうか、noteにはこんな使い方もあるんだ。

素敵だなと思うお話を書くひとの集めた宝物たちがここにあって、そこに私の書いたものも一緒に収められている。

心の底から、嬉しいと思った。


そして、noteを書くようになってからはじめてのコメントも、篭田雪江さんからいただいた。

すぐにお返事をして、この感激を伝えたい、そう思った。


たぶん、私の扉はあの時、ようやく本当にひらいた。

扉をひらく鍵をくれたのは、顔も知らない誰かだった。


大切なフジ子さんとの思い出をことばに残すことで、少しでも心を動かされるひとがいるのなら、私はずっとここで文章を書いていきたい。

自分のために。誰かのために。

ちょっと勇気を出して、隠しておきたい自分のことや、これまで出逢えた大好きなひとびとの話を、そっとここに置いておこう。

自分の心の中に、だけだと誰にも見せることができないから、noteという引き出しにそっとしまって、そうして、ここを訪れては時々開いてくれる誰かがいたらいいな。


それからの私は広大なnoteの海を漂いながら、心を動かされた投稿を見つけたら、ハートマークを押すだけでなく、すすんでコメントを残すようになった。


あの日、雪江さんが私にくれた贈り物は、とてもとても大きなものだったから。

なにげない私のことばも、どこかで誰かにとって、少しでも喜びになれば嬉しいな。


また、書いてみよう。

そう思う力のひとつに、なれたら。

誰かの背中を押す手のひらのひとつになれたなら、本当に嬉しい。



そう思って私は今日もnoteをひらく。


この記事が参加している募集

noteでよかったこと

サポートというかたちの愛が嬉しいです。素直に受け取って、大切なひとや届けたい気持ちのために、循環させてもらいますね。読んでくださったあなたに、幸ありますよう。