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月とオリオン座

もう何年もあんなにドキドキしたことはなかったと思う。待ち合わせ前には文字通り口から心臓が出そうなくらい、大きく変な鼓動を繰り返していた。いつもはしない化粧直しを入念にして、どうやって “いつも通り”をキープできるか、自分との勝負だった。

いつもは後ろに立って鏡越しに話をする彼が、向かいの席に座っていた。笑顔になるたびに、言葉を発するたびに、何でもない一言さえも、この瞬間を逃すまいと心の中でシャッターを押しながら同時に動画も撮っていた。それくらい、彼に恋をしていた。

食事を終えて外に出て、わたしたちは並んで歩いた。車が横を通る時、彼の手がわたしの腰に触れた。お酒のせいで普段よりも少し陽気になっていた。ちょうどクリスマスシーズンのイルミネーションがはじまった頃で、せっかくだから少し歩いてみたいと言ったけど、そんなのはもう少しだけ一緒にいたいだけの口実だった。

空を見上げると、きれいに半分だけの月とオリオン座が並んでわたしたちを見おろしていた。その下で彼がわたしの身体をぐっと引き寄せて、そうっとキスをした。

あの時はもうそれだけで良かった。それだけで終わらせておけばよかった。でも今は、そんな彼のことを思い出させる月とオリオン座がこの宇宙からなくなってしまえばいいのにと、心のどこかで願っている。少なくとも、冬のオリオン座がもうすぐ見えにくくなる季節を迎えることにほっとしているわたしがいる。

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