温室と夜行バス。

ただ

あなたの顔を見たいだけなんです

きっと分かるはずだから

あなたの気持ちがどこにあるか

片道6時間かけて

私は君とさよならをする


東京までの夜行バス。もうこれに乗るのは何度目になるだろう。昔、ちょっぴり裕福な家庭に育った私は東京に行く=飛行機で行くものだと思っていた。飛行機に乗って、1時間。あっという間に大都会東京。それが当たり前だった。

それがどうした、社会人になった今や一晩かけて東京に向かうバスに乗り、腰と首とお尻をいじめている。

大学に入って、親元を離れてからようやく私は恵まれていたのだと気づいた。移動ってお金も時間もかかるんだ…高校の時までずっと遠出は両親と一緒だったから、旅費なんて知らなかった。

あぁ、これが温室育ち…

昔付き合っていた人に言われた言葉が、今なら理解できる。なんの苦労もなく、親に面倒を見てもらってたのだなぁと痛感している。

温室育ちだって、東京行きの夜行バスに乗る日が来るのだ。意外と温室の外でだって生きていける。そう思っていた。

私が温室の外だと思っていたのは、隣の温室の中だったのかもしれない。

暖かくて、私を受け入れてくれて、たまにご飯も食べさせてくれて、色んなところへ連れて行ってくれる。

そんな温室のような彼が冷蔵庫のような彼になったのはつい最近のこと。福島の大学で出会い4年間を過ごした私達は、就職で東京と岩手へと離れ離れになった。毎日連絡も取っていたし、予定がない日はよく電話もしていた。連絡の頻度が1時間に1回から1日に3回になり、ついに1日1回連絡があればいい方、くらいになっていた。遠距離が続かないことなんて、25歳にもなれば分かりきってきたはずなんだけれど何処かで期待していた自分がいた。

最後にテレビ電話をしたときに、気づいてしまった。画面の端に写りこむ、キティちゃんのピアスケースと女物のピアスの存在に。

怒りも悲しみも湧いてこなくて、頭の中に最初に浮かんだ言葉は、「ああ、やっぱりかぁ」だった。私にとって温室という事はきっと、ピアスの持ち主にとっても温室なのだろう。元いた草と遠距離になって空っぽに見える温室を、そのへんの草花が放っておくわけがない。

遠くにある温室になんて意味はない。中に入れなければただのビニールで覆われた塊だ。私に今、ビニールの塊は必要か?と考えた、答えは否だった。そこで気づいた、私は彼が好きだったのではなく、温室っぽい彼がちょうどよかったんだ。

別れよう

そう決めてからはあっという間だった。会いに行くとの連絡もせず、すっぴんのまま髪だけ束ねて、手元にあった服を着て、東京行きの夜行バスに飛び乗った。

彼にあったらなんて言おう。ピアスの事を責め立ててやろうか、それとも、一言別れようと言ってクールに決めるか。

一晩かかる東京への夜行バスは、別れの言葉を考えるのにぴったりだ。それなりの暖かさと、狭いけれどひとり分のスペースと電力を提供してくれる。もしかしたら私の温室は、このくらいがちょうどいいのかも知れない。

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