ゆうべ出会ったクモを助けてから眠りについた。

私はしばらく動かなかった。動けなかった。

自分に起きた出来事に、ただ単純に身がすくんで。あの一瞬で死んでいてもおかしくなかった。熱い水が全身を覆って、体中の産毛もその熱に耐えられなくなるのは時間の問題だった。息ができなかった。

が、すぐに熱水は引き、すぐにぬるい水に変わり、それでも窒息の恐れはあったが、しばらくしたら人間の手が水のない所に運んでくれた。

全身の産毛はもう、たぶん死ぬまでこの、ちりちりのままだろうが、普通に呼吸ができるようになったのはありがたかった。

少し放心状態のまま、まだ湿気の多い、それでも恐らく水気は少ないこの場所で(おなかすいた)佇んでいた。

少ししたら、たぶんさっきの人間だろう、また私をどこかへ運んだ。手の中にいるのが息苦しくて、するっと手の外に出た。

その、明るいけど少し湿気のある場所から、薄暗くしかし湿気がない場所、やがて、薄明るい、空気がさっきまでとまるで違う場所。広くなった、とハッキリ感じた。

そのすぐそばの、何かの葉か枝、やわらかな所へ、その人間は私を移そうとしているようだった。私は初めて触れるその感触を嫌がって人間の方に戻ろうとしたけど、人間は尚もそちらへ移そうとするので、思い切って(えい)人間の手から離れた。

私はそのまま地面に落ちた。そこは砂のようだった。(ふー)すぐそばに、さっき人間が私を移そうとしていた木がそびえ立っている。人間は自分の手を裏返したりしていたようだったが、やがていなくなった。私が彼女の手から離れたのを確認したのだろう。

さて。と私は周りを見回した。

ここは変な影がたくさんさまよっている。しかし私のことは見えていないようだ。さっきの人間のことは認識して、もしかしたらこの近くを徘徊しているのかも知れない。

ふむ。

しゅるっと糸を出す。それを、こうたくさん集めて、私を人間には見えない人間のようになって立ち上がる。他の人間にぶつかると気付かれるから(何かクモの糸が顔とかにまとわりつく感じ)できるだけ気付かれないように。

そうしながら変な影たちを片っ端から追い払う。(彼女に近付くな!)

例えばパンチして消せたら一番安心なのだけど、今の私にはこれが精一杯。

そして夜が明けた。(終)


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