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先週の今ごろは生きていたんだ -4[last]

愛するおデブな猫を
おじさんと呼ぶ(本名はくろのすけ)
そのおじさんが急性腎不全になった記録を綴っています


4日目


久しぶりに家を片付ける
溜まっていた洗濯物を洗い
食器の山を片付けた

この家は4日前から時が止まってるかのようだ


元パートナーを迎えに行き
車でおじさんのところへ向かう

面会は13時からだったので

その前に定食屋さんに寄って
ご飯を食べた


当たり前のように時間が流れる


音楽を聴きながら
車を走らせていると
動物病院から電話がなった

思わず電話を落としてしまう

ようやく出ると


「くろのすけくんの状態があまり良くない」

とのこと

とりあえず今向かっている旨を伝え
車を走らせる

突然色を失ったような感覚

2人とも言葉を失い


ただ闇雲に
音楽だけが車内に漂う


診察外の病院は静かで
とても助かった

受付でおじさんを見に来たといい
連れてくるのでそこで待っていてほしいと言われた


遠くの方からおじさんの鳴き声がして
おじさんが黒い柵のゲージに入れられて
出てきた


おじさんは
もう立つこともできなかった


足が伸びきって動かなくなっていた
うつ伏せのまま
ジッとしている

見るからに痛々しく
弱々しいおじさんの状態に

もう涙腺は崩壊して

声を荒げて泣きじゃくってしまう

おじさんがこんな状態になるなんて

夢でも見てるんだろうか


こんなにも色のない夢が
あるのだろうか


どのくらいここにいたのか分からない

先生が2回ほど
来てくれて
説明をしてくれた


注射をしてるけど
よくなっていないこと

身体がむくみ始めていること


死に近づいているとは
言わなかったけど

猫の場合
身体がむくみ始めると
助かる可能性は低いという


そしてまた選択肢を強いられる

・引き続き入院をして最善を尽くす

・自宅に連れて帰る(次の朝一に病院へ連れて行くことを約束に)


こればっかりは
先生はもうあたしに任せるとのことだったので

少し時間をくださいと席を外してもらった


独りは怖かった


独りきりで
おじさんに何かあっても
対処できないと思った


元パートナーにそのことを伝えると
ありがたいことに付き添うと言ってくれたので
家に連れて帰ることにした


何より
おじさんは家に帰りたそうだったから


おじさんは犬が嫌いだ
昔実家に連れて帰った時に
実家で飼っている犬に
噛み付いたことがあって

その後も
家にやってきた犬にも
噛み付いたことがあった

病院でも
犬の声がすると
「ウ〜」と唸って威嚇するおじさん

君の過去には何があったのか
謎めいている

そんな犬嫌いのおじさんが
他に入院している犬ちゃんの鳴き声を
聞くのも辛いだろうと思った


先生に「連れて帰ります」と言い
最後に注射をしてもらう

病院を出るときに
わざわざ先生が出てきてくれて

「もし何かあったらいつでも連絡ください」

と言ってくれた

その顔はとても悲しそうな顔をしていた


先生にお礼を言って
家に帰る

部屋を温めて

おじさんが好きな
ストーブの近くに
おじさんが昔から愛用している
汚い毛布を敷いて
そこへ横たわらせた


時折
寝相を打ちたいのか
起き上がろうとして
もがいたので
うつ伏せの姿勢にしてやると
落ち着いたようで
静かに呼吸をしていた


2人でジッとおじさんを見る


静かに撫でてやる

4日ほど
毛づくろいをしていないせいか
背中の毛は少し脂っぽくなっていた


おじさんの好きな足の肉球

大きくて
ピンク色の

愛おしい肉球

この足が動かないなんて

何かの間違いなんじゃないのか


定期的におじさんは
ふと顔を上げて
掠れた、でも大きな声で
「ギャァ〜!」と鳴く

その度に元パートナーは


「ここに居るよ。大丈夫だからね」

と声をかけてくれた

正直あたしはその声も怖かった
遠くに行っちゃいそうで
怖くて怖くて仕方なかった

現実から逃げ出したくなるような
この部屋の状況が
本当に怖かった


彼がいてくれてよかったと何度も思った


彼とは以前付き合っていて
一緒にこの家に住んでいた

元々猫アレルギーだった彼は
今まで猫や犬を飼ったことがなかった

それでも日々免疫は付き猫アレルギーは抑えられ
あたしよりも我猫を愛した

おじさんは
一緒に住みだしてから
迎え入れた猫だったので

彼にとっては
最初からおじさんを見ている

迎え入れた当初しばらくは
あまり馬が合わなかったのか
彼とおじさんは不仲で
それを取り巻くのも大変だったけど
気がつけば仲良くなっていた

別れた今も
あたし達の子供みたいな感覚で
おじさんやもう1匹の写真を撮っては送り
報告する日々

ヨガの仕事でいない日は
ご飯をやりに来てくれていた


そんな思い出が蘇り
こうして
一緒に過ごしたみんなと
馴染んだ家にいて


おじさんはよかったと思ってくれているのかな

なんて思ったりする

夜になって
何も食べていないあたし達

家を開けるわけにもいかないので
あたしが何か食べるものを買いに出かけた

もう何を食べたいのかすらも分からなくて
同じ場所を行ったり来たり

思いの外時間がかかって
戻ってきたら

はじめこそ何も変わらなかったけど
少し時間が経つと
おじさんの呼吸の仕方が変化した


鼻呼吸だったのに
口で呼吸をし始めた

それも吐くときに
「ブルル」とほっぺたが呼吸で震える音がする

吸う息は2回

2回目は耳がピクリとひきつる


スッスッ ハァ〜

スッスッ ハァ〜


出産の時の呼吸法みたいだと
呑気なもう1人の自分が思う


それでも少しだけ顔を持ち上げては鳴く

ずっと撫でてやると
落ち着くのか
静かになった


あたしはぼんやりと
またおじさんの背中を見つめる

呼吸の波

生きているという証


すると
少しだけ呼吸のテンポが遅くなった


嫌な予感がする


尻尾がピリリと小刻みに揺れたかと思うと



呼吸が止まった



「おじさん!!!」



あたしの声に驚いて
ご飯を食べてた元パートナーが
おじさんの顔に近寄って


「くろのすけ!死んだらつまらんよ!」


と顔を持ち上げて叫んだ


最後に小さく息を吐いて




そしておじさんの人生は幕を閉じた




とても静かな最期だった



あたしはこれまで
あれだけ泣きじゃくっていたのに

大きく泣きじゃくる
元パートナーの隣で

冷静な自分がいた


なんだか
「楽になれてよかったね」

と直感で思った


柔らかくなったおじさんを
最後にギュッと抱きしめる


そう
あたしはずっと
おじさんをこうして
抱きしめたかったんだ


いつもなら毎日抱き締めるのに
この4日間
おじさんがガラスのように感じて

撫でることも
怖くて仕方がなかった


脱力しきったおじさんを
最後にギュッと抱きしめて
ほっぺたにキスをする


手で静かに目を閉じさせ
身体を綺麗に拭いてやった


口や肛門から
何かが出てくるんじゃないかと思ったけど
4日間も
飲まず食わずのおじさんには
何も出てこなかった


テーピングを外し注射針を抜く

血の跡は
拭いても取れきれなかった


短いようで長かった
おじさんの闘病生活は
幕を閉じた



久々にお酒を飲んだ
お酒を片手に
もう冷たくなった
おじさんを見つめて
お話をした


涙は
また静かに頬を伝う


涙を枯らすには
あまりにも短すぎる日々だったのだろうか



あまり眠れない夜


夜中に目が覚めて
おじさんの元へ行き

身体を撫でる


魂はなくとも
身体がここにいるという
現実は
何故だか少しだけホッとする


また静かに涙が頬を伝う


Rest in Peace my love