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姫野カオルコ『彼女は頭が悪いから』(ネタバレあり)

去年初版が出たばかりで話題になっていた『彼女は頭が悪いから』を読みました。良くも悪くもこんなに吐きそうになった小説は久しぶりだったので、ちょっと感想を書いてみようと思いました。一言で言うと、小説自体がどうこうというよりも、これを元にいろんな立場の人と議論してみたい、というのが一番の感想です。これを読んで、どんな人がどう思うのか、というのが個人的にいちばん気になります。私はこの小説を読みながら自分の中の「善人」と「悪人」が交互に出てくるのを感じました。

①概要

2016年に東大生5人が某女子大に通う女子大生1人に強制わいせつした事件に着想を得て書かれたようです。

この小説のどこまでが実話に基づきどこからがフィクションなのか分かりづらい部分はたくさんあります。ただ、加害者5人の親も本人も世間的には「超エリート」だということは本当のようです。

では、あくまで小説の中の大まかな流れとして……

何の罪もない「純真すぎる」女子大生 神立美咲が、大学に入ってやっとできたと思った「彼氏」のつばさにすぐに見捨てられセフレ扱いにされ、そこまでされても中々思いが断ち切れず。なので、つばさから久しぶりに「みんなで飲むからお前も来ない?」と来たLINEに応じてしまい飲み会に行くと、そこにつばさ以外の東大の男子学生4人も居たという訳です。

つばさ含めその5人は「星座研究会」という、いわゆるインカレのヤリサーを作ってて、裏では女の子の裸の画像や動画で小遣い稼ぎをしていました。そいつらに大量に飲まされ、家まで付いて行ってしまい、そこでひどいことをされた訳です。この「ひどいこと」の内容は文字にするのさえ憚られます。詳しくは書きませんが、身体の上にカップラーメンの汁を落とされたり、下着を汚いと嗤われたり…決してレイプではありません。美咲は彼らの性対象ではなくおもちゃだった訳です。こんなことをされたら恐らくPTSDになるでしょうし、確実に一生背負っていく逃れられない傷になるはずです。

②容姿、というこの面倒な問題

学歴云々以上に私が残酷に感じたのは、容姿の問題です。日本では男女問わずルッキズムが顕著だと思いますが、この小説では特に女性がいつも「見られる側」であることの残酷さが感じられます。小説の序盤でこんな文章が出てきます。

「およそどの中学でも、男子は女子に隠れて イイのはだれかを選ぶ投票 を密かにおこなう。それは情け容赦のない残酷な判定である。数学テストでいうなら部分点はいっさい与えない。ひたすら外見だけの判定だ。秘密裏におこなえたと男子は思っているが、実は女子は知っている」

女子は望んでもいないのに何故かこのコンテストに生まれた時から強制参加させられます。例えば私がアルバイトで地下鉄のガイドをしていたとき、駅の結構目立つところにスカーフと帽子をして立っていたので、あの人何だろう、とじろじろ見られることもありました。ある時私の前を同じ年代ぐらいの男の子が二人私を見ながら通り過ぎていって

「なあ、あの子結構よくない?」

「え、俺はなしかな」

みたいなことを言われたことがあって、一瞬固まりました。何で? 駅や乗り換え案内のために立ってるだけです。男の駅員さんに対して、聞こえるような距離でこんなこと言う女子いますか? 多分いないと思います。

小説を最初からずっと読んでいると、主人公の美咲は若干ぽっちゃりしつつも比較的可愛らしい女の子ではないかと想像できます。高校時代にはラブレターをもらったりもして。ただ、サークル運営して裏で女の子の写真で荒稼ぎしているつばさたち男子は、日々ミスコンに出るようなクラスタの女の子と接していることで、自分たちは棚に上げて女の子を見る目がぐんとつりあがっているのだと思います。

美咲が問題の飲み会の場に到着したとき、男子たちの間で密かにこんなLINEが交わされます。

【神立さんてヒト、来ました。DB――】

DBとはデブでブスのことである。

【このヒトはネタ枠ですね(笑)――】

【ネタ枠。激ウケ。水大(さすがに実在の大学名を出す訳にいかないでしょうし仮名のようです)でも瀬谷キャンパスはV・D(容姿偏差値)は3ランクレベルダウン】

今だから冷静に見られるけれど、上京して大学入りたての私がこれ読んだら、怖くて飲み会恐怖症になっちゃったかもしれなかったですね。

③学歴について

じゃあ東大生だからこんなことするのか、っていうとそれは違うと思います。地元のヤンキーでも多分おんなじようなことを言ったりしたりする人はいるはず。

この小説のマイナス面としては、下手したら東大はじめ高学歴男性ってこんなのなの?! っていう偏見が生まれてしまうかもしれない、ということ。みんながみんな絶対こんなのじゃないです。頭の回る東大生なので、諸々のやり方をいやらしく感じるかもしれませんが、どこの大学だろうが高卒だろうが何だろうが、どんな層にもこういう歪んだ感性の持ち主はわずかに居るんではないかと思います。

自分の直感を研ぎ澄まし、こういう人たちとは関わらずに生きていくのが一番のように思います。

2018年にSPAのヤレる女子大生ランキングが話題になって批判を浴びましたよね。そもそもがアホ記事だと思いますけど、もし 肉食女子大生ランキング だったらどうですか? そこまで抵抗なくないですか? 「ヤレる」というこの言葉の響き。何で女子の方がいつも受け身なんだって話ですよ。ヤレる、ヤレない、って女子に選択権がないのが一番おかしいと思いましたね。そしてこの大学ランキングの上位に名前が挙がっていた女子大に主人公の美咲も行っていた訳ですね。

④同じ女子として美咲への共感、同情、イライラ

実際の事件においても、被害者の女子大生がなぜか多く非難を受けたようです。

【のこのこついていったんだから、合意だろ】

【午前0時に男の部屋に行ってチチさわられて訴えているアホ女】

これはあくまで小説の中の言葉ですが、実際も掲示板にこの類の書き込みがたくさんあったようです。私も一概にこれを批判できません。こういう事件が起こる度、卑劣だな、と思いつつも「そんな夜中にお酒飲んだまま大勢の男に付いてっちゃ駄目だってば…」とその嗅覚の鈍さにイライラする気持ちもあります。

でもこの小説は、この事件は一夜にして突発的に起きたものではない、ということを、加害者サイド・被害者サイド両方の生い立ちから交互に丁寧に描くことで、示そうとしています。

美咲は田園都市線あざみ野駅からちょっと歩いたところにある家で育ち、決して裕福ではないけれど特に不自由もなく、長女として時々ご飯も作ったりします。お父さんの酒のつまみを作り、ビールを入れて一緒に飲んであげるような子です。特に勉強面であれこれ言われることもなく、裁縫学校を起源とするような女子大に決まったことで親戚一同「女の子らしくて良かったわね」と手放しで祝福する、善き家庭です。ずっと実家で暮らしています。美咲自身も目標や夢がある訳でもなく、ただ日々平穏に過ごしたく、その中で何となく「白馬の王子様」の登場を夢見ているような子です。

これは明らかな偏見ですが、こういう環境でずっと育つと、悪に対する免疫がゼロに近くなるのではないかと思うのです。もちろん悪に出会わないのが一番ですし、ほんとに悪いのは悪人なのですが、出会ってしまったときに「こいつ何かやばいかも」「この団体ちょっと変だな」「そろそろここらへんで帰った方が良いかも」という直感が働かないとしたら、それは危ないことのように思います(実際の被害者のことは分からないので、あくまで小説内の主人公に対する話です)。

こういうタイプの女の子と出会って仲良くなれるか、と言われたらよく分からないですし、正直私の友達にはあまり居ないタイプです。

ただ、大学に入りたてって男女関わらず、頭が若干のお花畑状態になることは避けられないのではないでしょうか(そうじゃない人も勿論いると思いますが)。私もそうでした。高校までガリガリ勉強をしてきて、田舎から上京してキャンパスライフが始まる。良い人に出会えないかな~という思いはもちろんアリアリで、そんな下心も込みでいろんな所に顔を出してみる。そんなところを運悪く、優しい顔をした悪人に「可愛いね」なんて言われてつい落ちてしまう。付き合えた!と思ったら実はセフレみたいにされて、初めて身体の関係を持った相手だし想いが断ち切れずに、久しぶりに誘われてもほいほい付いて行ってしまう。これって運さえ悪ければ、美咲みたいな女の子じゃなくっても引っ掛かってしまう可能性あると思うんですよね。

美咲に対しては、何の罪もないのにこんなことに巻き込まれて…という同情、大学入りたてでこんなことがあったらそうなっちゃうよね、という共感、もうちょっとどっかで避けられなかったかな、というイライラ、いろんな感情が飛び出しました。

⑤最後に

いろんな立場の人と呼んで議論したい本です。

が、ある程度よき彼氏や伴侶、男友達など信頼できる男性がいる状態でないと、男性とほぼ接したことがない女子が読むと妙な恐怖症や偏見を抱いてしまう恐れがあります。あと男性も自性別嫌悪のようなことになりかねません。いや、そんな大げさなことはないかもしれないけれど、そのぐらいの力を持った本だと私は思います。というか、小説ってそういう力を持ってしまうんですよね。

あと、男女、とか高齢者年少者とか、二項対立の図式は極めて危険ですね。対立させることで都合の良い何か「大きなもの」が後ろに居るかもしれないですからね。別に男女年齢にかかわらずいろんな人いますから。


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