蒼記みなみ

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最近の記事

[ショートショート]機内持ち込み不可

空港に着くと、カウンターへ向かう。 チケットを買い、セキュリティチェックへ。 すぐに終わるはずだった。 ゲートを抜けるとき、ブザーが鳴った。 係員が重量超過と告げる。 そんなはずはない。持ち物は財布だけだし、体重も平均値だ。 この世界では、「モノを持つこと」が制限されていた。 所持品の重さに課税され、移動も制限される。 でも、持ち物は財布しかない。中身も(自慢じゃないが)相当軽い。 なんと、係員は「あなたの夢は大きすぎて、飛行機に乗せられない」と言う。 廃棄箱に捨てるよ

    • [ショートショート]字幕派の宇宙人

      辺境の宇宙ステーションにあるバーは、多様な種族の者でごった返していた。 運び屋の俺は、パートナーのレイと一緒に次の仕事を探している。 席に着き、ビールを注文する。 レイに目配せすると「私も同じものにする」と字幕が頭上に現れた。 彼女は言葉を字幕で伝える。最初は驚いたが、すっかり慣れた。 雑談をしながらビールを待つ。 ──どぉん! 視界が揺れ、俺は床に投げ出された。 テーブルや酒が飛び散り、警報と悲鳴が響く。 「レイ、大丈夫か!」 叫ぶのと同時に、照明が消えた。 まずい。

      • [ショートショート]そばをふるまう桜

        徹夜明けの朝。 職場を出た俺は、家路を急いでいた。 何かにぶつかり、顔を上げると、柄の悪そうな男が三人。 無言で俺を取り囲んだ。 そこへ、自転車のベルの音がした。 「なんでいなんでい。朝からもめ事たぁ、穏やかじゃねぇなぁ」 オヤジの声に顔を上げる。 自転車に乗り、片手にどんぶりを高く積み上げて持った──桜の木が、いた。 男たちは奇妙な乱入者に顔を見合わせ、掴みかかった。 オヤジはどんぶりを空に放ると、男たちを投げ飛ばす。 最後に落ちてきたどんぶりをキャッチした。 その

        • [ショートショート]レンタル時間

          深夜11時半、原稿の〆切まであと30分。 推敲にはまだ半日はかかりそうだ。 仕方ない、最後の手段を使おう。 私は上着を羽織って外に出た。 春先とはいえ夜風はまだ冷たい中、早足で駅へと向かった。 真っ暗な駅前商店街に、1つだけ電気が灯る店がある。 レンタルショップ、とだけ書かれた店に入ると、時計は11時45分を指していた。 カウンターで「6……いや、12時間」と告げる。 白髪の店員は驚いた顔を上げた。 「そんなにですか? 高いですよ?」 構いません、とにかく必要なんです、と

        [ショートショート]機内持ち込み不可

          キャット・ヒーロー

          春風が桜を舞い上げていく。 初めて見る景色を楽しみながら道を進む。 引っ越しが終わり、今日から新生活だ。 と、向こうから三毛猫が歩いてきた。口に何かくわえている。 後を追うと、公園に着いた。ベンチで男の子が泣いている。 声をかけるか悩んでいると、猫が男の子に近づき、くわえていたものを置いた。 「あ、僕のおさいふ!」 男の子が嬉しそうに言うと、猫はひと声なき、去っていった。 数日後。また猫に出会った。 手のひらほどの仔猫。近づくと小路から猫が次々と現れ、囲まれてしまった。

          キャット・ヒーロー

          伝家のほうとう

          山梨県の西にある、歴史ある食堂に来ていた。 戦国時代の食事が再現されているというので食べに来たのだ。 出てきたのは太いうどんのような麺、「ほうとう」だ。 味噌の香りを愉しんだあと、一口すすってみる。 素朴な味噌の味、野菜の甘さが口に広がった。だが、何かが足りない。 帰り際店長に聞いてみると、再現するための最後の一品が分からないのだという。 私も食堂を営む身だ。 考えてみることにした。 翌週店を再訪した。 店長に挨拶し、「最後の一品」と予想した品を手渡す。 南国で作られた

          伝家のほうとう

          砂の魔女

          広大な砂漠に囲まれた、とある小国。 何もない砂漠で、この国だけは豊かに成長していた。 この国には、砂の魔女と呼ばれた魔法使いがいた。 念じたものを砂に変える魔法を使った。 魔女がいたころ、この国は緑豊かだったと伝えられている。 だが、あるとき戦争が起き、時の王は魔女を戦争へと向かわせた。 敵軍を砂に変え、無力化するためだ。 戦いは長引いた。 最後の手段として、国の回りのあらゆるものを砂に変え、進軍を止めることとなった。 計画は成功し、戦争は終結した。 それ以来魔女を見た

          犠牲フライ

          飛び魚ってご存じですか? 海面を滑るように飛行する魚です。 その中に「一番魚」と呼ばれる魚がいます。 ファーストペンギンってありますよね。最初に海に飛び込む勇気のあるペンギンです。 あれと同じです。 市場で良い値段がつくので、漁師が狙う魚です。 めったに出会えないのですが、今日は運良く水揚げされていました。 大喜びで購入し、帰宅したところです。 買ったのは十尾で、一尾が一番魚です。 スチロールの箱に入った魚を流し台において眺めます。 一番魚は他より二回りほど大きく、飛行に

          栞小説

          今日が〆切。 真っ白なノートを拡げ、アイデアを書き始める。 心配は要らない。私は「栞小説家」だからだ。 本を買うと栞がついてくる。 新刊の広告だったり、その本のイラストだったりが印刷されている。 そこに小説を印刷するという企画が通ったのだ。 長編とは違う難しさがあったが、何本も書き上げられるのは快感だった。 手軽に読めるのが好評となり、おかげで仕事も増えている。 複数の栞にわたる話を書いた。 二枚の栞を重ねると読める仕掛けを作った。 世界に十枚しかないレア栞を作ったら、コ

          スーツを着るテスト用紙

          採用試験の会場で、俺は頭を抱えた。 スーツ着用でと言われたので、リクルートスーツで来てみた。 だが、会場にいたのは── 銀色に輝く金属の鎧。 身体にぴったりと張り付いた、原色のシャツにスパッツ、そしてマント。 どこかで見た、ヒーローの変身スーツ姿の受験者だった。 すぐにテストが始まった。 内容は普通の就活の試験で、ほっとしたのもつかの間。 最後の問題にまた頭を抱える。 「隣の部屋に来て、必殺技を見せてください」 焦る俺の周りで、次々に試験者が隣の部屋に向かっていた。

          スーツを着るテスト用紙

          再利用の迷子

          ある小国に「怒気回収業」という仕事があった。 怒りは人間関係を壊し、社会を歪めてしまう。 そこで怒りを回収、エネルギーに変換する仕組みを作った。 街には、怒気のリサイクル業者が歩いている。 怒りが生じたら彼らに声をかけ、語る。怒気は回収業者に吸い込まれた、無線で施設へと送られる。 集めた怒気は電気へと変わり、街を動かした。 しかし、一部の強い怒気は再利用できず、破棄するしかなかった。 残った怒気は固められ、廃棄所に山積みになっていった。 怒気は少しずつ土壌にしみこみ、

          再利用の迷子

          未来へ戻る手帳

          新年。 新しい手帳を開くとそこには、覚えのない予定が私の字で書かれていた。 今日の予定は、打ち合わせと書類の作成とある。 実際にその通りで、1月は手帳に書かれた通りに進んでいった。 3月になり、手帳をめくった。 1日に予定があり、あとは真っ白だ。 最後の予定は、電車に乗って高野山に行く、だ。 高野山のふもとに着くと、白髪の老人に声をかけられた。 「来たと言うことは、手帳を信じたな」 私の誰何の問いに、老人は「未来のお前」と答えた。 今年、人生の大きな決断がある。 「未

          未来へ戻る手帳

          クリスマス・ケトル

          師走も半ば。 道行く人々は、足早に歩いていく。 それに混じって進むと、赤いティーポットを持った集団がいた。 自分のことに精一杯で、気を向ける余裕はなかった。 俯いて、前を通り過ぎようとした。 「今年、使い切れそうにないもの、残っていませんかー!」 聞けば、今年やり残したり使い残したものを集め、必要な人に届けているという。 やり残しなんて、正月に決めた目標ぐらいだ。 すると「それ、よかったら寄付してくれませんか?」と言う。 頷くと、赤いティーポットが差し出された。 脳裡に、

          クリスマス・ケトル

          かっ飛ばす欠席届

          朝、目が醒めたら頭が痛い。 半身を起こすと、ぐらりと視界が揺れた。風邪だろうか。しかたない、今日は学校を休もう。 欠席届を書き、小さな金属のケースに入れる。 ふらつく足で、庭にある鳩舎へ向かった。 鳩の足にケースを取り付け、空へと放つ。鳩はくるりと旋回した後、学校へ飛んでいった。 まったく、面倒だ。 伝書鳩は不達や行方不明がたびたび起きる。生き物だから、世話も必要だ。 かつては、欠席届はメールやチャットで送るだけでよかったらしい。 世界からインターネットが消えた今、通信

          かっ飛ばす欠席届

          豆をひく雪だるま

          昔むかし、北国の森に、一人の雪だるまが住んでいました。 雪だるまは雹(ひょう)が降ると、外に木の枝や板を並べます。 それぞれが違う音を鳴らし、まるで合奏しているようでした。 いつしか、森の動物たちが集まり、雪だるまの音楽会は評判になりました。 ところが。 その年の冬は、いつになく暖かくなりました。 雪だるまは体調を崩し、寝込んでしまいます。 心配した動物たちは、雪だるまを元気づけようと知恵を集めました。 そして、音楽を奏でることを決めたのです。 リスたちはどんぐりを集

          豆をひく雪だるま

          お通し教科書

          高校三年の春。 家の事情で、神奈川から大阪に引っ越した。 落ち着く間もなく、受験勉強が本格化する。 あっという間に年明けを迎えた。 一校目の試験を終え帰宅すると、分厚い封筒が届いていた。 中身は学校の案内とテキスト。 入学すると届く、これから始まる授業の入門テキスト、通称「お通し教科書」だ。 合格した? こんなに早く結果が出るのか? 友人に尋ねる、これは「突き出し教科書」だという。 関東で言う「お通し」は関西では「突き出し」という。 入店時に出される料理だが、タイミン

          お通し教科書