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なぜ自衛隊は聖母マリア像をつくったのか?その2

さて、1950年に初開催された「さっぽろ雪まつり」の成り立ちについて調べ始めたのはお伝えした通りです。そのなかで最初にぶち当たった興味深い事例が陸上自衛隊が「野外築城訓練」の名目で第6回目から参加したこと、そして、なんとその時に巨大な聖母マリアの雪像が製作されたことでした。前回の記事ではその謎を解明するには至らず、なぜ?という疑問を投げかけて終わっていました。そんな節、やはり同じように雪まつりに関心を寄せていた札幌の学生さんから、ある情報を得たので、今回ご紹介したいと思います。

ただし、現段階では数人に聞いた噂話に過ぎないので、あくまでも参考程度に理解していただけければと思います。とはいえ、個人的にはきわめて面白い連想を生む情報でした。

「はじめまして、こんにちは。札幌在住の山田と申します。さっぽろ雪まつりの件、私もずっと気になっていまして、人伝いに聞いた話から、最初の自衛隊の像がマリア像である理由は、米軍が絡んでいるのではいかと推測しています。札幌には戦後に米軍が進駐してきた歴史があります。1946年から59年ごろまで、札幌市内の真駒内という場所に学校や映画館や教会が建てられ、駐屯地として整備されました。陸上自衛隊が参加し始めた55年もこの期間中ですし、映画館などは広く市民も鑑賞に訪れていたようで、米軍との交流があったらしいです。直接的な回答まで至れていないのですが、この真駒内の米軍が最初のマリア像に関わっているようであることを数人から噂程度に聞いているので、そのことをお伝えしたくてメッセージしました。私も引き続きリサーチしてます。

追記:
陸上自衛隊が雪まつりに参加する55年の1年前、54年に設立された真駒内駐屯地では、既にその年の冬に駐屯地内で雪像が作られていたようで、雪まつりへの参加理由と同じように、築城訓練と基礎体力作り、レクリエーションを目的として行われたらしいです。この雪像に関しての情報が全然出てこないのですが、真駒内に進駐していた米軍の撤収が55年から59年にかけてなので、何か関わりがあったのではないかと睨んでいます。「マリア雪像」が建ったのは、ここからの流れかもしれません。」(ご本人に許可を取り引用させていただいています)

1946年から札幌市内に進駐していた米軍兵と自衛隊との間に交流があった。それが何らかの形で「聖母マリア」というキリスト教モティーフの選択に影響しているのではないか。

繰り返しますが、これは事実確認はできていないので、仮定の話に過ぎません。ですが、もしそうだとすれば、以下のような見立てが成立します。

日本を守る自衛隊が米軍兵=キリスト教徒にとっての母なるマリアを、それ自体は儚く消えてしまう雪を使って、築城訓練=自らを守る城として建ててしまう。

面白い。そして、歪んでいる。前回示した、陸上自衛隊が築城訓練の名目で聖母マリア像をつくるというパンチラインからさらに強いパンチラインが生まれそうな気配がします。また最近、東京国立近代美術館の常設で見た河原温の「密室絵画」や宮崎駿、押井守らの作品の象徴される日本の戦後文化の特異な構造とどこかで接点が見出せそうな気もします。もちろん、すべてはいまだ妄想の域をでていませんが。引き続き、情報を集めて参ります。

・参考:https://xn----gs8ask240aq6e5tndvkq3xhh1c.jinja-tera-gosyuin-meguri.com/%e3%81%95%e3%81%a3%e3%81%bd%e3%82%8d%e9%9b%aa%e3%81%be%e3%81%a4%e3%82%8a/%e3%81%95%e3%81%a3%e3%81%bd%e3%82%8d%e9%9b%aa%e3%81%be%e3%81%a4%e3%82%8a%e3%81%ae%e8%b5%b7%e6%ba%90%ef%bc%88%e9%96%8b%e5%a7%8b%e3%81%95%e3%82%8c%e3%81%9f%e3%82%ad%e3%83%83%e3%82%ab%e3%82%b1%ef%bc%89/1213/.html)

(※)画像はhttp://www.walkerplus.com/trend/matome/article/135042/より







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