皆本

急に始めたり急に終わったり急に再開したり。 nisinao.hatenablog.com

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マガジン

  • 終末の過ごし方

    終末を過ごす人たちの日常

  • 幻視

  • 幻肢

  • 百合

最近の記事

境界線

 コンビニから出る。夏の日差しは暑くて明るくてとても暑く。サスペンス映画みたいな陰鬱な曇り空じゃないと気持ちが晴れない。ネットで見かけたその言葉を思い出し、一人頷く。猫が駐車場の日陰で寝転んでいて、アナコンダのように伸びやかにぐんにゃりしていた。  日向と日陰の境界線にいた彼女のことは見知っていて、でもわたしは忘れていた。彼女はすぐに気づいたらしい。少しためらいがちに近づいてきて、立ち止まると、その冷たい手をわたしの肩に添えて、踵を浮かした。理由は知らない。彼女の唇も冷たい。

    •  かぷりと彼女がわたしの腕を食む。冬なので当然厚着をしていて、フリース越しの歯の感触。皮膚に直接感じる彼女の感触もよいのだけれど、これも趣があってよいかも、という幻想を抱くことにする。  彼女は、ふー、ふー、と口の隙間と鼻で荒い息をしていた。わたしは彼女の両腕を探して見渡し、部屋の隅で重なっているのを見つけた。それはこたつから遥か遠くにあり、わたしも彼女もこたつに喰われたままで、逃れることができないでいる。  外を吹き荒ぶ風が木々や人工物を鳴らしていて、その音によりこたつが普

      • さかなとごはん2

         あぶないよー、となるべく気の抜けた声をかけた。  部屋には女学生がいた。太宰さんのあれは女学生じゃなく女生徒だったはず。確か。白のラインが入ったセーラー服の上に、灰色のカーディガンを羽織り、肩に触れるくらいの長さの髪で、額を出して、目元涼しく、きっと同年代の中では年相応に少し大人びているのだろう。オーナーの娘さんは、まだ中学生だったか、それとももう高校に上がっていただろうか。直接聞いたことがあった気もするけれど、けっこう前のことなので忘れてしまった。  女学生は踊り場の上で

        • さかなとごはん1

           彼女はエビが好きだった。死んだエビより生きたエビのほうを好んだ。綺麗に殻を剥いて食べる。そんな事実とは正対するように、今日の彼女は死んだ姿を見せていた。砂を敷いた水槽の底に、お腹を上に向けて横たわり、顔をこっちに向けて目を見開いて、口は半開き、意思のない表情を浮かべている。軽く曲げた片膝と、何かの事故があったかのように投げ出された両腕。ワイングラスを支えるような形の手と指先に、「死体」と「肢体」の二つの言葉が浮かんだ。  水の中で暮らす彼女に服は邪魔なので、彼女の基本色は白

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        記事

          飴よりもやわらかい

           そろりと唇をつける。瞼に。二度ばかりゆっくりと触れると、彼女は面倒そうに眠たそうに目を開けた。やる気なく頭を枕に置いたまま、無防備な首筋をわたしに晒している。その首筋に歯を立てて、彼女の首筋から赤い体液を零させて、音を立てて啜りたくも思うけれど、そんな吸血鬼めいた衝動にも駆られるけれど、そっと息を吐くことで堪えた。同じ場所に唇をつける。三度目だ。開けた目はもう瞼に覆われてなくて、唇に濡れた瞳の感触があった。濡れた舌が涙を拭うように眼窩の中をなぞり、まあるいその子を外へと連れ

          飴よりもやわらかい

          夜祭

           祭囃子が聞こえる中で、できるだけ道を間違えて、人のいない、人ではない人が多く紛れる路地に入り込み、何の肉かわからない牛串をガツガツしながら歩を進める。牛串はただ牛肉を串に刺して焼いたものではなく、牛串という別の食べ物なのだと思う。  綿菓子の甘いにおい、かき氷のひんやりとしたにおい、焼きもろこしの香ばしいにおい。それらに混じってうっすらと漂ってくる、水と涙のにおいをたどっていく。ミルクせんべいやたこ焼きのにおいに心を奪われかけたりしながらも、やがてわたしはそこにたどり着いた

          夜の美術館

           真夜中の美術館には人が少ない。けれど、全くいないわけでもない。守衛の人と絵描きの彼女がいる。  彼女は守衛の人にもらったコーヒーゼリーを食べていた。北海道産の生クリームを使用したクリーミーソースと褐色のゼリーを混ぜて、透明の小さなスプーンで口に運ぶ。むぐむぐする。むぐむぐしながら適当な壁に背中を預け、ずり落ちるように床に座った。コーヒーゼリーを半分ほど減らしてから、斜めがけにしていた鞄を漁り、絵筆を一本取り出す。  ところでコーヒーゼリーと混ざったクリーミーソースはカフェオ

          夜の美術館

          五本腕のサチさん

           五本ある。右に三本、左に二本。腕の話。彼女の話。  彼女は一番下の右腕に鞄を提げて、わたしは一本しか腕が生えない右肩に鞄をかけて、じりじりと肌を焼く夕日が照らす帰り道を進んでいる。街路樹に橙色のブロック歩道。駅まで続くこの道を通るときは、よく秋のイメージをする。赤や黄色に染まった葉っぱが歩道に散らばって、歩道の橙色と色違い、それらをオレンジ色の夕日が照らすのが目に心地よく、そんな感触をひっそりと楽しむ。  今、歩道に落ちている葉は深い緑。それはそれで夏の色がくっきりしていて

          五本腕のサチさん

          生肉とツナ&たまごサンド

           昨晩のこと。コンビニに繋がれた犬を撫でたら涼しい手触りで、夜はまだ寒いなという、ちょっとしたエピソードを思い出した。血統証付きのような中型犬で、でも雑種だったかもしれない。撫でようと手を伸ばしても避けたりはせずに、けれど驚いた顔でわたしを見上げていた。尻尾を振ったりもせずに、ただただ驚いた顔で。  今朝も肌寒かった。コンビニ前のベンチに座る女の子は、涼しそうなセーラー服で、世間話をするくらいの顔見知りで、右目が空洞で、顔にブラックジャックのような傷跡があって、たぶんもう心臓

          生肉とツナ&たまごサンド

          夏の夜に桜の精と

           桜の下には死体が埋まっている。そんな話をどこかで聞いたこともある。民家の庭に植えられた桜の枝が張り出して、屈まなければ通れないような歩道がこの前まであった。今はもうその民家は取り壊されて、噂では駐車場に変わるそうだ。瓦礫が残る空き地にその桜の切り株が居座り、そこに庭があったことを知らせていた。すぐ横にユンボが置き去りにされたように止まっていた。  僕が通りがかったのは平日の夜で、コンビニ帰りでアイスとオニギリが入った袋を提げていた。あと一時間もすれば深夜の時間で、だから街灯

          夏の夜に桜の精と

          桜の木の下の少女

           桜の木の下に死体が埋まっていることは誰もが知っている。誰もが知っていて、誰もがそう思っていれば、その通りになることも知っている。  死体はすでに骨になっている。雨と土と微生物がその身体を融かし、桜の木の根が彼女を吸い、ほんのりと赤い花を咲かせる換わりに、彼女自身は真っ白の綺麗な骨になる。  もちろん埋まっているのだから、彼女は土で茶色く汚れているけれど、水流で汚れを落とし、磨くように拭いてあげれば、すぐにその美しさを取り戻す。  白い制服を着た少女が桜並木を歩いている。風は

          桜の木の下の少女

          桜の木の下の彼女

           桜の木の下に埋まった死体は、自分を掘り起こす少女のことを思う。  死体はすでに骨になっている。その身体は土の中で融けて、ほんのりと淡い色の花を咲かせるために桜の木の根に吸われてしまっている。肉体の代わりに土が移り入り、残った骨は茶色に染まっているけれど、水流で汚れを落とし、磨くように拭いてあげれば、すぐに彼女はその真っ白な美しさを取り戻す。  ガリガリと何かを削る音が次第に近くなり、やがて土が除けられ、少女の指先が彼女の頭蓋に触れ、月が照らす夜が空洞の眼窩に滲み始める。  

          桜の木の下の彼女

          桜の木の下の世界

           桜の木の下に死体が埋まっているそうだけれど、その死体にはもう養分はなく、桜の木は自力で淡い桃色をした花をつける。薄めた血の色なのかもしれない。土の下で肉体を融かし、白い骨になった君は、そんなことを考えている。身に着けているセーラー服は白地に紺の襟で、けれど土で汚れ、裾もボロボロになっている。胸の下、お腹の上で白い骨の手を組んで、まるで棺の中で永い眠りにつきはじめた人のようだった。  雨が降るとすぐに散ってしまう儚い花。満開になるとある種の恐ろしさを漂わせる花。桜。ずっと眺め

          桜の木の下の世界

          猫耳とスティックジャーキー

           あまり整備されていない公園は雑草だらけだった。といっても冬の寒さにほとんどの草は薄茶色に染まり、ところどころ緑が繁っている程度だけれど。でもその整備されてなさや薄茶色のところに、猫たちがたまり場として利用していた。枯草はアスファルトや土よりもきっとぬくい。わたしが座るベンチから見えるところに三匹。入り口のところにキジトラとサビ猫。少し離れた繁みの横に黒猫がいた。  植えられている木に葉はなく、その向こうに電線と薄い色の空があり、寒空という言葉が似合いそうだったけれど、陽が差

          猫耳とスティックジャーキー

          駅ビルの少女娼婦

           首筋にかぷりと噛みつく。十二歳の女の子が。三十過ぎの男性に。その光景はある意味微笑ましくもあり、同時に恐ろしくもある。目には見えない赤いフィルターがかかる。頭の中にある記憶とイメージがそうする。ぞわりと背筋に悪寒のような、歓喜のような震えが走る。わたしは自分の首が噛まれたかのように、そっと自分の首筋に手を添えた。  歯を磨く。十二歳の女の子の歯を。その子は金色の髪を長くして、背中に流して。ドレスのように肩の出た薄緑色のワンピースを着て。  彼女は両手足が途中までしかないの

          駅ビルの少女娼婦

          雪の日

           目の端を通り過ぎていくものがあり、わたしは文庫本から顔を上げ、窓の外を眺める。鉋で削ったような大粒の雪が降っていた。ふっと脳裏に浮かんだのは、何故か夏服を着た妹の姿。もうすぐ学校から帰ってくる時間だ。  妹の高校の制服はセーラー服で、夏服は襟まで白で、黒のラインが二本入っている。雪の白からの連想かも知れない。冬服は紺のスタンダードなセーラー服。その上に紺色のダッフルコートを羽織り、短い髪に雪を散らばらせて、ぶつぶつ言いながら帰ってくるところを思い浮かべる。今朝は降ってなかっ

          雪の日