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第十一話 えっ?

「新入生、集合!!」
「はいっ!!」

と言い終わらないうちに駆け出した私は、横を走る美咲と目を合わせニッと笑う。
恐らく今この体育館という限られた距離でも全力疾走しているのは、高校時代に運動部に所属していた人たちだろう。
運動部において先輩の声は神の声。
烏が白いと言われれば、白に見える。
それ位、先輩は怖いのだ。
特にここチアリーダー部は、「昭和」なのだ。
私が入部したチアリーダー部と応援団は、「昭和を生きる覚悟がなければ入部するな」と言われている。
案の定、小走りで来たメンバーは、「遅いっ!!」と注意を受けた。
「前に並んで自己紹介して。チア歴も言って。」
仕切るのは、3年生。
4年の先輩は、ニコニコして見ているだけ。
そして、「こっち、そこズレてる。」
と、細かに世話してくれるのは2年の先輩。
二十人ほどが先輩たちの前にズラッと並んだ。
恐らく、ゴールデンウィーク明けには、半分になっているだろう。
「遠藤美咲です。高校で3年間チアをやってました。」
美咲、トップやってたことは言わなかったな。
目をつけられたらヤバいもんね。
「石田七海です。高校で3年間チアをやってました。」
美咲の完コピだ。
と言っても他に言いようがない。
美咲がトップをやっていたと言わなかったように、私も部長をやっていたとは言わない。
「みんな名前が今っぽいねー。経験ない人も大丈夫だから、ケガをしないように頑ばりましょうね。」
と、優しい4年生に対し、3年の先輩は、すぐにウォーミングアップの方法、体力作りの為の基礎練習などの指示を飛ばす。
二時間の練習が終わった時には、気疲れもあってクタクタ。
「はーい、今日はここまで。」
の声に喜び勇んで帰ろうとするのは、集合時小走りメンバーだ。
私たち経験者は知っている。
この後、使った道具の片付けや体育館の掃除があるのだ。
さらに、次回の指示があるはずだ。
2年の先輩が、片付けの仕方や掃除のやり方などをこと細かに教えてくれる。
私たち1年に不手際があれば叱られるのは2年生だ。
そして1年の誰か一人がミスをすれば、私たち1年全員が2年生から叱られる。
連帯責任だ。
「昭和」とは、そういうものだ。
小走りメンバーたち、次の練習に遅刻して来ないでよ、
忘れ物して来ないでよ、と思いつつ、疲れた体を引きずりながら帰路に着く。

私や美咲と同じようにチア経験者である萌と優花も、かなり練習はきついと言っている。
陸上経験者の玲奈は体力はあるがリズムにのるというのがなかなか大変と言っている。
その点、さすがなのはダンス経験者の明日香である。
ゴールデンウィークに帰省したまま、戻ってこないのか?
と思うメンバーも出てきた。
蒸し暑い季節、体育館は、サウナのようだ。
土日ごとに試合応援に行くので、遊びに行くどころか、このままでは、すでに単位が危ないかもと思う教科もある。
そりゃ、やめたくなるよね。
二十人のうち、五人はすでに名前も顔も思い出せない。
残り十五人のうち半分くらいは、授業がとか体調がとか言い訳し休みがちである。
そして、夏休み前には、七人だけが残った。
私と美咲。
チア経験のある萌と優花。
陸上をやっていた玲奈とダンス経験者の明日香。
最後の一人は、恵。

この恵は、不思議な人物だ。
まず、十八、九才には見えない。
服装がダサいうえに化粧もしていないので老けて見えるのか?
4年の先輩よりも年上に見える。
私は、三十才と思っている。
動きも若々しくない。
おばさんが右へ左へズリズリ移動しているように見える。
大学である以上、何才の人がいても不思議ではないが、体力が必要なチアである。
それに、やっている私が言うのもおこがましいが、見た目もそこそこいけている人が集まってくる。
顔の造りは、人様の事は言えないが、
スーパーで買ったようなパンツというよりはモンペ?
ブランドバッグを持つ必要はないが、あれは絶対に100均のマイバッグだ。
一人暮らしで節約しているのだろうが、空になったペットボトルに緑茶のティーバッグ(うわさによるとみんなでファミレスに行った時にドリンクバーの棚から持って帰っていたらしい。)を突っ込んで水道水を入れている。
しかも、そのティーバッグ、何日使ってる?
もう色すら出てない、ただの水道水じゃんと思う。

練習にもなかなかついてこられないのに辞めずに頑張っているのは偉いと思うが、「ストーップ!! 恵、また遅れた。最初からやり直し」
と、何度も同じミスをくり返されると正直腹が立つ。
技術的なことは、始めたばかりだから仕方ないとして、何故、遅刻してくるのだ。
恵って何学部?
何とってんだろ?
練習の日はまだ許せるとしても試合応援の日に集合場所でヒヤヒヤしながら待つのは胃が痛い。
何より困るのは、忘れ物だ。
アイシング用の氷を忘れたことがある。
1年生は、先輩たちより一時間以上早く行きフォーメーションの確認や試合会場のスタッフへのあいさつ、ポンポンやフラッグなどの準備を行う。
「氷は?」
「氷当番、誰?」
誰からも返事はないってことは恵だ。
「恵、氷は?」
「・・・・・」
「えっ?」
「忘れた。」
「はぁぁぁぁっ!!」
怒っている暇はない。
「一番近いコンビニ、駅前。」
と、明日香が叫ぶ。
「元陸上部に任せなっ!!」
と、玲奈がダッシュする。
「一人じゃ持てない。フォローする。」
と、美咲が、玲奈を追う。
美咲が担当するフラッグが立つまでに先輩が来たら大変だ。
「フラッグ行く。」
と私が叫ぶと
「七海の代わりに救護セット、お茶引き受ける」
と言う萌の声を背に受けながら、スタンドの一番上まで駆け上がる。
息を切らしながら下を見ると恵が座っている。
こんな事はしょっ中だ。
練習中はもちろん、応援や大会で、どれだけ恵のフォローをみんなでしていることか。
どれだけ連帯責任と叱られたことか。
校名の横断幕は両端を長い棒に結びつけ、決してたゆまない様、その棒を命がけで支える。
強風が吹いても横断幕は常に地面に垂直。
ほんの少しでも前や後ろに傾く事があってはならないのである。
その為、強く、軽く、私たちの手のサイズで握りしめやすい棒を用意している。
あろうことか恵は、その棒を忘れてきた事がある。
「さあ、明日の準備完了。最後に持ち物の確認するね。」
「美咲、ポンポン。」
「OK。」
「玲奈、衣裳。」
「全部チェックした。」
「優花、救護ケース。」
「はーい。」
「萌、フラッグ。」
「OK。」
「私が横断幕で明日香、ポールね。」
「ないっ! ポールがない!! ここに寝かせてたのにない。」
「恵が持って帰ったのかも。」
「って、何で恵、もう帰ってんの? 勝手すぎやろ。」
恵に連絡をとったら、やはり持って帰っていた。
いつも忘れ物をするから持って帰らないでと言ったのに。
持って帰ってしまったものは仕方ない。
明日、絶対に絶対に絶対に忘れないで持って来てよ、
遅刻もしないで、としつこく念押ししたのに、
「忘れたんじゃないよ。」
「だってないじゃん。じゃあどこにあるの?」
「家からは持って来たけど、電車の中においてきた。」
さすがに、ポールはコンビニには売っていないだろう。
「じか持ち?」
「風きついからムリかも。」
「代わりになる物ない?」
みんなで頭をひねるが、妙案はない。
「持って来たけど、電車に置いてきただけで忘れたわけじゃない。」
と、言い訳する恵に
「そんな事、どうでもいい。今、どうするかでしょ。」
名前の通り優しく花のような笑顔の優花もさすがにピシャリと言うくらい、私たちは、困り果て、目に涙が浮かんでくる。
遂に2年の先輩たちが到着した。
「おはようございます。」
と、大きな声であいさつするも、私たちの顔は、青ざめていたに違いない。
「どうした?何かあった?」
「すみません。ポールを忘れました。」
明日香が涙をこらえて告げる。
明日香のせいではないが、責任を感じているのだろう。
私たち、恵以外は直角に体を折り曲げ、
「申し訳ございません。」
と、悲痛な声をそろえる。
恵は相変わらずボーとつっ立っている。
「あっ、もしもしお母さん。今すぐ、物干し竿、二本持って来て。説明してる間ないの、二本ね。大至急お願いね。」
「はい、もう大丈夫。みんな準備しちゃって。」
2年の先輩のおかげで、私たちはピンチを脱したが、それにしても恵ムカつく。
だから、持って帰るなと言ったのに。
試合が終わったら連帯責任で、また叱られるんだろうなぁ。
昭和なチアリーダー部と応援団は、校歌と国歌が流れると、何があっても微動だにしない。
私たちは、右手を左胸に当て微動だにしないことを教え込まれた。
強風の中フラッグを持っている時に、校歌が聞こえたら全身の力を左手に集中させてのりきらなければならない。
何年か前に、野球の応援中に吹奏楽部が校歌を演奏し『微動だにしない』チアの列にむかってファウルボールが飛んできた事があったらしい。
一人の先輩の顔面を直撃したが、校歌が演奏されている間は倒れもしなかったそうだ。
歴史はくり返される。
今日も校歌をBGMにファウルボールが飛んできた。
恵をめがけて。
当然、根性のない恵は「ひっ」と声を上げたが、私たちは密着して並んでいるので逃れようがない。
伝説の先輩とは違い、恵は、「ぐぇっ」と蛙をつぶしたような音と共に真後ろに倒れた。
ゴンっと言う音で、一段後ろのベンチに頭をぶつけたのだろうと想像した。
呼びかけても返事がない恵は、救急車で病院に搬送された。

命に関わる事ではないが、それでも大事故である。
部長は、大学に報告し大学から家族に連絡するということになったらしい。
私たちは、恵には迷惑をかけられてばっかりだし、センスの悪い服やファミレスからティーバッグを持って帰ったり遅刻ばかりしてくるなど腹立たしい事はたくさんあるが、それでも仲間が大ケガをした事はとても心配した。
硬球を顔面で受け後頭部を打ったのだ。
恵は大丈夫だろうか。
重い足取りで家路に着いた。

翌週の練習日、恵の姿はない。
頭を打ったのだ、三~四日で復帰できなくても当然だろうが、思いの外、ひどいケガだったのだろうか。
「集合!!」
皆の顔を見渡しながら部長が「大事な話しがあります。」と言った。
恵のことだろう。
良くないのだろうか。
「原口恵さんのことですが、」
やはり恵のことだ。
「頭を打っているし一人暮らしということもあって一週間位は入院するそうです。でも、検査結果に異常はなく打撲ということで心配はないようです。」
そっかぁ、良かった。
「ケガは大した事がなくて、良かったのですが、ここからが大事な話しです....。」
えっ?部長、泣いてる?いや笑ってる?
「原口恵さんは、うちの学生ではありませんでした。」
えっ? ええーっ?? どゆこと?
「チアをやりたくて、入学式の日にやって来て、入部勧誘していた私たちに声をかけたんですって。
ちょっと老けてるなぁとは思ったけど、1年生ですって言うから、社会人してから入学してきたのか他の大学卒業してからきたのかなと思っていたんだけど、
 単に近所に住んでる人でした」

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