小説「まほうつかいのドジ」

 あるところに、とても優秀なまほうつかいがいた。ふだんは杜の中に暮らすが、暗くなるとこっそり街に出て、町人と酒を酌み交わし、たまに酔いつぶれて町人に助けられながら、次の日にはまたちゃっかり杜の中に戻って、まほうの書を読んだり、訪ねてくる町人の話を聴いて「それは、そうだね」「やってみたらいいんじゃないかな」と短い呪文を唱えて、あっという間に悩みを解決してしまうので、いつの間にか「あの杜の中には小さく優秀なまほうつかいがいるが、小さすぎて見つけられないばかりかすぐに町に出て酔いつぶれてしまうので、夜になる前にぶどう酒を持っていくかこうひいの木を杜に植えておくと、まほうつかいはそれに誘われて杜の奥から外に出てくる」という伝説がまことしやかに広まっているのだった。

 なので、杜の中はすっかりこうひいの木で埋まり、優秀なまほうつかいの家の前にもぶどう酒の瓶が山と積み上げられるようになった。昼は杜の中でこうひいを飲みながらまほうの書を読んでいたり、新しい呪文を考えたりしているまほうつかいも、さすがに毎日ぶどう酒では飽きてくるようになった。
「あーあ、そろそろ町に行きたいけど、いつも一人で行くのも寂しくなってきたなあ。まいにちここでぶどう酒ばかり飲んで運動不足だし。犬でも飼ったら散歩するからいいって言うし、飼おうかなあ」

ーとまほうつかいがつぶやいていた時、町ではちょっとした賑やかなことが起こっていた。
 毎日昼夜構わず町に出て、「俺、川の前で生まれたから友達いないんすよ、誰か友達になってくださいよ」と喋り続ける青年がいると町の噂になっていると言うのだ。その青年は背が高く、川の前で生まれた、という割には色白で、とてもたくさんのことを知っているがそれを際限なく会う人会う人に喋り続けるので、最初は盛り上がるがだんだん聴いている方が疲れてきて皆が離れてしまうので、また青年は「俺、川の前で生まれたから友達いないんすよ」と話しだす、というのだ。
 町で一番の長老が立ち上がり、「わしが杜の中のまほうつかいに、この泡の出る酒とぶどう酒を持っていき、その青年と友達になってもらえないか、と頼みに行こう」と言った。長老はずっと新しい泡の出るお酒を研究していて、やっと納得のゆくものが出来上がったのでまほうつかいにも気に入ってもらえて、誘い出せるのではないか実験してみたいと思っていたのだった。
 長老はある日「では杜の中に行ってくるよ」と、泡の出る酒が入った瓶とぶどう酒、噛めば噛むほど味が出る秘密の酒肴をもち、杜の中に分け入って行った。町の皆は、長老が置いていった新しい酒と酒肴で、宴会をしながらまほうつかいを連れて戻ってくるのを待っていた。そのまま町のなかまたちが酔いつぶれ船を漕ぎ始めたころ、長老とまほうつかいが戻って来た。まほうつかいは酔いつぶれた町人たちを見てこう言った。

「なんだぁ、せっかく久しぶりに町に出て来たのに、みんなが酔いつぶれてたら寂しいじゃない。やっぱり帰ろうかなー」

長老はすかさずこう返した。
「まほうつかいさん、この町には伝説の白い犬がいると聞いております。その白い犬はとても毛並みがよく、足も早いのできっとあなたを背中に乗せて杜と町を往復してくれるいい足になるでしょう。またとても物知りで賑やかだと聞いているので、博識なあなた様を退屈させることもないでしょう。よければ、お伴しますので一緒に探しに行きませんか?」

「えー、長老には新しいお酒と美味しい酒肴をもらった恩があるからなあ。じゃあそうしてみようかな。連れてってよ長老」

 ということで、長老とまほうつかいの白い犬を探す旅はこうして始まったのだった。

(続)