【小説】まほうつかいのドジ(第二話)

 二人が歩き始めてすぐ、隣の店先で白い毛並みをぶどう酒で赤くまだらに染めながら「俺、川の前で生まれたから友達いないんすよ、友達になってくださいよ」と吠える犬が目に入って来た。
 長老とまほうつかいは、一瞬目を見合わせたあと「あれは赤い犬だから間違いだ」と通り過ぎようとした。しかしまだまほうつかいは酔ってなかったので、「友達になってくださいだって。どうしよう。とりあえず飲もうかな」と暖簾をくぐり「長老もとりあえず飲みません?そこに新しい泡の出る酒、まだあるんでしょう?」と半ば強引に誘い、二人は「やあ、たまには違う店を開拓して研究してみるのもいいかもなあ」と言って質素な椅子に腰掛けた。
 「すみませーんとりあえずぶどう酒」とまほうつかいが言うと、「あいよ」とぶどう酒がなみなみと注がれたジョッキが置かれた。「じゃあ、新しい開拓にかんぱーい」とまほうつかいと長老がジョッキをかちん、と合わせると「俺も友達いないんで乾杯してもらっていいすか」とその赤いような白いようなまだらの犬のような生き物がジョッキをぶつけてきた。

 「おっ、もしかして君が今この町を賑わせているスターかい?」

と長老が少しだけ目をきらり、とさせて聴いた。
「俺っすかー?俺は単に川の前で生まれて、寂しくて毎晩こうやって飲んで喋ってるだけっすよ。寂しいんすよー。誰か紹介してくれませんか長老ぉ?」
「おお、僕のことを知ってるのかい」
「長老のことを知らないやつぁいませんよ。だっていろんな研究して、今日も新しい泡の出る酒を持って町に来たんでしょう?俺、あちこち走り回ってるからなんでも知ってるんすよ。そこのぶどう酒飲み続けてるまほうつかいさんも。実物は始めて見たけど小さくて可愛いなぁ〜。今度俺の背中で、海辺を走り抜けて見ませんか?」
 ぶどう酒を二杯立て続けに飲んだまほうつかいは、そこでやっと、この白いようなまだらの犬のような生き物が、噂の「友達がいない苦労」を持っている犬だ、と言うことがわかった。

「おじさーん、ぶどう酒もういっぱい。あ、この犬にも一つねー。私がまほうつかいか、飲み比べて確かめてみる?」

「やあこれは面白いことになって来ましたな。まほうつかいはめっぽう酒に弱いと聴いている。この犬がまほうつかいより強ければ、まほうつかいは本当にここにいる、ということが証明される。さあこの公開研究は金になるぞー!やあやあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい。「まほうつかいの研究」の始まりだよ!お代はこのジョッキにね。やあやあ押さないで押さないでー。ちゃんと一人一杯ぶどう酒を頼んでよー。」

 長老が急に生き生きと周囲から見物料を取り始めたかたわらで、まほうつかいと犬は、それぞれぐいぐいと飲み続け、酔いが廻った犬はとうとうと自分の寂しさについて語り出した。
 まほうつかいは、自分が潰れたらまほうつかいとバレてしまい二度と町に出てこられなくなると思い、必死で犬の話を聞き続けることになった。
「俺、川の前で生まれて」
「うん」
「生まれた時は真っ白なお父さんとお母さんと、十匹の兄弟がいて、すげえ楽しかったんですけど、徐々にもらわれていって......ある日朝起きたら一匹だったんす」
「そう」
「俺、さっき嘘ついたんす。海辺を走り抜けて見ませんか?なんて言ったけど、俺川の前と町しか行ったことなくて。だって海って人っ子一人いないじゃないですか。昆布くらいしか浮いてないし」
「そうかな」
ーーやばい、さすがに立て続けにぶどう酒3杯は効いて来た。このままだと顔が赤いのがバレて、周囲が私が普段杜にいるまほうつかいだってバレちゃう。これ以上静かな杜に空き瓶が増えるのは無理だーー仕方ない、まほう使って、この犬をおともにしよう。

「そうなの。ちょうど私、犬を一匹飼おうかなと思ってて。うちくる?」

 気がついたら朝になっていた。ベッドの上にちゃんと寝ていて、服は着ていた。長老はいなくなっていて、足元には朝の光で真っ白に輝く、白い犬がすやすやと寝息を立てていた。
「んー昨日は飲みすぎたなあ。あれ、この犬、そうだしまったぁ......昨日飲み比べして、バレないようにってまほう使って、連れて帰って来ちゃったんだっけ......やばいなあ、長老とまほうは自分には使わないことって約束してたんだけど......まあ、いっか。昨日の話楽しかったし、久しぶりに誰かとお酒飲めて嬉しかったし。この犬何食べるんだろう......とりあえずパンとミルクでもあげるかな」

その頃長老は、見物客から集めた木戸銭でえびす顔であった。
「昨日はいい研究が見られたなあ。あの犬にも飼い主ができたみたいだし、完璧なまほうつかいのうっかりした顔も見られたし、これぞ苦労の醍醐味、ってやつじゃい」

 それ以来、小さなまほうつかいは足のはやい大きな白い犬に乗って街に出るようになったが、犬が「俺やっと師匠見つけたんすよー!ほら!あの!杜に住んでるまほうつかいさんですよ!」と止めても止めても喋り続けるので、こっそり過ごしたかったまほうつかいはいつもだれかとおしゃべりをしていることになり、なかなか杜に帰れなくなった。しかし、町の人にとって神聖な杜にぶどう酒の瓶が積み上げられたままになっていたことを犬が喋って町の人に教えてくれたので、町の人たちが総出で杜の掃除に来てくれ杜は神聖さを取り戻した。小さく賢いまほうつかいと、よく喋り足のはやい犬と、寂しかったこの一人と一匹のお話は、ひとまずこれでおしまい。