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眼の前に究極の選択があったから決死の覚悟で選んだのに、その選択肢が一瞬にして消えた話

20年前の話だ。
就職活動をしていたわたしに、同時に2つの合格のオファーがあった。

超絶優柔不断人間なので、困惑して方針状態になった。
どちらを選べばいいのだろうか、決定できない。困った。

ランチですら、「洋食と和食どっちがいい?」と聞かれると大変困る。
決められない。
だって、どちらも好きで、どちらも良いのだから。

合格したA社とB社は、どちらも魅力的だった。

A社 ちいさな劇団スタッフ 月給13万円

木曜日の夜に面接を受けたA社は、とある劇団だった。

20代の頃、演劇の学校に通い、卒業後も演劇活動を続けていたから、仕事として劇団に関わることが夢だった。

劇団の「スタッフ募集」を見つけて、すぐに応募した。
給料は安い。13万8000円くらいだったと思う。
だが、お給料がもらえて芝居に関われるなんて夢のような仕事だと、当時は考えていた。世間知らずだった。

「よっしゃー!がんばろう」という気持ちで面接を受けに行った。
面接は劇団の稽古場内で、まるでオーディションのような状態で行われた。
長机に面接官が5人が座っていて、応募者は対面の椅子に座り、質問を受ける。
稽古場は、鏡張りのなので、普通の会社の面接だと思って来た人は驚いたに違いない。

わたしは、演劇をやっていたから、劇団やテレビのオーディションも何度か受けたことがあった。
だから、「就職の面接だけど、オーディションだと思ってやればいいか」という感じで、鏡に映る自分を直視しながら堂々と答えることができた。
もしかしたら、他の応募者にくらべて、肝が座っていると思われたのかも知れない。

面接官は、5人。劇団の主宰者の女性と、役職不明の年配の男性、メインで話す制作部の男性、そして劇団所属の俳優さんも二人参加していた。

その劇団は、男性の俳優だけが所属できる劇団だった。だから、圧倒的に女性ファンが多い。
俳優さんを面接に同席させることで、ファンがミーハー的な心持ちで、面接を受けることを見抜こうとしているのかもと思った。
なぜなら、その場にいた俳優さんは、とても居心地が悪そうで、「なんで僕がここに?」という雰囲気を隠せていなかったから。

制作の男性が、「ファンの人の熱量が高いので、扱いが難しいときもあるかも知れませんが、そういった対応もひるまずにできますか?」
というような質問をしてきたから、「今までも劇団で制作側としてお客様に対応してきたので、問題ないと思います。」と答えた。

その答えを聞いて制作の男性は、わたしに好印象を持ったようだった。

主催者の女性は、「うちの劇団は◯◯さんという漫画家さんの原作を上演することを許可されている珍しい劇団です。〇〇さんが許可を出すということは、本当に稀なことなんですよ。」と権威性をアピールしてきた。

わたしは、漫画家の〇〇さんの大ファンで、〇〇さんの作品の上演に関わってみたいという好奇心もあって、この劇団に応募した。
正直、俳優さんに会える!という喜びの感情は、持ち合わせていなかった。
その点も、制作の男性は気に入ってくれたらしい。

ただ、主催の女性には、「気に入られていない」と感じていた。女性の目は、冷ややかだった。

面接を終えて帰るとき、「これは落ちたな」と思った。

B社 ラジオ局編成制作部スタッフ 月給20万以上

次の日の金曜日、違う会社の面接を受けた。
B社は、とあるラジオ局。
編成制作部の仕事で、電話対応から事務処理、お茶出しなどを対応するアシスタント的な仕事だ。こちらは派遣社員で、時給も良い。
一ヶ月の給料は20万を超える。

だが、正直、どんな仕事内容なのかあまり想像がついていなかった。
面接に伺うと、落ち着いた雰囲気のちいさなラジオ局だった。
古いビルの中の2フロアを借りていて、表から見るととてもラジオ局が入っているとは思えない

面接は、会議室で人事部の人と、直接の上司になる部長と3人で行われた。
どんなことができるかを聞き出すというよりは、人柄を重視するような質問をされた。
話が盛り上がり、好きな世界史の話までして、40分も話してしまった。楽しい時間が過ごせた。

この人たちと働いたら、おもしろいかも知れないと思った。

面接が終わり、「合格でも不合格でも結果をお知らせします。」と言われ、帰宅した。

その日の夜、A社とB社の両方から、合格の知らせが入った。

給料かやりたいことか、究極の選択


もう一度情報を整理しておこう。合格したのは2社。
A社 劇団スタッフ(雇用形態不明)13万8000円
B社 ラジオ局(派遣社員)20万以上(時給制で残業代も出る)

面接から帰宅し、家についたらすぐ派遣会社から電話がかかってきた。
「ラジオ局の方は、ぜひ、お願いします。と高評価でしたよ。」と言われた。ただ、金曜日の夕方なので、土日を使ってゆっくり考えてお返事をしていいとのことだった。
「週明けの月曜日の朝10時にご連絡しますので、そのと
きにお返事を聞かせてください。」と言われた。

2日間、考える時間がある。

「なんかうれしいな。劇団はダメっぽいからここで決まりかな。」と思ったその時、劇団から電話がかかってきた。

「あなたの経歴に興味がありまして、もしよろしければ、ウチで働いてみませんか?」という内容の電話を、制作の男性からいただいた。

たったいま、「二日間の猶予がある!」と思ったばかりなのに、A社かB社を一瞬で選ばなければならなくなったのだ。

A社は直接雇用だから、間に入る派遣会社の人もいないし、相談もできない。

そのとき、わたしは、とっさに選んだ。
「ありがとうございます。ぜひお願いいたします。」とA社(劇団)からかかってきた電話に返事をした。

担当の制作の男性は、「では、詳細はのちほどまたご連絡します。」といって、電話を切った。

優柔不断のわたしがとっさに決めたのは、劇団の方だった。

だが、そのあと、「この決断は正しいのだろうか?」という疑問が溢れてきて、どうしても払拭できなかった。

まず、劇団の給料は、ものすごく安い。
それから、あの主催者の女性の冷ややかな目が気になる。

それにくらべて、ラジオ局の方は、40分も語り合えるほど話が盛り上がったじゃないか。しかも、人並みの給料で暮らせる。
仕事内容はやりたいことではなかった。でも、よく分かってないから、もしかしたら演劇の制作の仕事との共通点があるかもしれない。
ラジオ局で働けるのであれば、自分にとっても良い経験になるかもしれない。

劇団には一応OKしたものの、ラジオ局で働くことも全然ありだ。
派遣会社に返事をしなければならないリミットの月曜日の朝10時まで、どちらを選ぶべきか、考える猶予があると思い直し、ひたすら考えた。

金か、やりたいことの追求か。
職場環境か。
将来的なビジョンを実現できるのは、どちらかとか。

いろいろな可能性を考えた。

タイムリミットを明日に控えた日曜日の夕方、決心した。

結局、ずっと夢だった演劇の仕事で、お給料をもらえることを選んだ。
夢をとった。劇団で働くことを決心した。

「給料は安いかもしれないが、夢を叶えることを、まずは優先してみよう!」と、やる気に満ちていた。

この選択は、もしかしたら間違いかも知れない。
他の人は、給料が良い方を選べと言うかも知れない。
だけど、この選択を選んだ自分が、この選択を正しかったと言えるようにすればいいんだ!
と自分を説得して鼓舞していた。

「よし、明日の朝、派遣会社から電話がかかってきたら、申し訳ないけれどラジオ局はお断りしよう。」
と、決心したその時、劇団の電話番号から着信があった。

電話にでると、あの制作の男性だった。
「実は、先日、ぜひウチのスタッフとしてお願いします。とお話したと思いますが、あの話、なかったことにしていただけませんか。」

一瞬、なにを言っているのか分からなかった。
「え?どういう…….ことですか?」と聞くと、
「えっと、事情が変わりまして、あなたを雇うことを、なかったことにしてもらいたいです…….。」

今から考えれば酷い話だが、その時は動揺しすぎてどう対処していいのか分からなかった。

何か言わなければ、と思った。

この二日間、ラジオ局とあなたの劇団と、どちらを選ぶか本当に真剣に考えて、給料が激安で、主催者の女性も感じ悪いのに、あなたの劇団で働くことを決めたんです!
なぜなら、演劇の仕事をするのが夢だったから!

と言えばよかった。

だが、そのとき口から出た言葉は、「わかりました…….」だった。

制作の男性は、そんなに素直に了承してくれると思っていなかったらしく、すこし驚いていた。
明らかにホッとして、「失礼します。」と言って電話を切った。

次の日の朝、派遣会社から電話があり、「ラジオ局でぜひ働かせていただきたいです。」と答え、就職が決まった。

…….…….
この話には、後日談がある。
3ヶ月が経った頃、ラジオ局の編成制作部で働くわたしは、何もかも初めての体験で四苦八苦しながら、がんばっていた。

すべての番組名を覚えていたし、今日はどの番組にどんなゲストがくるのかを把握もしていた。

電話にも、誰よりも早くでる。
その日も、いつものように電話に出た。
それは、あの劇団の主宰者の女性からの電話だった。

「本日、△△の番組にゲスト出演させていただく俳優◯◯が所属しております劇団〇〇の主催者です。俳優◯◯をどうぞよろしくお願いいたします。」
と、同じ人物とは思えないめちゃくちゃ感じの良い声で、俳優〇〇さんをアピールしてきた。

ちなみに、俳優〇〇さんは、あの面接会場に座っていた人だ。

わたしは、あの面接のときの主催者の冷ややかな目と態度を思い出した。

「どうも、3ヶ月前に面接を受けた者です。あのとき、実はこのラジオ局とあなたの劇団と、両方合格の通知をいただいていて、劇団で働かせていただこうと決めていました。ですが、突然、あの話なかったことにしてくださいというご連絡をいただき、結局いま、このラジオ局で働いております。」

と、言ってやりたかった。

わたしは、ただ「わかりました…….」と言って電話を切った。

もし、嫌味を言っていたら、気持ちは晴れたのだろうか。
「なかったことにしてください。」という言葉には、少なからず傷ついていたから。
明らかにわたしを評価していなかった主催者の女性に対して、ここで嫌味を言えば、リベンジになったのかもしれない。

でも、あのとき、嫌味を言わなくてよかったと思っている。
主催者の女性の表と裏の顔を知れたことが、何よりの学びだ。

あの選択は間違っていない。
だって、この世界、どこで誰とつながっているか、分からないのだから。

#あの選択をしたから


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