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良い革靴は人生を豊かにする。

靴を見ればその人が分かるとよく言われるが、最近までそこまで靴に関心がなかった。スニーカーは好きだったが革靴は必要最低限のものを持っているだけ。面倒くさがりなので、靴のケアはせずに基本ほったらかし。革靴はできれば履きたくないと考えていたので、クールビズによって多少カジュアルな恰好でも許されるようになると、ビジネスシーンでもセットアップにスニーカーという組み合わせがほとんどになった。

しかし、ある時シワがダイナミックに入った革靴の写真をネットで見つけ、一目惚れする。コードバンという馬の皮を使った靴があるということを初めて知り、経年変化によってできた美しいシワに魅了された。しかし、これがとてつもなく高い。コードバンといえばオールデンが有名だが、2023年時点で18万円。いやいや、この値段はないだろうと一瞬で我に返る。子供のころ、靴の量販店で親に買っていいと言われていた予算は3000円だったし、社会人になってからも普段は1万円、頑張って3万円というごく一般的な金銭感覚だった。ただ、こうしたものは一度欲しくなると、自分のものにするまでその衝動を抑えることはできない。ネットで情報収集し始めるともう終わりである。そこから先は欲求が高まることはあれ、下がることはない。あとはいつ買うかというだけの問題であり、私の場合、出会ってから1か月でオールデンの9901というプレーントゥの靴を買ってしまった。

どの靴を買うか考えている時間は非常に楽しかったが、買った後も楽しい時間は続いた。まず、シワ入れの儀というものがある。美しいシワを作るには新品を最初に履くときが重要なので、ペンなどを使って自分の好みのシワになるようにクセをつけるのである。ここで失敗するともう取返しはつかない。YouTubeなどでしっかり情報収集をし、万全の状態でシワ入れに臨んだが、仕事では感じたことのない緊張感と達成感を感じた。

シワ入れをした靴を眺めながら自己満足に浸っていると、今度は磨きたくなる。そして、この磨いている時間がことのほか楽しい。面倒くさがりの自分がまさか靴磨きなどを好んでするとは思ってもみなかったが、ハイボール片手に靴を磨いている時間は至福の時だ。そして輝きを増したシワの入った靴を見てひとりニヤつく。

ひととおりニヤつき終わると、今度はこれを履いて外に出かけたくなる。靴に合ったコーディネートを考えて外に出かけると、いつもより心が浮き立つ。足が柔らかく包まれる感触やレザーソールがたてる音を楽しみつつ、雨が降りそうになったら急いで帰宅する。そして帰ってくると、少し深くなったシワに満足し、また革靴を磨く。ニヤつく。これが革靴が生み出す循環である。なんと豊かな時間の過ごし方なのだろうか。

私の愛読書である「暇と退屈の倫理学」に、以下の言葉がある。

人はパンがなければ生きていけない。しかし、パンだけで生きるべきでもない。私たちはパンだけでなく、バラももとめよう。生きることはバラで飾られねばならない。

出典:國分功一郎『暇と退屈の倫理学』新潮社、2021年

生きるためにはパンだけでなく、靴ももとめよう。
しかし、一つだけ注意を。靴は増殖する。


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