見出し画像

3月11日だから、ネパールで何をしてたかを書きます。

あの日から10年ですね。

わたしは福島県に実家があります。東京に10年住んだり、ネパール行ったりしましたが、今はまた福島にいます。

青年海外協力隊として、任国(わたしの場合ネパール)に派遣される前に、自分が住んでいる市と県の役所に足を運ぶ、表敬訪問という儀式があります。

わたしは福島市と福島県に表敬訪問しました。

市長と副県知事と会って、自分がどんな活動をしたいかなどを話しました。福島の役所側からは、福島を海外に広めてほしいということ、震災の時の支援のお礼をしてほしいということをお願いされました。

協力隊員の中には、震災時の海外からの支援の恩返しを応募理由に話す人もいます。

さて、ネパールでわたしがしてきたこと。

わたしは、学校や地域コミュニティでワークショップを行うときは、決まったひな形の自己紹介を最初にするのですが、そこで震災のお礼を伝えるようにしていました。ときにはそのときに拍手が起こりました。

そういうときに、世界は一つなんだなって感じることができました。



東日本大震災のときには、
253 の国・地域・国際機関からお見舞いの表明、
197 の国・地域・国際機関(156 の国・地域、41 の国際機関)から支援の申し出があったそうです。こんなにたくさんの国、地域等から日本を気にかけてもらったんだなと、改めてうれしく思います。

ありがとう。








どんな自己紹介をしていたかというと、紙芝居のような方法で、

「わたしの名前」「日本の福島から来ました」「福島はここにあります」「2011年に震災の時は、ネパールから支援してもらいました。ありがとうございます。」←ここで拍手が起こる。

「ネパールに来た三つの目的は」「モモ(ネパール風餃子)を食べるため」「ダルバート(ネパールのごはん)を食べるため」←ここで笑いが起きる。「環境教育をするため」←ここで、へ?て顔をされる。

というようなものでした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?