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酒場にふるさとの面影をみる。

わたしが火災以降お手伝いしている兵庫の酒蔵で働いてる「Mさん」。出荷から営業までとにかく何でもやるスーパーウーマンで、彼女がいないと蔵は回らない。そんな彼女によく似た女性に出逢った。いや、一方的に見かけた。黒縁メガネに髪をひとつ縛りした、自分より歳上の女性。

その人は、Mさんより背が高くて、わたしがよく行く雑多な立ち飲み屋でひとり飲んでいた。平日なのに、自分の他にも女性ひとり客がいるのが嬉しいのと、親しみが持てたから横目で見ていたんだけど。

「おいっ、7番さんオムレツ頼んでないって。誰だ?」

メガネ女性の目の前で、突然わき立った不穏な空気に、スタッフみんなが振り返り固まる。

いやいや、わたしは知っているぞ。そこにいる茶髪の若い女性ホールスタッフだ。目の端でメガネ女性を追っていたから、彼女が煮込み豆腐を注文していたことをわたしは覚えている。だから注文を間違えて受けたのは君だー!

ーーと心で叫んだ頃、当人が「絶対アタシだ…。アタシかもしれないっ。」と言った。そうだ、そう君だ。「かもしれない」ではない、間違いない。救ってあげたいが、わたしの腹具合に余裕はない。卵は好きだが今は、オムレツなんて重たいものは引き取れない。すまない、女の子よ。スタッフで美味しくいただいておくれ…なんて思ってたら。

「いいです良いです!わたし、オムレツ食べます。じゃあ豆腐はナシで。大丈夫。しっかり食べて明日も仕事頑張っちゃう!」

わたしだけじゃなく、周りにいたみんなが「あっ。」と思い一瞬静止したことだろう。”ホッとする”とはちょっと違うのだ。

すみませんね~。おかしいなぁ。と頭を掻く店員に、「いいの、いいの。」と笑いかけて、彼女はオムレツを引き取る。きっと最後にサッパリと豆腐をツマミに〆るつもりだっただろうになぁ。

その発言を聞いて「本当にMさんとよく似ているなぁ。」と感じた。ひとり飲みは慣れているわたしなのに、オムレツにかぶり付く女性を眺めながら、なんだか急に心細くなった。
苦いような、むずがゆいような心許ない気持ちをビールで流し込む。

あの場所に帰ろうかな…。Mさんに会いたいな。そろそろ蛍にも逢える季節かもしれないな。そう決めたらスッと気持ちが楽になった。心の故郷は、生まれ育った場所だけとは限らない。

「すみません!生おかわりね!」

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