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【短編小説】白ない顔 ②

次の瞬間、暑さを感じ始めた初夏にも関わらず、冷凍庫を開けた時の様な冷気が後ろから襲いかかって来ました。その黒い塊と認識した車のエンジンがかかり、ヘッドライトが点灯しました。後ろから無機質に照らされたその光はなんとも奇妙な色で、すごく眩しいのではなく、もやがかかったような照光に薄い緑色のような色、そう…例えて言うと病院の非常灯のような色でした。

私は何故か身の危険を感じましたが、振り返ることをせず、何も気付いていないふりをしながらどんどん進みました。子供ながらに変に意識をして、後を追って来られてはダメだと思ったからです。それでもペダルを踏む力は少しずつ強くなっていきました。
一方、その奇妙な光は後ろからずっと照らしているばかり。確かに車の起動音は聞こえ、動いているような音も聞こえているのですが、一向に私を抜かしていかないのです。そう、ゆっくり後をつけられているような感じでした。

そんなに長い時間、長い距離を進んだわけではないと思いますが、その時はとてつもなく長い距離や時間に感じました。しかも何故だかその時間帯は車や人の往来がパタリと止まっていました。

(どうしよう… このままじゃヤバいかも…)

焦りと不安が鼓動を早くさせ、頭の中がパニック状態になっていました。

(どうしよう… どうしたらいい…)

不安に押し潰されそうになりながらペダルを踏んでいたその時です。真っ白な顔面でまるで道化師のようなソレがいきなり目の前に現れました。なんの前触れもなく。私は衝突を回避すべく、慌てて脇道に外れました。ソレの身なりはあまり覚えていませんが、その不気味な顔だけは鮮明に脳裏に焼き付いて離れませんでした。


運が良いのか悪いのか、脇に入った道はとても細く、車は入って来られない道幅でした。でも、先程の不気味な道化師のようなソレが追いかけて来る可能性もあり得たので、安心は出来ませんでした。改めて当時を振り返ると恐怖の瞬間でしたが、その時の私はどちらかというと突然の出現にただただ驚愕し、衝突しなかった事への安堵と、人の気配や明るい場所をひたすらに求める焦りで必死でした。


幸いなことに、後ろから追いかけられるような足音もなく、少し冷静に状況を振り返り、どうしたら良いかなと考えながら進みました。

(家の方に向かうより、一旦駅の方に戻ったほうが明るいし、人の気配も多いよね)
(駅の方なら自宅と逆方向だから、追っては来ないよね、きっと…。熱りが冷めるまではどこかコンビニに入っててもいいし)

普段通らない道なので、どこを通っているのかよく分かっていませんでしたが、もう少し進めば大通りに抜ける事は、車の往来の音や街灯の光で想像がつきました。この不安で押しつぶされそうな状況から早く脱したい気持ちに拍車が掛かり、ペダルを踏み込む力は急勾配を駆け上がるかの如く、私は目の前の大通りを目指しました。

(はぁ、はぁ… 良かった。無事大きい通りに出れた。車もたくさん走ってる)

全力疾走でもした後のような息切れをしながらたどり着いたのは、片側2車線の国道。車が少しでも通っていると安心感からか、涙が込み上げてきました。とりあえず交通標識を頼りに駅の方へ向かおうとした、その時です。

…え?

街の音が消されて訪れた数秒のしじま、私の後ろ姿を先程の薄く奇妙な色のヘッドライトが刺しました。背中に浴びた異常な光に何が何だか分からず、咄嗟に振り返りました。

(えっ⁈ こんな事あり得ないよね…)

そう、物理学的にあり得なかったのです。街灯のある道であったとしても夜は暗く、安易に車内はよく見えません。特に、車の真正面でヘッドライトを照らされれば、逆光により車のシルエットすら見えないはず。ましてや運転手の顔なんて判断できるほど鮮明に見えません。


(なんで? わけがわからない… 怖い…)

その日塾で勉強した理科の知識が、現状を余計に困惑させていました。そして、その車らしき中に見えたのは、先程ぶつかりそうになった真っ白な道化師のような顔。その顔だけがこちらをうっすら見つめていました。

(…怖い …だめ …怖い)

光の干渉による異常な現象と怪奇的な現象の重なりでパニックに陥った私は、その場に自転車を乗り捨てて、一目散に逃げました。その後のことはあまり覚えていないのですが、3区画ほど先にあったコンビニに逃げ込み、親に電話をして迎えに来てもらったような記憶があります。通塾時に活用していたお気に入りのオーディオプレイヤーをどこで落としたのか、私の自転車を誰が車に積んだのか、全く覚えていません。それくらい迎えに来てもらった時の記憶が曖昧で、安堵と脱力、部活と勉強の疲労でボロボロな状態でした。

それ以降、塾は車での送迎になりました。それ以外も基本的に送り迎えをしてくれるようになったので、今回のような怪奇現象に遭遇する事もありませんでした。…年が変わろうとしているその日までは…

部活で完全燃焼した私は、全国大会後は速やかに引退し、高校受験への準備に本腰を入れていきました。自宅でも高校受験に向け毎日26時くらいまで勉強していたと思います。ただでさえ部活の影響で友達より遅れをとっていたので焦っていました。でも、ずっと部活に打ち込んできた忍耐力と根性で、その辺りはカバー出来ていたと思います。

自分で言うのもなんですが、努力の甲斐もあり、学力はしっかり身についていきました。弟に勉強を教えることも功を奏し、基礎の見直しが徹底できたので、一気に遅れを取り戻せましたが、その反面、弟は私と比べられる事が多くなり、思春期の反抗心が相乗して、見事な反抗期を迎えてました。近所の幼なじみも同じような反抗期を迎えていた為、夜中に家を出て行って幼なじみと遊んだり、自分の部屋に招いて夜遅くまでバカ話してたりと、可愛くない行動が目につきました。

続く

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