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【短編小説】白ない顔 ③

年明け間近の夜のことでした。大晦日もいつも通り自室で勉強をしていた私の頭の上、つまり2階にある弟の部屋から突然足音が聞こえました。足音自体は普通に暮らしていれば当たり前に聞こえる生活音ではあります。しかし、その日は不可解だったのです。唐突に聞こえてきた事は勿論ですが、弟は大晦日のその日、年明けを近所の幼なじみの家で迎えると言って夕方出ていったので、2階の自分の部屋には居ないはずでした。近所と言っても3つ隣の家なので帰って来られる距離ではありましたが、2階の部屋に上がって行くには私の部屋の前の廊下を通って階段を使う以外方法がなく、その際は階段を上がる足音が必ず聞こえるはずなのに、今回はそれが無かったので少し驚きました。

(あれ? もう帰ってきたのかな?)

単純に考えればその様な答えが出てきます。もちろん私も初めはそう思っていました。しかし、その違和感をすぐ持ちました。普段の弟は私の事なんてお構いなしで部屋の中を歩き回るのですが、その足音は忍び足のようにゆっくりで、でも何か小さな物をカラカラと引きずっているような音でした。そもそもいつの間に自分の部屋に上がって行ったのかさえも分からなかったので、不可思議な状況への違和感が恐怖心よりも先行して出て来ていました。

(これはもしや、私に気を遣ってくれているのかな。弟めっ!可愛いところあるじゃないか!)

そのモヤッとした違和感を抱きながらも勉強に集中したかった思いもあり、プラス思考で勉強に戻ろうとしました。

ぎぃぃ  みしっ

ぎぃぃ  ばたん

明らかに弟の部屋の扉が開閉する音が聞こえました。

(え? 今からまた出かけるのっ?! 気をつけてよー?)

単純に忘れ物でもして取りに帰ってきてたんだと解釈し、もうすぐ24時を指す目覚まし時計を目で流しながら勉強に戻りました。

(もうすぐ新年なんだねー。そう言えばお父さんやお母さんは紅白とか見てないのかな?)

あまりにも静まり返った空間に少しだけ違和感を覚えました。いつもならテレビの音など母屋の方から聞こえてくるのですが、この時は凍えそうな冷たい風の音さえも聞こえ無かったので、余計に上の階の足音や、扉の開閉音が響きました。扉の閉まる音が聞こえた後、ゆっくり階段を降りてくる音と時折何かを引きずっている音が続きました。


みしっ  コツン   みしっ みしっ  コツン

上の階から徐々に近づいてくる階段の板が軋む音と、不定期に鳴る小さな固形物が落下する音。不思議なほどに目の前の不可解な現象に疑いの目を向けなかったのは、反抗期で距離を感じていた弟の「私への気遣い」という意外な行動だと勝手に思い込んでいたからだったのかもしれません。

(やっぱり何か忘れ物でもして帰ってたんだね)

階段を降りる足音は本当にゆっくりで、逆にこちらが気を遣うほどでした。時折聞こえてくる固形物の落下音が忍び足の完成度を下げていて、隠しきれていないのに一生懸命隠そうとしている行動に愛らしさみたいな感情さえ出て来ました。私は弟に、物音を立てないようにしてくれてる対応への感謝ということで、塾用のカバンに入れていた予備のホッカイロを渡すべく、取りに行きました。

すぐに見つかるはずのホッカイロ。カバンに入れていたはずなのに見つかりませんでした。正直、早く見つけないと弟がそのまま出かけてしまうと思ったので、若干の焦りも感じていたと思います。しかし、塾で使用するノートと参考書数冊しか入っていなかったので少し慌てながらクローゼットに新しいホッカイロを取りに行きました。

その時です。階段を降りていた足音がピタッと、私の部屋の前で止まりました。そう、その足音はその先の玄関に向かうことなく、私の部屋の前で止まったままでした。


(ん? あれ? 出かけない? …私に用事?)

扉の向こうから私への問い掛けはありませんでしたが、弟にホッカイロを渡したかったし、新年をちょうど迎えたばかりたったので、年末年始恒例の挨拶的なやり取りがしたいと思い、疑うことなく扉を開けました。

「こんな夜遅くに どうしたn… 」

…あれっ?

そこには何もありませんでした。…何も…。

!?

目の前の現象に思考が全く追いつけず、何も言葉が出てきませんでした。もちろん足音などの怪奇現象も不可解だったのですが、文字通り目の前には何もなかったのです。そう、本来なら扉を出たら廊下の壁があり、右手には2階に続く階段と、左手には玄関に続く廊下。真夜中とはいえ、私の部屋から漏れる照明により、それらの姿はうっすら見えてもいいはずなのに、目の前の壁すら漆黒の闇に埋もれていました。そんな不可思議な現状を理解するまでそんなに時間はかかりませんでした。

(…… ん? 今度は光があるのに見えない? 今度は? あれ? 前は?)

続く

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