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コロナ騒動

・どこまで怖がるか

・ついにうちの市町村でも

・感染者数、死者数などのデータ 人工呼吸器や医療崩壊

・自粛要請やロックダウン等の措置

・じゃあ収束ってどこ?

・今後の事

どこまで怖がるか

1月頃だったか、武漢で新型コロナウイルスが発生し大変な事になっているとネット記事を見た気がする。正直、SARSの時みたいに杞憂に終わるのかと思ってたらところがどっこい。あれよあれよと世界は新コロ一色。さすがにどこまでビビればいいか調べていた。科学者でも医者でも無い自分なのだから拠り所にするのはやはりどの辺りの人(医者、科学者など専門家、もしくはそういった方たちが発信しているものをまとめた記事)の意見が参考になるかなど取捨選択した。結果、自分が納得できたのは

新型コロナウイルスは恐怖のイメージを纏わされたまずまずの病原性を持つであろうウイルスという事。

今までの風邪原因ウイルス<新コロ<インフルエンザ  こんなイメージ?

だからと言って遊びに遠出したり好きなコーヒー店で長話して困らせたり人混みに行ったりはしない。マスクもなるべくする。ウイルスではなく人が怖いから。

ついにうちの市町村でも

自分が住んでいる市町村で感染者が出たと言うニュース。不憫に思う。最初からこんなニュースあったけど嫌がらせを受けるという事。家に落書き、誹謗中傷、村八分、晒し上げ。中世の魔女狩り、思想?そんなのカンケーねーの赤狩り状態。ニュースでは感染者の行動がまるで犯罪者の追跡のようだしsnsでもそれに呼応して犯人探しだ。一体いつの間に感染罪が成立したんだろうか。それなら殺人など凶悪な事件を起こし大した刑期も過ごさず出所してくる人間の行動でも追って欲しい。

感染者数、死者数などのデータ 人工呼吸器や医療崩壊

目に見えないウイルス。そして感染しているかの判断。どの程度の病原性か。確認するのがどれだけ難しいか今回のコロナ騒動で初めて知った。今、世界が感染の判断としているPCR検査。陽性=感染と多くの方が思っているはず。でもPCR検査は精度の高い検査ではなくこれを根拠に全てを判断出来ない事を学者、医者が指摘している。この時点で正確な判断など出来ようもない。さらに新コロによる死者数のカウントについて。アメリカ、イタリアでは死亡原因を積極的に新コロに結びつけるように医者に働きかけているという報道もある(何故感染者数を水増ししたいかはとりあえずおいておく)さらに良い事でもあるが新型コロナと診断した場合、給付金が下りる事により過剰に新コロと診断し感染者数が増えるケースが指摘されている。これでは正確な重症率や死亡率がわからない。しかし抗体検査ですでにかなりの人数が抗体をもっている=不顕性感染し終わっていると言う結果が出ていて死亡率はインフルエンザよりも相当低いという情報も出てきている。

医療崩壊について。確かに患者に対応できず切迫する病院もあるようだ。でもこれまでも日本においては年間10万人以上肺炎で亡くなる。海外でも沢山の人が肺の病気にかかっている。人員、設備が足りず医療崩壊が起きると報道されれば例年に比べ相当肺疾患の重傷者がいるんだろうと思ってしまうはずだ。もちろんこれは例年に比べて何らかの感染症患者が増えているのかもしれないし未だわからない。でも一つ指摘されているのがこれまでとは「対応が違い過ぎるため」という事がある。人工呼吸器の不足については平常時、肺に負担がかかりリスクも高まる事がある、付けたらなかなか外せなくなる人工呼吸器は必ずつける物ではないそうだ。それを現状では必要性を考慮せず付ける対応になっているため不足するという事。さらに医療従事者への感染の対策として患者や感染被疑者に対して何枚も防護服を用意し着用しなければならない事。指定された病院以外対応出来ない事。軽い症状のものにも入院措置が取られベッドが不足する事。とにかくこれまでインフルエンザなどに行ってきた対応と違う。実態の見えない新ウイルスに対しての過剰反応という事になる。

自粛要請、ロックダウン等の措置

これについてはまず感染拡大を防ぐという事が実証されていない。感染拡大のスピードを緩やかに出来るのかすら疑問視されている。こういったウイルスは遅かれ早かれ必ず世界中に蔓延し時間をかけて馴染んでいくもののようだ。しかし、社会学者が指摘するロックダウンが引き起こす死者を伴った社会的混乱と経済的ダメージは明らかで甚大なものとなる事が予想されている。つまりこれらの措置も実態の見えない新ウイルスに対しての過剰反応だ。

しかし武漢で新型ウイルスが発見され危機的状況の是非を判断する時、上記のような情報は当たり前だがまだ皆無だった。それでも感染スピードが早いウイルスには即座に対応しなければならないので過剰反応も責めれない事かもしれない。ただしこのウイルスに対しWHOのパンデミック宣言は恣意的だ。政府もそれを追従し、日本のTVなどの報道ニュースはどこでも同じ事ばかり。ネット記事を見ると医者や様々な分野の学者が案外色んな意見を出している。もちろんTVなどに出演するほどの有名な学者がTVのニュースとは違う意見を出している(TVに出ていれば信頼出来るかといえばそうではないが)あまりにも情報が単一過ぎるのが日本の問題であり、民主国家なのに多様な情報から選択し自ら判断する事を嫌う国民性もまた問題だと思う。

じゃあ収束ってどこ?

「早期の収束」とか「早くコロナ終わって!」とか目にするけどそれはどこを目指しているんだろうか。ウイルスがこの世から消えて無くなる?まさかそんなふうに考えている人いないかもしれないけど人によって認識が違いそうだ。「薬、ワクチンが安定供給されれば安心!」って人多いか。「集団免疫が獲得されれば・・・」と考える人もいるはず。ウイルス自体は遅かれ早かれ世界中に広がる。止める手立てはない。ロックダウンしようが自粛しようが解除すればまた広がる。

でも多分、、国よりも大きい枠組みで動いている人達の目的が達成しない事には収束のお墨付きもらえず政府とマスコミのサブリミナル自粛要請は続くのでは。つまり「収束、終息」はウイルスがどーのこーのではなく号令をかける者の都合で決められるはず。順従で素直な日本人から緊急事態宣言解除の声が高まるのは厳しい。

今後の事

じゃあ収束のお墨付きをもらうにはどのような状態になればいいのか。先日、抗体検査で抗体があると確認されても予断は許されないとWHOのコメント・・・確かに変異を繰り返すコロナウイルス。抗体を持ったところで変異されれば通用しない。免疫がついたとは言えない。でもこれは仮にワクチンによって抗体が身体で作られたとしても同じ事で免疫獲得と言えない。これはみんなが体験しているからわかりやすい。毎年風邪に罹り、インフルエンザに一度罹ったとしても次シーズン罹ってしまう事がある。新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスなどのRNAウイルスは変異を繰り返し抗体が役に立たないから。だから国より大きい枠組みで動いている人達の事情を抜きに考えると今までのインフルエンザのような扱いになった段階で収束と言えるのでは。重症化した人のみに対処療法をする。基礎疾患を抱える人、高齢者などに関して隔離などの細心の注意を払う。身近なウイルスになれば感染経路も追う必要もない。医療従事者の感染も関係ない(思い返せば今まで一番様々なウイルスに曝露されているのは医療従事者、インフルエンザが流行る時期に防護服をそれぞれの患者分、何枚も用意して感染対策してはいない)最近、解除されてきている国もあるがロックダウンも自粛要請も無し。最初からこれで良かったけど今更「やっぱ大丈夫でしたw」なんて言えるはずもなくどうにもならない。

今回の新コロ騒ぎが終息したとしてもこの世の中にどれくらい新型=未発見のウイルスがあるのだろうか。アデノウイルス然りロタウイルス然りマイコプラズマ然り。そしてもし新型に改変された人工ウイルスが故意であろうが事故であろうが曝露された場合は?新しいウイルスは確かに病原性も感染力も不明だ。つまり新型ウイルスが発見されWHOがパンデミックを宣言すればいつでも何度でも市民の権利を制限できる、経済を破壊できるという事になる。それでは困るからこれから日本でも防疫に関するを取り決めを独立して作る必要がある。どの程度の感染症なのかによってどういう対応をするか決めておかなければならない。何でもかんでも過剰反応し自粛要請されては感染症で死ぬ前に困窮して死んでしまう。確かな情報ルートを確立して判断し入国規制などの対策を実行出来るようになって欲しい。

以上が医者や学者の意見を自分なりに解釈してまとめてみたものです。もちろん、自分が集めた情報と全く反対の情報や意見がある事は知っています。正しい間違いの二項対立は興味ありません。あくまでも自分がこれを選択し信じた次第です。

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