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HR Techで組織は変わるのか?

久しぶりのnoteです。
素晴らしいご縁をいただいて、法政大学で春学期「キャリアデザイン入門」の兼任講師(非常勤講師)を務めさせていただきました。
これまでも特別授業では講師を務めさせていただいたのですが、学期を通して講義を持つのは初めての経験で、4月から半年間本当に休みすらとれない日々が続いていました。ようやく落ち着いてきたので、このnoteも再開します。
(この講義で伝えてきたことは、このnoteでも公開していこうと思っています。楽しみにしていてください)

さて、前置きが長くなりました。
今日は、近年一気に盛んになったHR Tech(エイチアールテック:人事の業務領域をテクノロジーを活用して課題解決するソリューション)ですが、果たしてそのテクノロジーで組織は変わることができるのか、ということについて書きたいと思います。

僕の前職がクラウドテクノロジーの会社の人事部長だったので、かなり早い段階で様々なHR Techソリューションを見てくることができました。
でも、あれよあれよと雨後の筍のようにソリューションが乱立し、日本でHR Techと言われるソリューションは、なんと400近くにも上るそうです。
(HR Techナビとウィルグループ調べ:2019年4月調べ)

さて、そんな中、立教大学の中原先生が、興味深いブログを書かれていました。

「HRテック系サーベイが現場を1ミリも変えない理由」という、なんとも刺激的なタイトルですが、ここで書かれていることには僕は概ねその通りだと思います。「テクノロジーは、魔法ではない」。テクノロジーを入れるだけでは何も変わらないのですが、僕が様々な企業の経営者や人事の方とお話ししていると、安易にHR Techを導入しようとして、結果が何もついてこない(寧ろ悪化している?)ケースを多々見てきました。

じつは、多くのHR Tech事業者の方からも相談をいただくことが多いのですが、その大半は「テクノロジーはできるんだけれど人事経験者が社内にいないので現場実務で何が問題になっているのか分からない。現場の人事で起こっていること、課題感を教えてほしい」というものです。

えっ?HR Tech事業者って人事のプロではないの?とびっくりされる方もいらっしゃるでしょうが、じつはそんな状況なのです。
もちろんHR Tech事業者に人事のプロがいて、現場ニーズをしっかりと理解した上でソリューションを作っていればいいのですが、企業人事視点で言えば「そもそも企業人事も(もちろん経営者も)現場の組織問題の本質を理解していない」ケースが非常に多い。つまり、企業側でも人事のプロは正直極めて少ない状況にあると感じています。

システム(テクノロジー)導入にあたっては、クライアント側の課題意識とそれに対する課題解決要件定義(導入にあたってはRFP:提案依頼書)ができるスキルが必要になるのですが、こと企業人事の人はこれが苦手な人が多い(もちろんできる人はいますが、少ない)印象があります。

優秀なテクノロジーでも、それに魂を込めるクライアント(企業)側の担当者の力量不足があると、活かせません(企業人事側の力量不足の方が問題だと思います。

①大半のHR Techで実現できるのは、解決ではなく「現状課題の可視化」でしかないこと

例えば「組織がギスギスしているので何とかしたい」という課題感があったとしましょう。社員のモチベーションも落ちていて、退職者の増加やメンタルダウンする社員も発生しつつあり、経営が危機感を持っています。

そんな時に企業の経営者から発せられる言葉は「組織がギスギスしているので360度評価をしたい」といったようなコメントを本当に多く聞きます。

人事担当者はそれを聞いて「分かりました。では、360度評価のサーベイを探します」となる。

このような時に、僕がお話しするのは「360度評価サーベイを導入するデメリット」をお話しします。例えば、組織が健全化できていない状態の原因がマネージャーの力量不足で、うまくマネジメントできていないことにあったとします。現場ではマネージャーと部下の関係がそもそもギスギスしている中で、サーベイをやったら、当然のことながら出てくる結果は悪くなる。360度評価というのは、自分が上司や部下、周りのメンバーからの評価を受ける、ということですから、「ほら、あなたのマネジメントは、こんなに悪いんだよ」という結果を突き付けられたら、あなたはどう感じますか?

当然のことながら、そのマネージャーは、いい気はしません。
そして、悪い上司であれば「誰がこんなことを言ってるんだ」と、犯人捜しをすることもあるかもしれません。当然マネージャーと部下の関係性は、さらに悪化の一途を辿るケースもあるでしょう(実際にこの犯人捜しをしている事例は、多く見てきています)。

つまり、この手法では「悪いと感じている現状を可視化する」ことでしかなく、対策の実施まで至っていないので、当然のことながら、組織は1mmも動きません。寧ろ、それを可視化することで、さらに関係が悪化することもあるかもしれません。そういうリスクを分かって導入しなければならないということなのです。「導入をするなら、その後の対策まで実施する覚悟が必要」と、僕は毎回伝えています。

②HR Techでできることの大半は、人の力でできることであること

モチベーション系のサーベイを導入したい、と感じる時には、すでに何らかの「悪い雰囲気」を感じ取っているということですよね。このタイミングですでに悪化要因は見えているはずです。

HR Techを一番有効活用できるのは「顕在化する前の組織課題の兆候を察知し、いち早くアラートを発見すること」です。つまり「予防のための可視化」であるということを認識しなければなりません。そして、その兆候は、本来人の力でできることなのです。

例えば出勤時刻、退勤時刻のデータの勤怠情報。これは、言ってみれば「仕事の日記帳」なのです。

この勤怠情報データが見れる人事担当の方は、是非100人くらいの勤怠情報を3か月くらいじっと眺めてみてください。これだけでも、明らかにモチベーションの兆候が見えます。

例えば、いつも朝8:00に早く出勤する人がいたとします。その人が、徐々に出勤時刻が遅くなっていったとする。そして、最後は定時ギリギリになっている人がいたとします。そんな人を発見したら、一刻も早く直接声をかけるか、そのマネージャーにヒヤリングしてみてください。必ず何らかの変化要因があるはずです。それは仕事が超忙しくなって疲れ果てていることかもしれません。もしかしたら、彼女に振られてプライベートのモチベーションが影響していることかもしれません。身体の変調があり、重大な疾患を抱えていることかもしれません。

個人の「変化要因」には、必ず「原因」があります。
その「原因」を、いち早く見つけ出し、そこに「対処して」手を打っていく。それができれば「風邪をひき始めた時に、対処する」ことができるのです。「原因」を掴むことだけではだめ、「対処」が必要です
(昨日雨に打たれたので風邪を引いた、だけではなく、風邪をひいたら薬を飲むのか、病院に行くのかを決めて、実行する。これが「対処」です)

これは、人事がしっかり目を凝らしていれば、できることです。
HR Techを使うべきところは、「大量の社員の”原因の兆候”を抽出する"ことはできるけれど、対処はできない」。つまり「対処」は、人が考え、実行しなければ、問題点ばかり浮き彫りになり、組織は1mmも変わりません。

③人事が、正しく組織データ(定性情報を含む)を分析できる能力がなければ、HR Techは使えない

いくら優秀なHR Techソリューションがあったとしても、それを使う人事がしっかりと組織データを読み取る力(分析力)がなければ、そこから出てくる情報の「正しい意味」を読み取ることは、不可能です。

「なんだかよく分からないけれど、組織の状態が悪い」
これは、主だった原因が特定できていない、ということ。よくあるのが「組織の状態を図りたいのでHR Techを導入する」というような話。本当にこういう言葉をよく聞きます。HR Techが何を意図して導入され、何が分析されているのかを理解しないまま導入したとしても、HR Techは、魔法ではないそれを使いこなす能力がなければ、何の役にも立ちません。

導入する時に、システム設計をする人間は、何が分析できて、何ができるのかを理解できていなければいけないし、運用する人間は、その意思をしっかりと受け継ぎ、正しくデータを理解し、使いこなさなければいけない。
これができて、初めてHR Techは能力を発揮します。

そして、何よりも必要なのが、「対処する力」
原因が特定できたら、何をすれば解決できるのか。HR Techの導入時にある程度対処方法をイメージできていなければ、ただ入れたけれどそれで終わり、ということになってしまいます。
「360度評価を入れたけれど、対処方法が分からず放置されて、結果さらに悪くなった」と言うことになりかねません。
(社員は、会社が何かを動かし始めた時には、必ず解決してくれると期待します。それができなければ、そこには失望感しか残らない)

このようなことができるために、人事パーソンに必ず必要なのは「正しい労務知識を身に着けていること」です。労務知識に精通する(社労士の資格を取れとはいいません。でも、社労士と伍して話ができるレベルの労務知識はしっかりと持ち合わせておかないと、何もできません)ことが重要です。

労務データは、組織を治すことができるたくさんの宝の山。それはカルテです。膨大なカルテがあっても、対処方法が分からなければ、組織は1mmも動きません。

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