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21世紀の奇跡

東京にいるときには、午前2時でも、早い時間帯だと勝手に思っていたけれど、ぜんぜんそんなことはなくて、後ろの壁のアインシュタインはベロを出して笑っていた。

もう7年間引きこもっている、といっても、まったく外に出ていないというわけではなくて、週に2回はコンビニに行くし、月に一度はユウちゃんと映画を観に行ったりもする。ユウちゃんには引きこもっていることは伝えていないし、そもそもそんなに喋ることもない、おさななじみってそういうものだし、そもそも伝える意味、ありますか?

まえはプログラミングの仕事についていたけれど、24のときにやめて、こっちに帰ってきた。東京のひとは青森を寒いと思っているようだけれど、暖房のぶっ壊れたクソ職場とくらべたら、こっちのほうがよっぽど暖かい。

親父が死んだとき、ラジオは交通渋滞のニュースを流していた。高速はいつも渋滞している。それからは遺産。チョコスティック108円、Netflix500円、図書館は0円、Apple Musicなら480円、これは無限だ、今日はセロニアス・モンクを聴いた。また一歩、前進。



――花崎トオルが神を目撃するようになったのは、このころのことである。



最初の目撃は、去年の11月に起こった。コンビニへ買い出しに行った時のことである。花崎は、トイレの前方斜め前で神を目撃した。その時はすぐには神だと気づかなかったのだが、ポイントカードのキリンが青ざめているのを見て、花崎は神に気づいた。嗚呼。花崎は走っていた。玄関を開けると、片手に108円のチョコスティック。神がいたのだから仕方がないと思った。


――わたしは神を目撃しました。


それから、花崎がコンビニに行くと、しばしば神を目撃した。トイレの傍にいるときもあれば、レジに並んでいることもあった。大抵はトイレの傍の本棚の前にいた。その度にキリンは青ざめていた。奇妙だと思った。花崎が知っている「青」と青ざめたキリンは違う色だったからである。花崎はキリンを引き裂いた。挨拶してみようかしら、帝京平成大学のここがすごい、なにを読んでいるんだろう、いま搬送されました、やっぱり聖書かコーランか、普段何してるんだこいつ、合宿免許ワオン、いや話しかけない方がいいかもしれないバチが、帝京平成大学のここがすごい、どこに住んでるだろう、あのう、ちょっといいですか。あっはい。320番がきこえる、



主よみもとに近づかん

のぼるみちは

十字架の

ありともなど

悲しむべき

主よみもとに近づかん


(できるかぎり大きな声でうたいましょう)

(てんの神様にとどきますように・・・)

(わたしたちを、おまもりください)



――花崎が神を目撃するようになったのは、去年の11月のことである。

―――けれども、花崎が、自分がしばしば神を目撃していたことに気がついたのは、つい最近のことである、ということである。


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