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推しが欠場して退団して復帰した話。

7/24 プロレス団体「DRAGON GATE」から石田凱士選手が退団した。

公式Twitterより

時刻は25時、企業のオフィシャル発表としては異例の時間だった。デビューから7年間在籍していた団体からの退団。石田選手を「単推し」していた自分にとっては十分すぎる衝撃だった。

6月半ばから続いた欠場、再販されたランダムグッズのラインナップから消えていたこと、公式が展開するメッセージサービスから名前が無かったこと。漠然と浮かび続けていた点が太い線でつながった瞬間、私は同じ“石田推し“の友人と話がしたくてたまらなかった。

私も彼女も二十歳を超えたいい大人、昼間は立派(少なくとも彼女は。私はこの文章のプロットを職場で隙を見て執筆しているので勤務態度は

……)な社会人だ。

平日深夜に突然電話をかけるなんて常識的にどうだろうと今になっては思うがその時の私はなりふり構っていられなかった。
十年、二十年先の未来を託していた人物がいなくなってしまう、という事実は一人ではとても受け止めきれなかったのである。そこから二日ほどまともに食事と睡眠を取れなかったことから当時のメンタルは察していただきたい。

それから悶々とした日々が続いた。

ベテラン選手ならいざ知らず、20代そこそこの若手選手の報道に世間がざわついたのは精々一日か二日だった。

どこかの団体で大きな展開や人気選手のSNSでの発言があればスポーツニュースのトップページなんてすぐに塗り替わっていく。

もちろん古巣である団体も彼が「いなかった」かのように、夏の終わりに君臨した新たな王者を中心した展開に駒を進めていく。

……内心悲しかったが仕方ないと納得していた。観客に夢を売るプロレス団体たるもの1選手が抜けた穴の修復に目に見える形で時間を費やすわけにはいかないのだろう。企業として至極正しい対応であると感じる。

実際に夏に行われた神戸の2日間は石田選手の存在をすっかり忘れて現地・配信共に没頭していた。

昨年の5月のトーナメントからじわじわと存在感を出してきたH・Y・O選手が自身初のシングル王座となるブレイブゲートを勝ち取った瞬間には声を上げて喜んだ。

しかし、寂しいという感情はそれでも別物で私はこの年の最大のビッグマッチ、二日目のメインイベントを未だに観る事が出来ない。

金色のガウンを翻して、挑発的に挑戦者の鍵を咥えながら花道を颯爽と歩く彼にどうしても自分の「見たかった未来」を重ねてしまうのだ。

耐えきれず抜け出した神戸ワールド記念ホールのロビー、大きな窓から燦燦と降り注ぐ日差しを浴びた緑を見たこと、どこか遠い世界から聞こえるような大歓声と自分の嗚咽交じりに聞いた蝉の鳴き声を一生忘れることはないだろう。


さて件の発表後、私は日々をどう過ごしていたかという話をしよう。

ただ泣き寝入りというのも性に合わないので(彼のファンの大半がそうしたように)過去DGマットに上がった選手が現在参戦している団体にX(サプライズ参戦選手)がいないかと片っ端から探していた。SNSのプロフィールの文言をしょっちゅう変更する気まぐれな石田選手が唯一残し続けた「プロレスラー」という単語を信じての行動だった。

いまいち有力といえない候補もあるなか、「ここだ」と思う興行が一つだけあった。
Gamma選手の引退興行だ。専属フリーという立場上ここ数年ドラゴンゲート内からは一歩引いた立場ではあったが全盛期には下劣なヒールファイトでリングを盛り上げた愛すべき功労者だ。
石田選手とはデビュー当時にユニットを組んでおり関係性も深い。その他の参戦選手を見る限り可能性は高いだろう。

しかし、プロレスラーとして26年間様々な団体を渡り歩いた選手の最初で最後の引退興行をそんな気持ちで観戦してもいいのだろうか。

前述の通り、Gamma選手は私が観戦し始めた時期には既に団体から一歩引いた立場にいた。試合も二か月に一度程度の大阪大会で見る程度で例の全盛期も過去のライブラリの中のものだった。
そんな躊躇いは時間の流れをより早く進める。公式SNSからは毎日のように完売席の情報が告げられる。彼の引退を惜しむファンがそれだけ多いということを物語っていた。
ここで機会を逃してしまったら後悔するだろう、そんな思いに駆られながら「ええいままよ」とプレイガイドの購入ボタンをタップした。

結論から言うと石田選手は「居た」。事前予告されていたXの正体ではなかったものの、興行のラスト 引退セレモニーには観客のざわめきを引き連れて登壇した。
きゅうと目を細めて赤い薔薇とカスミソウの花束を手渡すその笑顔は確かに私の好きな石田選手だった。

8.14Gamma引退興行にて

そもそものきっかけが膝の負傷による欠場ということで、彼の心身の健康を何よりも願っていたこともあり元気そうなその姿を見て安心した、
しかし、大好きなはずのその笑顔を見てもなお「違う」と呟いてしまった。
その時に始めて私は「選手として戦う石田凱士」に焦がれているのだと実感した。
Gamma選手の引退興行は色々な団体で築いてきた人と人の絆の強さが存分に伝わる最後まで笑いの絶えない暖かく素晴らしい興行だった。
石田選手を抜きにしても勇気を出してチケットを買ってよかったと思える時間だった。
しかし、GammaTシャツを身に着け興奮冷めやらない人たちがひしめく難波行の車内で私はただ茫然と景色を眺めていた。
「早く試合が見たいなぁ」、二か月間言い続けたその言葉はすっかり口癖になっていた。


二度目のチャンスはその10日後。

8.24 GLEAT後楽園大会だ。明記は避けるが以前より様々な要因から石田選手のGLEAT参戦はあらゆる方面で噂されていた。
生配信が行われる、ということでゲスト解説の吉野正人さんファンの母が作る少し豪華な夕食を食べながらその時を待った。

休憩時間に発表された次回の後楽園大会の参戦選手として日本初上陸のルチャドールからあらゆる団体の大物選手まで一堂に会した予告映像はこの団体の業界内での勢いを感じさせた。

しかし、その中に石田選手はいなかった。

現地での休憩時間が終わった。元々本人から発表があったわけでもない。あくまでファンの中での噂、信じるほうがバカらしかったのかもしれない。
気持ちを諦めに切り替えて始まった後半戦、DOUKI選手とエル・リンダマン選手の戦いは熾烈そのものだった。
プロレスを見ていて「凄い」と思ったのは何か月ぶりだっただろうか。
無事に王座防衛を果たしたリンダマン選手の締めのマイクを聞く傍ら「これは現地で見たかったなぁ」と家族で語っていると突如響くブザー音。

映像に一文字ずつ漢字が映し出され、場内は暗転。
格闘技の聖地 後楽園ホールのリングの中央で一人。堂々と立っていたのは「彼」だった。

物静かでクールな印象だった黒髪から一転して、くるくると変わる表情がよく見えるセンターパートはトレードマークと言える色素の薄い髪色にとても似合っている。
着ているペールブルーのスーツは土井成樹選手と挑んだツインゲート戦の調印式で着ていたものだろう。
彼を好きになって間もないころに見たファンイベントのインタビュー動画を思い出す。

よく通るその声で発したのは10.9後楽園大会に向けての参戦宣言だった。
「かわいい」「かっこいい」「大好き」、あらゆる感情が胸中を埋め尽くす。
私が日ごろから石田選手を応援していることを知ってくれている友人知人からはたくさんのメッセージが届いていた。

日ごろ観戦を共にする友達や普段あまり話さないような方まで様々な人が言葉をかけてくださったなか、私は退団当日の深夜に電話した彼女に真っ先に連絡をした。
Gamma選手の引退興行でも現地を共にした彼女。席こそ離れてしまったが10.9は現地で二人で観戦できる予定が立った。

生きよう、と思った。



そこからの石田選手は凄かった。あの宣言はただの前振りと言わんばかりにGLEATのリング上を乱入という形で掻き乱していた。

来場告知があった大阪大会に続き、横浜・名古屋と台風の影響で中止になった沖縄大会以外の全ての大会で乱入した。正直そこまで来たら乱入ではなくないか?と思わなくもないが、毎大会10分あるかないかの搭乗時間で鮮烈な蹴りと流暢なマイクで凄まじいインパクトを残していく姿は私がずっと探していた石田凱士そのものだった。

9.4 GLEAT 梅田ステラホール大会にて

乱入を重ねるたびに近づきつつある後楽園大会に想いを馳せながらSNSを眺めているととある意見を目にした。
「石田って結局どんな選手?」
た、たしかにー。😲

目から鱗だった。ドラゴンゲートは地方大会が多く、集客力こそ数字として確固たる実績が存在するにも関わらず某ライオンや方舟の団体と違い全国ネット1TVなどへの露出が少ない。

私はそのインディー感溢れるアットホームな雰囲気が好きなのだが、ただでさえ露出が少ない団体の中でも中堅どころだった石田選手はどうしても埋もれてしまう存在だった。

それならば、と一人でも多くの人が後楽園大会までに石田選手がどういう選手か知れる機会が増えるようにパワーポイント風の画像で推しを紹介するという「ダイマシート(布教シート)」を大会一週間前に公開した。

余談だが、私は美術館や博物館に行くと必ず音声ガイドをレンタルする人間である。少しでも目の前にある展示物のバックボーンを知りたいからだ。
このダイマシート、ありがたいことにたくさんの方に見ていただいているようで個人としてとても嬉しいのだが私自身の好きな点の紹介に限らずもっと目の肥えたプロレスファンの方に内容を精査していただいてから世間に出すべきだったなと内心反省している。

今後似たようなものを作成する機会があればこれを読んでいただいて心当たりのある貴方に校正をお願いするかもしれない。その際にはよろしくお願いします。 


……閑話休題
話は9.19 ドラゴンゲート 大田区大会の日に戻る。
この日にデビュー記念日を迎える選手と誕生日の近い選手、2選手にそれぞれ別の友人がフラワースタンドを送っていた。
彼女たちに限らず私の周りにいる友達たちは何故か選手への愛が強い人間が集まっているので(とても誇らしい!)両スタンド共なんとまあ豪華なものだった。
コスチュームやイメージカラーのバルーンとお花をふんだんに使った二郎系ラーメンのようなフラスタの隣で写真を撮る彼女たちを見て私も沸々とお花を出したい気持ちが湧いてきた。
ここまで読んでおいて「誰に?」という愚問を投げかける方はいないと思うが石田選手宛に、だ。

(この記事を投稿した現在)所属手はなく参戦選手である石田選手に対して何故、と思われる方もいるだろう。私も思う。
しかし7年過ごしたドラゴンゲートと退団して初めての試合。プロレスラーとしてどころか一社会人としての大きな決断に賞賛を示す価値は十分にある。
それについては胸を張って言える。
極論をいうとルールの中でなら自由にやったもん勝ちなのだ
しかし、思いついたのが9月半ば。大会まで3週間しかない。まずは団体公式への問い合わせだ。
ここからは私の猛省なので読み飛ばしていただいても構わない

マジで急遽の思い付きのせいで団体の問い合わせ担当の方にめっちゃ迷惑をかけてしまいました今後は余裕をもって動くようにします。
お忙しいなか丁寧にご対応いただいたおかげで素敵な思い出になりました。ありがとうございました。
今後は余裕をもって動くようにします(二度目)


無事に寄贈の許可をいただき、次はお花屋さんへの問い合わせだ。運のいいことに(?)後楽園ホールはイベントのメッカ 東京ドームと隣接しており、あらゆる都内のフラワースタンド取り扱い店の配送範囲内だ。
実際にフラスタ寄贈するとなった時点で3店舗ほどに簡易的な見積もりを立てていただいていた。
しかし契約期日や実際のお花のクオリティの関係でほぼ候補は一つに絞られた。
NANASフラスタ様(https://frasta.jp)だ。
(※念の為に書きますが依頼を受けたPR等では断じてありません)
以前立てていただいた見積もり通りでお願いする旨を連絡した翌日には電話にてカウンセリングを行っていただいた。
私のクソカスともいえるデザイン画と乏しい語彙力に石田選手の写真を照らし合わせてなんとかイメージ像をお伝えすると快く引き受けてくださった。
「白いやつと青いやつがブワー!」とか言って実に申し訳が無かった。
フラスタに関してはこちらにインスタのリンクを貼るのでそちらを読んでいただけるとありがたい。


等々。
あらゆる準備をして迎えた大会当日。

圧巻の一言だった。

「戦う君は美しい」、生まれる前の特撮ヒーローの主題歌の歌詞だが心底同意をした。
石田選手の攻撃一つ一つに観客がどよめいた。そのどよめきが震えとなり、会場全体が大きく揺れる。
許されるなら大声で立ち上がって「これが私の憧れた石田凱士だ!」と叫びたかった。

最後の試合から四か月間ありとあらゆる悲しみや不安を全て吹っ飛ばすその姿は誰よりも“綺麗”だった。“私の大切な人”だった。

井土選手と互いに身を削るような打撃を繰り出し続け、3カウントの勝利を収めたのは石田選手だった。
フィニッシュホールドは、美しい弧を描くスープレックスだった。

10.9 GLEAT後楽園ホール大会にて

かつて石田選手がドラゴンゲートで戴冠した初の王座、中軽量級シングル最強に輝いた試合も最後に彼は美しい弧を描いていた。

本当に嬉しかった。ただ一つ、あの時のタイガースープレックスとは違い片手ずつ別の部位をクラッチする技はもう見ることのできない白いベルト姿を熱望していた私への救済だった。
ようやく今まで縋ってきた「過去」を振り切ることができるのだ。
また石田選手に「未来」を託すことができるのだ。

これが私の四か月間の結果だった。 


突然だがこの投稿を読んでいる方の殆どはプロレスファンだろう。しかし、万が一別の界隈の方が読んでいることを想定して少し注釈をする。
冗長になってしまいますがご容赦ください。

ある程度選手を抱えている団体、という条件付きになるがプロレス団体は基本的に全国各地を回って興行を行っている。
コンサートや舞台のように一定期間ツアー等の公演を行い、また来年という訳ではなく場所を選ばず毎週のように日本のどこかで試合は行われている。

GLEATの次の大会は10.22 梅田大会。
つまりこのドエモ体験をした2週間後にはまた石田選手の試合を観れるのだ。

情緒情緒情緒~~~~~~~~~~~~‼️⁉️⁉️‼️‼️向こう三年は期間を設けてくれ~~~~~~~~~‼️‼️‼️‼️‼️浸らせてくれ~~~~~~~‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️いや、四か月で6000文字各羽目になっているからそんなことされたら死んじゃうよ~~~~~~!!!!
いっそのこと毎日試合してくれ~~~~~~~~無理だ~~~~~~~~‼️‼️‼️‼️‼️助けて~~~~~~‼️⁉️‼️⁉️⁉️‼️‼️‼️‼️



最後に私が撮影したお気に入りの石田選手の写真を貼り付けて終わります。


石田凱士選手のSNSのリンクと件の後楽園大会のURLを載せますので是非見てください。
かっこよくて、かわいくて、綺麗で、強くて最高の選手です。

石田凱士さん、大大大好き〜〜〜〜‼️‼️‼️‼️‼️‼️


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