寒日の静寂

アムリタのこと

静寂の闇の中、深呼吸をする。そうして夜が明ける。

幾つかの小さな縁を小さなままに繋いできた。それは大きく発展することもなければ、そのかわりに切れてしまうこともない。
待ち合わせの時間になっても同行者たちの姿は見えない。電話をしてみると今から出る、30分かかる、と言う。
笑って、いいよ、と返事をする。このくらいゆっくり暮らすのも悪くない。あの人達は、時間を守らなくていい。そのように生きていてほしくない。なぜかそんなふうに思ってしまう。
周りを見回して見ると、本屋さんがあった。本を一冊買って、ページを捲る。

水の繭の中、周囲の話し声は遠くなる。すべての光は自分の後ろへと流れていく。それでも目の前には仄明るい光がある、あり続ける。
近くでは、絶望して、それでも何かに突き動かされて足掻く人たちが声をあげては、その光の中に霧散していく声の行方を追っている。

途中、道の駅に車を止める。同行者は、ここのお茶は買え、絶対にうまいから、とそう言う。お茶ばかり淹れて暮らしてきた人の言葉だ、間違いはない。いくつかの茶葉を買う。一つは、お礼にとその人に渡す。

車は走る。山に近づくほどに暗くなる。静寂は増す。静寂の深度が、道をつくる。

川辺までたどり着いて、全ての音は川の流れに掻き消される。誰の声も聞こえない。

何を考えていますか。僕は、あなたは、あなたたちは。
僕は何も知らなくて、だからもう少しいろいろなことをわかるようになりたいです。
遠くの世界のことも、近くの人のことも遠くの人のことも、いま吹き抜ける風のこともそのゆくえも。それはとても怖いことだけれど、知るということは、どうしても自分と向き合わなければいけないからとても怖いけれど。

誰も笑わない、笑うことはない、笑う必要はない。それぞれが好き勝手に考え事をする。BGMは風で、川で、鳥たちだ。

くゆる火はあのひかりと同じように後ろへと流れていく。
暗い足元は、けれども、確かな足場だ。そのことを僕も、彼らも知っている。だから誰も手は伸ばさないし、誰もそれを望まない。ただ自分の足で歩くことだけを望む。

息切れをする背中を追って夕焼けの階段をのぼる、そのうちに日は沈み、全ては霞んでゆく。水の繭にはいつしか裂け目が生まれ、その眩しさに目が痛い。
水に映る影はいつしか、夜の色に変わる。夜の色にはひとつ、白金が映りこんでいた。視界の端ではちらちらと、紫煙が揺れる、赤く燃えてゆく。

夕月夜

行かなくては、行かなくては。
誰の手も今は要らないから、だから、どうか、見ていてくださいと唇だけで言う。

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