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文字が消えた世界 (音楽つきショートショート)

このお話のために作ったピアノ曲の再生ボタンを押してからどうぞ。5分以内で読めます。(サウンドクラウドに飛ばない方のボタンにて♡ ヘッドホン🎧推奨)


彼からのメッセージを読もうと思ったら、画面が文字化けしていた。

……じゃなくて、漢字だけなのかも。その他の文字が歪んでいて、よく読めない。

「前  会……今  」?

慌てて他のメールやインターネットも見てみたら、漢字と数字とアルファベットばかりに見える。ウィルス?

どうしよう。コンピュータはわたしの商売道具で、作品だってぜんぶ文字データなのに。わたしの世界が壊れちゃう。

大急ぎで彼に携帯メールを。なぜかひらがな表示が出ないので、ローマ字入力で。ディスプレイには、「世界壊」の3文字しか見えない!

じゃあ、ハッキングされたのはコンピュータだけじゃないの?

半泣きで彼に電話をかけた。

「誰かがウィルスを広めてるの? あなたの会社は大丈夫?」

「落ち着いて。漢字を使う国がばら撒いたウィルスじゃないかと言われてる。こちらはリモート・ワークになったから大丈夫だよ。じゃあ」

あ……。思わず電話をかけたけど、失敗だったかな。こんな昼間の、忙しい時なのに……。

とろけるように甘いわたしのまいにちは、彼でできている。クリームにもスポンジにもお砂糖たっぷりのショートケーキのように。

白砂糖の国の王子さまみたいな彼を喜ばせたいのに、また彼の気に障るようなことしちゃったかな……。

ケーキに乗った酸っぱいイチゴを食べたような気持ちで、外に出てみた。なんだかいつもとちがう。行き交う人々が、どこかソワソワしている。

そうだ、道路表示がおかしい。路地の角の、「止まれ」のサインも「止」だけになってる。あぁこれも、このあたりの漢字の国の人がいたずらしただけかも。

気を取り直して、公民館まで行くことにした。お友だちの書道が選ばれて、展示されていると聞いたから。

彼女の作品は素敵で、他にもたくさん力作が展示されていた。少し気分が治り、家に戻ることにした。お姉ちゃんが会社から帰ってきたら、話を聞いてもらおう。 

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―☆彡―

お姉ちゃんの会社も、ウィルスの影響で今日からリモート・ワーク。昨夜、「ウィルスのせいで字が読めなくなった」と話したら、なぜだか大きな病院の精神科に連れてこられた。

字を読む検査では、病院のディスプレイも感染したのか、読めないものが多かった。やっと終わって、お姉ちゃんと一緒に先生の説明を聞く。

先生「これはディスレクシアという、発達性の識字障害ですね。大人になってから診断されることもあります」

わたし「え? だって昨日は、お友だちの書道展に行って、ひらがなもちゃんと読めましたから。ディスプレイの方がおかしいのでは?」

先生「フォントによって、読みにくいことがあるのです。読みやすいフォントも研究されていますから、おいおい探していきましょう。活字のひらがなやカタカナが読めなくなったのは、正確にはいつから?」

わたし「昨日、彼からのメールを開いたら、急に読めなくなってて。そのメールを見てくれたお姉ちゃんも、読めないって言ったから、識字障害なんていうはずは……」

わたしは同意を求めようと、お姉ちゃんを振り向いた。 

なぜか目を逸らしたお姉ちゃんは、一瞬先生と目配せをし合ったように見えた。

先生「わかりました。お薬を出しておきますから、お仕事は控えて、まずはゆっくり休んでください」

わたし「お薬って、コンピュータのワクチンですか?」

先生「いいえ、あなたのです」

―☆彡―

妹のあいにはとても言えない。見せられた彼からのメールの内容は、

「この前会ったときにどうしてもいえなかったのでメールしました。あいにはもっといいひとがいるよ。今までありがとう。さようなら」

3年も一途につきあっていたのに。ひどく繊細な子だから、ショックのあまり識字障害が出てしまったんだろうか。先生の説明で、薄々事態を理解したようではあるけれど……。

幸いコロナ騒ぎで自宅勤務になったから、美味しいものでも作ってあげて、今後への心の準備をさせなくちゃ。

―☆彡―

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わたしの名前が、世界から消えた。

わたしがゲスト参加した文芸討論会からも、寄稿したオンライン記事からも、そして出版した本からも……。サイトや画像はあっても、「あい」という名前は消えている。

お姉ちゃんも、先生も、わたしが識字障害だなんて、なぜ嘘を言うんだろう。デジタル環境がパンデミックなのに……。

彼は電話に出ないし、ひらがなが使えなくてメールは書けないから返事もない。「漢字を使う国がばら撒いたウィルス」という、彼の言葉は本当みたいだけれど。

彼からのあのメールを開いたときから、「あい」は消えてしまった。ううん、もっと前から? 

彼の中にもあいがいなくなって、わたしは自分が誰だかわからない。いつの日かこの悪夢が終息して、わたしを取り戻せるときは来るんだろうか。

(了)

◇あとがき……お知らせ

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お読みいただき、ありがとうございます。こちら↑と文中の書道は、一昨年、東京都美術館の毎日書道展にて。

ディスレクシアという障害は、アメリカの大学で異常心理学の単位を取った時に知りました。(日本では症例の報告が少ない)

日本では、発達性読み書き障害と呼ばれることも。文字が読める大多数の人々とは異なる脳の領域を使っているため、スムーズな文字の読み書きが行えないと考えられている。顕著な例では数字の「7」と「seven」を同一のものとして理解が出来ない。2つの文字の違いがわからない、文字や単語の理解まで非常に時間がかかる、文字の並びが歪んで見える、文字自体が二重に見えるなど様々な症状がある。

詳しくはこちらで。

このお話のように、私は診療内科にお世話になったことがあります。

今日は、私の精神状態が最も悪かった時に書いた曲をご紹介。”地獄辺土のそよ風”w  

⚠️ 作者はアメリカのエージェントと契約しており、小説は米国政府ECOに登録済み。著作権侵害にはご注意を。©︎Mikiko Miyakawa 2020