円盤1

『祖母は円盤に乗って』

 おばあちゃんがいない世界に自分が生きているという事実が、どうも信じられなくなるときがある。おばあちゃんが亡くなって、もう何年も経つというのに、定期的にそうなるのだ。

 たとえばついさっき、中学で同級生だったアラカワから金を巻き上げた後で。

 まあ金といったって大した額じゃない。アラカワはそこらのバイクを盗んで細々と売りさばいているケチな野郎だから、まとまった金なんて持っているはずがない。そんなことは分かってたんだけど駅前で高校生のガキども相手にえばり散らしている奴の姿を見かけて無性に腹が立った。

 しばらく後を付けているとアラカワたちは近くにある立体駐車場に入っていき、目をつけていたらしいバイクを取り囲んだ。おれは見張りのガキを軽く殴りつけ、それからアラカワの後頭部に思いきり蹴りを入れた。しゃがんでバイクの配線を弄っていたアラカワは前のめりに倒れて「ぶぎゃ」とかギャグみたいな声を出したくせに「んだおべえばああ!」って精一杯凄んだ声を出して立ち上がり、目を見開いておれに向かってこようとした。その態度にまたムカついて、あらかじめ伸ばしておいた携帯式の特殊警棒で思い切り殴りつけてやった。アラカワの刈上げた頭の右側はむかしから凹んでいて、正確にそこを狙った。ゴッという音がして、アラカワはまた倒れた。

「やあ、おれだよ。大丈夫かな?」  

 自分で立ち上がるには時間がかかりそうだったから、わざわざ身体を引き起こしてやる。それでアラカワは相手が誰だか分かったらしい。もう刃向かおうとはしてこない。でも黙って前に差し出したおれの手を見て「?」とまた漫画みたいな間抜け面をしたから腹に蹴りをくれてやる。それでようやく理解したらしく、アラカワは軽くて安くてダサい財布を尻ポケットから出して寄越した。色々と残念な野郎だ。

「うわ、アラカワくん、これはちょっとヒドいね」

 財布の中身は三千円と小銭。笑える。お前いくつだよ。いつの間にか全員逃げ出している手下の高校生どもには駄菓子でもおごってやるつもりだったのか。あのガキどもの方が下手したら金持ってるだろ。おれの母校のガキども。母校といっても二年で中退した。まあそれでも一応は母校。アラカワは確か高校には最初から行ってない。こいつはむかしから頭が悪かったからな。こんな奴に使われてるなんて情けなくないのか、あのガキどもは。まあこれですごしは目が覚めただろう。

「お互い、そろそろ大人にならなきゃいけないよね」

 もし仮に首尾よくこのバイクをパクったところで、アラカワが持っているルートなんて想像がつく。どうせヤギヌマの解体屋のオヤジかナカブクロの黒人に二束三文で買い叩かれるだけだろう。まあガキどもには吉野家とかマックとかドーナッツくらいはおごってやれるのか、それでも。ああ下らない。しけたヤンキーどもの食事会を想像して気分がゲンナリする。

 別に欲しくもなかったけど一つの儀礼とかイベントとして三千円は一応抜いて、あとの財布は駐車場の外に思い切り投げた。アラカワはその間じっと下を向いていた。

 薄暗い立体駐車場からはい出ると、日差しがまぶしい。もう春だった。それがどうしたという話だったが、もう春だった。

 目の前に見える貸店舗のシャッターには、テナント募集の張り紙が貼ってある。あそこは数年前までケーキ屋だったはずだ。その後はずっと空き。駅前の商店街は大体そんな感じだった。いわゆるシャッター街だ。
 地元だから当然見慣れているわけだけど、なんともさびれて、すさんだ風景だ。春先のつよい風が通り抜けて、空き缶が転がり、スナック菓子の空袋が目の前を横切った。

「あははははは」

 なんだこれ西部劇みたいじゃんて思わず笑えてきちゃう。あはははは。腹を抱えて笑ってみる。漫画みたいに。

 広場にあるベンチに並んで座っている、いかにも金のなさそうな老人たちが不審な目をおれに向けてきた。でもあいつらだって平日の真っ昼間からストロングゼロの空き缶を足下に並べているのだ。十分に不審じゃねえか。そのうち一人は小学生の頃に習っていた空手教室の師範だったが、向こうはおれのことなど覚えていないだろう。こちらとしてもいまさら話すこともない。でも教わった空手は役に立っているから、今度なにか改めてお礼でもしたほうがいいかな。コンビニのおでんとか? 師範、ツマミもちゃんと食べた方がいいですよ。健康に悪いから。押忍。

 おれが子供の頃は、この辺だってもっと活気があった。
 あの空き店舗はケーキ屋の前はおもちゃ屋だった。百円玉を握りしめて、よくガシャポンとかカードを引きに行ったし、お年玉でゲームソフトを買った。歯医者なんかに行った帰りには、おばあちゃんが「我慢したごほうび」っていつもプラモを買ってくれた。自分が歯を磨くのをサボったから虫歯になったわけで、それで「ごほうび」ってのもどうかしてる。けど、おばあちゃんはいつもこんな調子だった。おれはたっぷり甘やかされて育った。

「つーくんは本当にいい子ね」
 
 いつもそう言われてきた。まあ実際にいい子だったんじゃないかと思う。すくなくとも中二の途中までは。おばあちゃんが死んでしまうまでは。
 
 おばあちゃんは死ぬまでずっと元気で、すぐ近所で一人暮らしをしていた。それがある日、玄関先で頭を打ったらしく血を流して倒れている所を近所の人に発見されて、そのままあっさり死んでしまった。年齢も年齢だったし、足を滑らせたのだろうということで事件性は疑われなかったが、それはケーサツの怠慢だろ。ふざけんなよといまになって思う。なにせうちの地元は、いまのおれやアラカワのような奴がウゾウゾ動き回っているような地域なのだ。
 ……まあとにかくそうやって、いつも優しかったおばあちゃんは急にいなくなってしまった。いきなりひとりぼっちになった気がした。両親は共働きで、おれが物心ついたときには夫婦仲も最悪、おれはほとんどおばあちゃんに育てられたようなものだった。

「……ラァ、死ねッ、オッラァー!」

 頭の後ろにひりつくような気配を一瞬感じて身をかがめると、さっきまでおれの頭があった空間を鉄パイプがブンッと鈍い音を立ててかすめた。それからアラカワのいきった声。どうやら渾身の一撃だったらしい。あっさり避けてやったけどな。

 アラカワは背丈はあるけど体格はそこまでよくない。おれに言わせればひょろがり野郎。だから太い鉄パイプを振り回すというよりはそれに振り回されているだけ。不意打ちを外して体勢を大きく崩しているアラカワに向かって、おれは軽く助走をつけて飛ぶ。そして延髄目がけて空中蹴りを放った。

「グエッ……」

 ビシリという手応えを足の甲に感じた直後、おれはアスファルトに受け身をとって着地。すこし遅れてアラカワはバタン、と仰向けに倒れた。ガランガラン、と騒々しい音で転がる鉄パイプ。こんなもの、どっから持ち出してきたのか。本当に漫画みたいな野郎だなと呆れる。

「ようし、いい蹴りッ!」

 そこで師範が野太い声を上げた。おれは「押忍」とそちらに向かって頭を下げる。かつての指導がおれのなかで生きています。しかし師範はもうこちらを見ていない。声にならないうなり声を出して明後日の方向をにらんでいる。いまや師範はすっかり酒に溺れている。どうして師範がこうなってしまったのかは分からない。分からないが、この街ではありふれたエピソードが簡単に想像できてしまう。だからあまり興味はない。

 おれのターニングポイントは中二だった。それまでは本当にまともな、むしろ優等生といってもよかった。こうなってしまったきっかけは、いま目の前で伸びているアラカワにあった。思えばコイツとも腐れ縁のような関係だった。

 アラカワは中学時代から身体がデカく粗暴な性質で、この地域の伝統としきたりに抵抗なく染まっていた。つまり順調にヤンキー化していた。マジで漫画みたいに単純な奴で、そんな自分に疑いも持たなかった。おれは当時からコイツを馬鹿にした目で見ていたが、アラカワはアラカワで真面目な生徒であったおれにヤンキーとして分かりやすいマウンティングを仕掛けてくる。心底でウザかった。

「てめ、オラ、真面目っ子。なんか文句あ」「死ねッ」「ぐべえ……!」

 おばあちゃんが死んでしまってしばらくしたある日、いつものように絡んでくるアラカワを、気がついたらおれは殴り倒していた。アラカワは思ったより全然弱くて、いやおれが意外に強かったのかもしれないが、とにかく無様な声を上げてその場にのびた。教室は静まりかえった。それから度々報復にやってくるアラカワを殴ったり蹴ったり投げたりして退けた。いまでも奴の頭の右側がすこし凹んでいるのは、そこばかり集中的に狙っていたからだろう。

 あれから坂道を転がるように、あっという間におれ自身もヤンキーになってしまった。それまでの遺産で何とか地元の高校までは進んだが、案の定すぐに退学させられた。
 ……こうやって考えてみると、ちょっと感慨深いな。

「なあんだ、お前のせいだったのか? ……笑えるなあオイ。ねえ、起きてよアラカワくーん」

 おれは鉄パイプを拾い上げ、それでアラカワをこづく。アラカワは大の字に伸び切って反応しない。いっそこの腐れた縁を強制的に断ち切ってしまえばいいかと鉄パイプを大きく振り上げたところで、駅の方からいまどき漫画に出てきてもギャグにしかならないような集団がやって来た。先頭を切るのは、見覚えがある三人だった。

「よう、てめえオラ。いつ帰ってきた? 挨拶もなしかよ、コラ」
「アラカワなんか小突いて、いい気になってんじゃねーよ」
「むかしみてーに自分の好きにできると思ってんじゃねーぞ?」

 コイツら、まだこんなことやってやがった。おれが地元を出た頃はもちろん、中学の頃だって十分に時代錯誤な奴らだった。

 ……だって四天王だぜ?
 ちょっとびっくりする響きだ。タケサト・シテンノー。
 マジかよって思うけど、コイツら自身は大真面目でうちの地元を牛耳っているつもりだったし、なんと現在もそうらしい。ちなみにアラカワは「四天王のうちでも最弱の……」というポジションだった。だからアラカワを叩きのめすと、こいつら三人が必ず出てきた。また出てくるとは思わなかった。

「なにやってんだよ、お前らは。もうとっくに引退だろうが?」
「いまどきそんなルールねえんだよ」
「そうそう。ここはずっとおれらが仕切ってる」
「お前がいられる街じゃねーんだよ」

 おれは今年で二十二になる。マトモな人生だったら大学を出て就職をする年齢だ。おれはまともではないからこうしてこんなクソみたいな地元に帰ってきて、同じようにマトモじゃない奴らと早速戯れ合っている。マトモに働いてみる気もあったのだが、この街の様子をあらためて眺めてみるとそんな気はすぐに失せた。ロクな働き口などないと最初から分かっていた。世話になった先輩からは正式に組組織に入らないかと誘われてもいたが、いまどきヤクザなんか馬鹿しかやらない。いや馬鹿でもやらない。だからアラカワたち(四天王!)も、こうしてガキどもを引き連れていまだにプラプラしてやがる。……終わってるなあ、こいつらも。

「よし分かった。とにかく全員死ね!」

 おれは鉄パイプを振り回して、まずは数を頼みにワラワラ挑みかかってくる四天王配下のモブキャラどもを雑になぎ払う。どちらにしろ掃除はしたほうがいい。とにかくゴミが多すぎる。この際なら徹底的にやってやろうと鉄パイプを握る手に力が入る。

 こうやって暴れ回れば、あとはなるようになる。
 結局また地元に帰ってきて、それを繰り返すのか。いつからこうなったんだっけ。そう、やっぱり中二の、おばあちゃんが死んじゃってから……。あれからもう随分と経つのだが。

 おばあちゃんがいない世界で、おれは生きてきた。
 おれのことを無条件で受け入れて、いつも笑っていたおばあちゃん。
 ああ、おばあちゃん。

 気がついたら、おれはこんなふうになっていて、いまさらもう変われないみたい。おばあちゃん、おれはどうしたらいいかな。地元に帰ってきても周りは敵ばっかり。いつの間にこんなに嫌われたんだろう。あははは。それなりにスリルはあるけれど、リアルに欠ける世界だ。おばあちゃんが死んでから、ずっとそうだった。それでも殴られれば痛い。だから殴られるよりは先に殴る方がマシなんだって、おれは学んだんだよ、おばあちゃん。

「ああッ! UFO! 未確認飛行物体!」

 周囲で起こる騒ぎに目もくれず、広場のベンチで酒と向き合っていた師範が、突然大声で叫んだ。その場にいた全員が、思わず師範の指さす方向を見た。いやUFOって、師範。しかも「未確認飛行物体」って丁寧に正式名称を……。

「おい、マジだ!」
「UFOだ!」
「未確認飛行物体!」

 四天王(マイナスアラカワ)が口々に叫んで、上空を指さす。
 駅前のパチンコ屋の看板の上、コンビニくらいのサイズの銀色の円盤が、音もなく浮かんでいた。
 円盤はそのまま広場の中央にスーッと移動して、地面に向かって青白く強い光を放射した。その光の中央に、やがて人影のようなものが浮かんで、じっと見ているうちに実態を形作った。

「お、おばあちゃん……?」
 
 青白い光の中心から出てきたのは、おれのおばあちゃんだった。おばあちゃんは、いつも買い物に行くときに着ていたような服で、とにかく顔形から何もかも、おれの記憶と寸分違わない姿だった。
 おばあちゃんは、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

「ああ、つー君。ほんとにまあ、久しぶりだよお」
「あ、あ、あ、あ」

 狼狽したおれが阿呆のように口をあんぐりと開けていると、おばあちゃんの右手の先が強烈に光った。まぶしい。思わず目をつぶったが、そこから発射されたらしい光線が、おれの頬をかすめたようだ。ひどく熱い。

「……あ?」

 ていう声が聞こえたので後ろを振り返ると、ナイフを握ったアラカワが不自然な体勢のまま固まっていた。意識を回復したアラカワは、どうやらおれを後ろから刺そうとしたらしい。しかしおばあちゃんの発した光線を受け、アラカワの動きは止まっていた。そしてその困惑した表情のまま、アラカワはバッと一瞬で燃え上がって灰となった。

 地面にすこし焼け焦げを残しただけで、中学からの腐れ縁だった男はこの世から消滅した。

「つー君、大丈夫かい? おばあちゃんね、ずっとあなたが心配で心配で。そらもう何度も気をもんでねえ」

 おばあちゃんが、こちらに歩み寄ってくる。おれは数年ぶりに会ったおばあちゃんに背を向けて、全速力で走り出した。

 近づいてくるおばあちゃんの後ろ、円盤から照射される青い光の中から、まったく同じ姿のおれのばあちゃんが、次々に出てくるのが見えたのだ。走るおれの後方から、意味の分からない爆発音や悲鳴が聞こえた。おれはさらにスピードを上げて、なるべくその場から遠くに逃れようとした。

「おばばばばばばばば! 円盤、円盤、円盤、UFO! 四天王、あ、アラカワ!」

 すっかり狼狽したおれはチャイムを連打して、やっと玄関先に出てきたクミに一息に告げた。

「はあ? 何言ってんの?」

 クミは思いっきり眉をひそめた。たしかに何を言っているのか、自分でも分からない。しかしとにかく状況を説明して、コイツを連れて逃げなきゃなんない。

 クミはつまり、おれのヨメだった。妊娠五ヶ月。クミはおれのような男に気軽についてくるようなアバズレだったから、腹の子供の父親が自分であるか、正直な所すこし疑っている。しかし本人がそうだと言うのだから、そうなのだろうと思うことにした。どちらにしろ色々なことがもう潮時だった。それでおれはクミを連れてこの地元に帰ってきたのだ。

「……逃げんぞ。すぐ荷物まとめろ」
「はあ、だから何言ってんの? 頭おかしくなった?」

 逃げ帰ってきた地元だったが、ここからも逃げた方がよさそうだ。おれの頭はいま、いやこれまでもずっとおかしかったのかもしれないが、とにかく逃げた方がいいことに違いはない。こういうときは直感に従った方がいい。それでこれまでも物騒な世間を渡り歩いてきたのだ。ちょっと喧嘩が強くても、どうにもならないことはどうにもならない。だって死んだおばあちゃんがUFOから出てきてアラカワが、

 シュバッという音が、背後でした。

 目の前のクミが、瞬間的に炎上して消滅した。
 焦げ臭い、いやな匂いがする。

 後ろを振り返ると、おばあちゃんが立っていた。細い目の奥が、青白く光っている。今度はそこからビームを出したらしい。

「その焼きソバねえ、久しぶりでしょう。沢山つくったからねー」
「……うん」

 むかしよく作ってもらった、懐かしい味がした。休みの日におばあちゃんがいつも作ってくれた、ソース焼きそば。コップには牛乳。

 おばあちゃんは台所に立ってリンゴをむいている。
 怖いくらいに、むかしのままだった。

 おれは地元を出てから大きな街で荒れた暮らしをしていて、そこで行き詰まって、ついこの間スゴスゴと帰ってきたのだ。両親はとうに離婚して、家は売ってしまっている。ただ、おばあちゃんの家だけがそのまま残っていた。だからおれはそこに住むことにした。さっき消し炭になってしまった、ヨメのクミと一緒に。

「……おばあちゃん、ずっと見てたのよお」

 見てたって、どこから?

「あの円盤は中がものすごく広くてねえ。この家とそっくり同じに作った家を用意してもらってたのね。そこにあるテレビから、つー君のこといっつも見ていたんだよお」

 おれはおばあちゃんが死んでから、本当にロクなことをしてこなかった。

「つー君、大きくなったわねえ。おばあちゃん本当うれしいのよ」

 すっかりロクでもない野郎になったおれに、おばあちゃんは優しく微笑みかける。おばあちゃんは死ぬ前とすこしも変わらない。いや丸っきりすべて変わってしまって、それで逆に変わってないように見えるのかも。おれにはよく分からない。分かるわけはない。……なんであんなに沢山のおばあちゃんがUFOからゾロゾロ出てきたんだ。それもさっぱり分かんねえ。まあ高校も中退しちゃったし。自分では馬鹿じゃないと思うけど、とりあえず学はないからな。

「ああ、そんなことかい。そしたら教えて上げようかね。……あれも、いまここにいるおばあちゃんも、みんなあなたのおばあちゃんなのね。完全に同じ遺伝情報を持っててね、意識もデータベースにアップロードされたものを通して常時リンクされて……」

 電化製品が苦手で、説明書を読んでもなかなか理解できなかったおばあちゃんの口から出たとは思えない説明だった。とりあえず漫画とか映画とかゲームに出てきそうな設定だなあと思った。
 
 もうすっかり現実感をなくしているから、居間のテレビで流れている風景も丸っきり他人事のようだった。

 画面の中では、この国の主要都市が大災害に見舞われる様子を同時中継している。そこで「怪物」とか「インベーダー」とかレポーターに呼ばれ、しわしわの指先や細い目から青白いビームを照射してすべてを破壊して回っているのは、おばあちゃんだった。いまおれの目の前にウサギ型に皮をむいたリンゴの皿を置いてくれた、このおばあちゃんと同じ、おれのおばあちゃんだった。

 おばあちゃんは、あの日頭を打って死んでしまった瞬間に遺伝子を採集された。そして地球を侵略する目的を持った宇宙人によって分子から組立て直されて、とにかくヤバい生体兵器として生まれ変わって地球にやってきた。どうやらそういうことらしい。

「ほんとねえ、つー君にまた会えてねえ。おばあちゃん、うれしいったらないんだよ。あーもう大きくなってまあ。だから、あの人たちには心から感謝してるんだよ。お役目は果たさないとねえ……」

 おばあちゃんは、にっこり穏やかに笑って、おれを見つめる。おばあちゃんがいない世界に自分が生きているということが信じられないという感覚がこれまでずっとあったけど、それは実際に間違いではなかったのだ。

 おれは丸い皿にのったリンゴをつまんで食べる。

「みのもんたの番組は、もうやってないの?」
「うん。もうやってない」
「あらあー。あれはよく観てたんだけどねえ」

 テレビの中、窓の外では次から次へと銀色の円盤がやって来て、そこには大量のおばあちゃんが乗っている。おれ以外の地球をすべて滅ぼすために。

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