私は不良品

Twitterで話題になっている記事を読むと、ためになることが沢山あります。
こちらの『社会から突然不良品にされた話』というnoteも、改めて考えたり知見を深めることに大きく寄与してくれました。

振り返らなくても優生保護法って、本当に信じられないものでした。
これがつい最近まで間違った憲法だったと認められなかったなんて、日本って本当におかしな国です。
おかしいことを「それっておかしいよ」って言えない環境、本当におかしいですよね。
西暦もとっくに2000年も過ぎているのに、人間の意識は遅れに遅れている。
それを、影響力のある方があえて言葉にしてくださるというのは有り難いし、ちゃんとこう考えておられる方もいるんだとほっとします。

日本はいい国かと聞かれれば、日本自体は好きだけれど善ではないですね。
理不尽なことも多くて、命までは取られなくても犯罪行為に遭ったことだって一度や二度でもなく。
馬鹿みたいな社会、それをスモールサイズにした、いじめや陰湿なことが山盛りにある馬鹿みたいな学校に通いながら、子供の頃から思っていました。
『人間って所詮、ちょっと知恵がついて毛が禿げたサルが、図に乗って地球を我が物顔で踏み荒らしているだけなんだ』と。
その失望感もまた、後の厭世感情と自殺未遂に繋がっていく訳ですが、それはさておき。

松本人志さんの『不良品』発言については、その前後の言葉を見るに表現のし方を間違ったのかなと感じる部分もあったのですが、それにしたって不良品は酷いなと思ったものでした。
挙げさせて頂いた記事のコメントまで読むと、松本さんが言っていたのは凶悪犯のことで筆者さんのような方に向けられたことではないよ、そう思うのは自分に心当たりがあるからなんじゃない?というようなモラハリスト必修科目文法みたいなのを炸裂させている人もいますが…

まあ私はどっちにしろ、自分は不良品だなと思いました。

地方ゆえに専門医が少なく、なかなか診断を受けられない状態ですが、私には発達障害の疑いがあります。
元々読字に問題があったのですが不便に思いながらも『自分だけがそうだ』と知らなかったために発覚が遅れてしまいました。
「発達障害は個性だ」という人もいるようですが、とんでもないです。
軽度の人ならともかく、そうでない人たちがどれだけ困難を抱えながら生きてきたか、知っているのでしょうか?

こういった障害を持つ身としても『不良品』と言えますし、凶悪犯罪を引き起こし得る人間としても『不良品』なのだろうと、私は自分のことを捉えています。

今は自分の近しい人、関わってくださった人たちに親しみや感謝を持っていて、力を活かせる仕事に就けた時には小さくても社会の役に立っているという実感を持っていました。
ですが人員が減って無理な仕事を押し付けられ、使い物にならなくなった後退職を余儀なくされた今では「あんな仕事しなければよかった」という思いと、理不尽なことをしてきた相手に対しての恨みつらみが心の底に残っています。時折何かの切欠で噴き上がってしまう、休火山のような状態で。

今持っている、人へのプラスの感情だっていつどうなるか分かりません。
元々、人間ってどうしようもない生き物なんだというのが刷り込まれてもいますから、今ある希望を失うようなことがあれば、一気にストンと感謝や優しい感情も何もかも抜け落ちて人への憎しみ、敵愾心ばかりになってしまうかも知れない。

それに私は、『自分が死のうとしている時の感情』を知っています。
いざ実行に踏み切る前は死への恐怖や周囲への迷惑なども一応考えられはしますが、一線を超えたら『何もない』んです。
或いは、ずっと押さえつけていたものが解放された勢いや、興奮状態に近いものがあったかも知れませんが、頭の中はただただ空っぽでした。

ああいう状態で、無差別に人を斬りつけて回るのが解放であるのなら、そうしてしまうのだろうなと思います。
私がしたのは『自分を殺す行動』だけだったので、その先に何があるかは分かりません。
人を斬りつけながら、楽しかったのか、悲しかったのか、それともやっぱりただただ無でしかないのか。

でもひとつだけ分かるのは、松本さんに『不良品』と言われた犯人も、ことを起こす寸前まではまだ人の心を残していたんじゃないかと。
元々殺人鬼の気質があって、殺すことが快感だとか楽しいとかいう人でない限りは、悩んで苦しんで、少しずつ追い詰められていったただの弱い人だったんじゃないかと感じているのです。

そして実際、そういう境界線の、踏切の前に立っている人は私を含めて随分いるんじゃなかろうかと、今の世の中を見ると思います。
そうでなくとも、いつ誰が大切なものを失って、何も大切じゃなくなる瞬間が来るかも分からない。
誰でもふとした切欠で『不良品』と呼ばれるものになってしまう可能性があるのではないかと…

そういう人が踏切の前に立つ時、どうしたらいいのかな。
音が鳴って踏切が降りていくところをただ見ているだけ?
大声で呼び止める?
それとも手を引っ張って引き戻す?

私だったら、そんな人が踏切に行く前に、寸前でもいいから寄り道して、少しでも気持ちを落ち着けて、狭まった視界をちょっとでも戻せるような、そんな場所が作れたらいいなと思っています。
私も不良品だけど。

不良品だけど、まだ生きています。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

サポートしてくださいましたら、ありがたく活動に使わせて頂きます。

°˖☆◝(⁰▿⁰)◜☆˖°
15

北関東にしょぼ喫みたいなお店を作りたい!

北関東の生きづらい人、疲れてしまった人たちがほっと一息ついて羽休めが出来るような「みんなの居場所」を作りたい―― そんな想いや、実現に向けての日々を綴っていくマガジンです。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。