午後7時からの中学生談義 20

narrator 市川世織
『開けて』
そんな意味を込めて、私は貴之にお菓子の袋を渡した。
袋の中には小さな長方形のチョコが入っている。ビターでもホワイトでもない、いたって普通のミルクチョコレートだが、私にはこれがお似合いだった。
「開けろってか?」
私は頷く。
「いい加減、開けられるようになれよ」
そう言って貴之は、袋をパン、と小さな音を立てさせて、開けてくれた。
「もうお前がチョコ食べても、誰も怒らないって」
私はチョコを食べることを、小さい頃禁止されていた。それはついさっき、先生が話していたけれど。
「しっかし、今日は風が冷たいな…、裕翔のやつ、こういう時だけちゃっかり親に迎えに来てもらいやがって」
塾を終えて、外で私は先生を、貴之はそんな私に付き合い、同じく先生を待っていた。
「その人のことが大切。傷つけたくない」
小さい頃の私を庇った貴之と裕翔は、そんな風に思ってくれていたのだろうか。

神経質になっていく母親。周りの目をやたらと気にし始めて、私をさらに「優秀な娘」に仕立て上げようと躍起になった。
中身だけでなく外見も完璧にさせようとして、私におやつを与えなかったお母さん。
内緒でチョコを食べたことがバレた日から、怖くてチョコ菓子の袋を開けられなくなってしまった。

「チョコ、俺にもくれよ」
私は貴之の大きな手の平に、チョコを1粒おく。
「1粒か」
貴之はそう笑うと、口の中にチョコを放り投げる。
「甘い」
貴之は常にチョコはビター派であった。
そりゃあ、甘く感じるでしょうね。
「セオリー、明日から証言してくれた後輩が誰を庇ってるのか、塾の後輩達に協力してもらって、調べて行こう」
「!」
「案外、庇ってるって可能性も、アリかなって」
その時、先生が階段を降りてくる音がした。
「じゃ、俺行くわ」
貴之は自転車にまたがると
「セオリー、またお前の母さんに怒られそうになったらさ、裕翔と庇ってやるから。安心しろ」
そう言って、春の冷たい風の中を走って行った。