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息子の闘病記を続けていたころ~出会った人達~

今、ブログから記録をこちらに移動させている。ブログはもうほとんど更新していない。すっかり成人した息子たち。
同じころであった同じ病気の子供を持つお母さまたちとの出会い。その子供たちもみな成人した。
本当に長い闘い。

ブログから多くのご家族・・・特にお母さまからメールを頂いた。
今でも、時々いただきます。
そしてたくさんのお母様たちと、素晴らしい友人としてお付き合いさせていただいております。

この病気だと診断されたときの衝撃は忘れません。そしてなぜ自分じゃないかと責めたこと。連絡を頂いたお母さまたちは同じ思いでした。
それでも、自分の経験、我が家の経験から情報提供をさせていただきました。そして皆さんが治療しています。

ドクターも「僕の子供たちがみんな大人になっちゃったね。本当にうれしいよ。そしてまだまだ僕の子供たちは増えていくけれど、みんなちゃんと大人になれるんだよ。」といいます。

そして、「ひで君が良くなったということは、ほとんど治せるって自信になった。それに、どんな困難な症状出来ても君たち(うちの子ともう一人のお子さん)が治っていることは治せるって思う。それにいろいろな病院からこれは難しいというのが僕のところに回ってくる。それでも治せるんだよ。」

病院選びの大切さも記事にしましたが、「選択の余地があるのであれば、ドクターを選んだほうがいい。何故なら、ドクターも腕の良し悪しは間違いなくあるわけで、同じ病気でも治せる人と治せない人がいるのは仕方がないことだと思う。医学部に入るためには、それこそものすごく勉強しなければ入れない。単純に一番偏差値が高いからという理由で受験する学生もいる。命を預かる・・・これは倫理観と治そうという情熱がないとできない仕事。」

多くのお母様が今までの病院の対応


に不満を持っていました。

リスクの説明だけじゃなく、治療できないといわれたお母さまたちの気持ちはとてもよくわかります。うちも同じだったからです。

でも息子は完治しています。再発のリスクは消えていないけれど・・・
6回も脳出血を起こしましたが、生きています。もちろん、大学生になれました。そして、就職にも臨んでいます。個人起業もしました。

生きているということは、可能性に向かって進めるということです。

病院で出会ったお母さまたちは私のHNを知っていました。「ブログ読んでました!」と。この病気の記事はほとんどが後遺症に悩まれていたり、あるいは亡くなってしまったり・・・私が検索したことろはそういう記事しかありませんでした。唯一後遺症も無く治っているという記事だったと言われました。
また、完治した方たちから、「お手伝いをさせてください」というメールもいただきました。本当にありがたいです。
コミュニティを作って何とかしようと思いつつ、皆さんのお気持ちを反映できないまま、時が過ぎてしまいました。

今後、細々と続けていた患者の会をもう少し活動できる組織にしたいなと思っています。人は繋がれる・・・そしてそうすることで、勇気や希望を持てるように思います。


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