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「有限可愛い」と「無限可愛い」〜なぜ今、SNOWがあってもプリクラを撮るのか〜

こんばんは。服飾大学で出会った「みっぽ」と「キキ」がサブカル的な態度でコンテンツについて対談形式で語る「サブカル女子って呼ばないで」です。

今回は、SNOWに代表されるような簡単に盛れた写真を撮ることが出来るアプリがいくつもある現在でも、プリクラが利用され続けているのは何故なのか、ということについて考えてみたいと思います。

目次
■もし今自分が女子高生だったら
■「有限可愛い」と「無限可愛い」
■「自撮りが可愛い」はもう当たり前
■自撮りは作品
■大人のためのプリクラ、これからの有限可愛い

■もし今自分が女子高生だったら

みっぽ 今回のテーマ、ずっと考えてみたいと思ってたことなんだよね。

キキ これはわたしもずっと気になってた!いまこのSNOWに代表されるような「無料でしっかり盛れるカメラアプリ」がいくらでもある時代に、もし自分が女子高生だったとしたらプリクラを撮りに行くだろうか、って純粋に疑問で。

みっぽ ね!元々は、「プリクラみたいに盛れるアプリ」みたいな立ち位置でSNOWが流行ったわけじゃん。男性が「女子のプリクラの顔信じられない」って言ってたのが「女子のアプリで加工した顔写真信じられない」って言われるように変わったりとか。

キキ そのタイミングで一気にプリクラのパワーが落ちるかなと思ってたら、今は逆にSNOWみたいなプリクラも登場してたり、プリクラ会社フリューがカメラアプリを出したりしていて、そんな中でプリクラとカメラアプリが共存してるんだよね。

みっぽ こういうのを見ると、どちらも出来上がる写真には大きな差はなくて、「可愛いの種類」でプリクラとアプリを使い分けているわけではなさそうだよね。

キキ 確かに、正直もう写真自体の加工技術的な意味では、大きな差ってないと思う。SNOWじゃなきゃ撮れない写真も、プリクラじゃなきゃ撮れない写真もあまりなくて。

みっぽ そうだよね。「可愛く撮る」だけが目的なら無料でいつでもいくらでも撮れるカメラアプリだけでいいはずなのにプリクラも共存しているのには、「写真が出来上がるまで」の過程に異なる魅力がありそうだね。

キキ 写真を「撮る過程の楽しみ」の部分の性質が違うから、どちらも別物として使われているって感じなのかな。出てくる「写真」そのものではなくて、「何を楽しむか」っていうところ。

■「有限可愛い」と「無限可愛い」

みっぽ そうなってくると考えたいのは、プリクラとSNOWの何が一番異なるのかってことよね。

キキ やっぱり最大の違いは「自由度」よね。パッと思いつくところだけでも、場所・お金・時間・枚数・修正、全てSNOWは自由なのに対してプリクラは制限、ハードルがあるよね。フィルタやスタンプも、アプリの方が選べる種類が断然豊富だし。

みっぽ プリクラは「制限のある中で可愛いを作る」ことを楽しむ、いわば「有限可愛い」なんじゃないかな。「SNOW=無限可愛い↔︎プリクラ=有限可愛い」って考えるとしっくりくる。

キキ 制限のある中で可愛いを作ることを楽しむ「有限可愛い」の考え方自体って、プリクラだけに限ったことじゃなく、実は色々あるよね。例えばハロウィンのコスプレだったり、シミラールック(お揃いではないけれど色や組み合わせを揃えたファッション)なんかもそうなんじゃないかな。

みっぽ 確かにそれらもここ数年話題になっている文化だよね。

キキ ちょうどそうよね。ハロウィンに関してさ、「ただ騒ぎたいだけのやつらがやってる」みたいな意見たまに見かけるけど、ちょっと違うと思うんだよね。

みっぽ あ、それちょっと分かるかも。コスプレとかなくただ騒ぎたいだけなら、お花見とかもあるわけじゃん?でも、お花見で騒ぐのが好きな人たちが全員ハロウィンもやってるかっていうと、ちょっと違うよね。

キキ ハロウィンのコスプレを楽しむ空気には、「騒ぎたいだけ」ではない付加価値があって、それが「制限のある中でどう楽しむか」なんだと思うのよ。「有限可愛い」含めて。だから花見を楽しむ層≧ハロウィンを楽しむ層って感じで、含まれてるんじゃないかなーって。その文脈で考えると、お花見は自由すぎる。

みっぽ 前に「可愛い自分には言い訳が必要〜Tik TokとIDOL SONG〜」ってタイトルのnoteで書いた「可愛い自分の言い訳」みたいなところ、ハロウィンのコスプレにも通ずる気がするなー。騒ぎたい周りに紛れて、普段できない領域での自分を作っていくような。

■「自撮りが可愛い」はもう当たり前

みっぽ 話の軸を戻すと、アプリの登場で「誰でも可愛く」が当たり前になったから、「制限のある中で可愛く」が対比としてまた際立ってきたっていう考え方はしっくりくるね。

キキ 写ルンですの再ブームや、証明写真を友だちと撮るようなトレンドもその流れの一つかもね。で、その中でずっとずっと最前線にいるのがプリクラなわけだ。

みっぽ かつてにこるんこと藤田ニコルが自分で「自撮りは可愛い」と発言したりしたこともあったりしたけど、今はもう「自撮りが可愛い」は当たり前になって、その一個先の「制限のある中で可愛い=自撮りが可愛いよりもっと可愛い」みたいな風潮がうっすらあるのかも。

キキ 「自撮りが上手い」は自撮りという制限の中で自分のどこを切り取るかとか分かってないと本来は出来なかったじゃん。でもそれがある程度は誰でもどこを切り取ってもそれなりに可愛くなるだけの技術が当たり前になってきたんだね。

みっぽ 被写体ブーム(=有限可愛い)から自撮りブーム(=無限可愛い)に移っていった流れがあって、更に今、写ルンですみたいな有限可愛いも「別物として両方楽しむ」状態になったのかな。

キキ そのときに「有限可愛い」の中では比較的ライトに、有限とはいっても大抵可愛く写れる安心感のあるものとしてプリクラの果たす役割は大きそうね。

■自撮りは作品

みっぽ プリクラとアプリで加工した写真が別物として共存している中で、プリクラは制限のある中で可愛いを作ることをイベント的に楽しんでいるわけじゃん?

キキ そうね。実際私も大学入学以降くらいから滅多にプリクラ撮らなくなったけど、たまに撮るとしたら浴衣着たときとか。イベント性が強いことの表れかなって。

みっぽ そうなってくると余計にアプリを使った自撮りの「自分自身で可愛いを作り上げる」側面って際立ってくるなあとも思う。自由度が高い分やれることも多くて、作品を作るように加工をしていく感じ。

キキ そういう見方では「自撮りは作品」っていう言葉はしっくりくるね。プリクラは撮る過程をメインに楽しむもの。アプリで撮る写真は理想を詰め込んだ作品を作るもの。

みっぽ ね。上にTwitterを引用させてもらったさやぴこと兎凪さやかなんかは、「自撮りは作品」を体現してると思う。

さやぴインタビューより
女子の自撮りは、自分の理想を描いたものであって、自己満なんです。だから実物と自撮りが違おうが、こちとら関係ないんですよ(笑)
「よし、今日も可愛い♪」って思いたいために、自撮りをしてるんです。「実物と違ってごめんね」って感じだけど、私から言えることは、「そんな私も愛してね」っていうことです♪

■大人のためのプリクラ、これからの有限可愛い

みっぽ プリクラの最新機種で「大人のためのプリ」をキャッチコピーにしているAROUND20っていうのが登場したみたいなんだけど、この紹介動画プリクラっぽくなさすぎてびっくりしない?笑

キキ これ最初見たときびっくりした!でもさ、女子高生に人気のYouTuberのkemioとかもPRに起用していたりして、実際には「オトナかわいい」っていうワードに反応する若年層がターゲットだったりもするのかな?ってちょっと思った。

みっぽ 最初の紹介動画もよく見てみると、登場するモデルさんも若干あどけなさの残る顔だったりするね。プリクラの機種名がAROUND20でしょ?ハタチ前後、大学卒業のタイミングに合わせたプリクラからの離反防止っていう狙いもあるのかもね。

キキ こういう見せ方をするプリクラが増えて、「プリクラ=子供っぽい」っていうイメージが徐々に払拭されるかもね。

みっぽ プリクラを撮る大人っていうのも定着するかなぁ。

キキ ハロウィンが特にそうだけど、「有限可愛い」ってイベント性があって若者文化感が強かったじゃん?こうやって「大人のプリ」とか「写ルンです」みたいに大人の参加ハードルも下がっていくかもね。

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