蕨折(わらびおり)

先月見に行った神楽に「蕨折」という演目があって、ひさしぶりに観たのだがとても興味深かった。

話の筋はと言うと、

蕨折の女郎という美しい女が山に行こうとするのだが、川を渡らなければならず、渡し場にいた老人に無理に頼んで渡し舟で渡してもらう。しかし彼女は一日の暇をもらって山に入ったきり帰って来ない。老人は木の根っこのようになってひたすら待つ。近所の樵がやってきたので女郎のことを尋ねるが知る由もなかった。騙されたと知った老人はくやしさのあまり蛇身となり暴れる。が、樵に退治される。

というお話である。

道成寺の物語のように、女が嫉妬や愛欲の念から蛇になるというのは、古今東西よく聞く話だが、男性が蛇になる話というのはあまりない気がする。

また、老いた男が若い女に目が眩んでしまうというのは久米仙人の話を思わせる。しかし「久米仙人」は見初めた洗濯女を妻として地上で生きることになり、何処だったか忘れたが寺社の縁起にもなっていたはずで、ユーモラスだけど不幸な話ではない。

一方この「蕨折」の老人は、女を待ち続けて木の根っこのようになっているところを樵にさんざんコケにされ(その部分は神楽の演出では狂言になっている)笑われた後、怨念から蛇神に変身するもつかの間、呆気なく退治されてしまうのが可哀想といえば可哀想。

だが、退治されてはしまったものの、結末から教訓めいたことは感じなかった。哀れだけどなんか可笑しい、可笑しいけど哀れ、と言うような単純には割り切れない奇妙な感情が残り、それがなんだかすごく印象深かったのである。

#神楽 #民俗芸能 #物語 #蛇身

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