１．英中銀、国債購入策の週内終了を確認

イングランド銀行は、年金基金の窮状を救うことよりも、第一優先はインフレ対策であると考えています。そのため、英国債の購入を続けることは、真逆な政策なので、妥当と言えば、妥当な発表です。

しかし、年金基金の問題が解消されたわけではありません。金利が上昇すれば、追加のマージンコール（追加担保）が求められます。今後も英国債の値動きには注意が必要です。

かつて、イングランド銀行はジョージソロスとの闘いに敗れたことがあります。若い人はあまり知らないと思いますので、その出来事をご紹介します。

２．ブラックウエンズデー

1990年に英国はEC諸国の為替を一定の枠に収めようとする通貨管理体制ERMに参加しました。ERMとはEU（欧州連合）の前身であるEEC（欧州経済共同体）の当時の加盟国が1999年1月のユーロ導入までの移行期間に、各国通貨変動の安定化を目的に採用したEMS（欧州通貨制度）における為替変動を調整する仕組みです。

ジョージソロスは市場の歪みに徹底的に投資する投資家です。ソロスは欧州の通貨市場の歪みを読み取っていました。

英国のERM参加は誤った行動であると考えたのです。

英国の経済は強くはなく、ERMへの加盟は致命的になる。それはERMへの加盟は西欧最強の経済を誇るドイツとリンクすることを意味するからです。その時、ドイツは東西統合を果たしていました。

ドイツと英国経済がリンクするということは、英国は独自の金融政策をとることができなくなります。経済状況に応じて、柔軟な金融政策が取れなくなるのです。

1992年、西欧に金融危機が起きました。英国を含む西欧のいくつかの国の経済は低迷していました。そのため、金利を引き下げる必要があったのです。

しかし、ドイツの中央銀行であるブンデスバンクは、ドイツ以外の国の事情で金利を引き下げることに反対でした。金利を引き下げることによって、インフレが再燃することを恐れたからです。

ドイツはかつての大恐慌によって破壊的なインフレを経験しています。そのため、インフレの可能性がある政策を嫌うのです。

ドイツが金利を引き下げなければ、他国も金利を引き下げることはできません。なぜなら、一方の国の金利は高く、一方の国の金利は低ければ、金利差が生じ、自国の通貨が下落してしまうからです。これは投機的に標的になってしまうということです。

このような事情からERMに加盟したばかりに英国は金融政策を柔軟にとることができず、身動きが取れなくなってしまいました。

危機の前兆が見え始めたのは9月の半ばからでした。イタリアのリラが切り下げられるという噂が市場に流れ始めました。そして、9月13日にリラは7％切り下げられました。

1992年9月16日、暗黒の水曜日の幕が開けました。「英国は景気が悪いにもかかわらず、高く評価されすぎている」と見たソロスは世界中からポンドを借り集め、大規模な空売りを仕掛けました。ポンドが高いうちに売り、切り下げで安くなった頃にポンドを買い戻し、莫大な利益を得る手法です。世界の市場はこの動きに乗りました。対抗したイングランド銀行は大規模な市場介入を行い、ポンドを買い支えました。しかし売り注文の巨大な波が次から次へと押し寄せました。

イングランド銀行はこの日に備えて1900億ポンドの外貨準備をしていましたが、一時間に20億ポンドという猛スピードで投入されていったのです。

ポンドに対する猛烈な売り攻勢を受けたメージャー首相はマイケル・ヘーゼルタイン通商庁長官、ダグラス・ハード外相、ケネス・クラーク内務省ら3閣僚を招集しました。

強いポンドにこだわるメージャー首相は「市場介入だけではもはや無理だ。金利を12％に上げれば投機筋はポンド買いに転じるはずだ」と主張し、閣僚もこれを支持。

午前11時2分、利上げが発表されました。ポンドの堅調さを示そうとした試みです。しかし、ソロスは逆の読みをしました。これは「政府の必死さの表れだ」と。

ソロスはこれまで獲得した利益をさらに注ぎ込んでいきました。

利上げの効果はありませんでした。再び閣僚との話がありましたが、ラモント蔵相の考えは「市場介入の即時停止」でした。ところが、メージャーは介入をやめればポンドはすぐに暴落し、英国はERMからの離脱を余儀なくされる。ERM離脱は政権の命取りになるとして介入継続を主張しました。

そして、メージャー首相、ラモント蔵相、そして、ヘーゼルタイン通商庁長官、ハード外相、クラーク内務省での閣僚会議。

ハード外相は「ERMは長い間、我が国にとって経済面、そして外交面の中心的存在だった。可能な限り残留に向けた努力をすべきだ」と主張しました。しかし、ラモント蔵相は「利上げしてポンド売りが止まる保証はどこにもない。これ以上の利上げは英国経済にとって致命的になる」として介入の即時停止を呼びかけました。結果、ラモント蔵相に同意する者はいませんでした。逆に3％のさらなる利上げが決定して、投機筋に対抗する決定がなされました。

午後2時18分、政策金利が15％に引き上げられました。しかし、市場は「これは強さではなく、弱さだ」と見透かし、さらにポンド売りは加速していきました。

午後3時頃、ドイツが利下げに応じたという噂が独り歩きを始めました。この時、メージャー首相はドイツのコール首相に電話で利下げを強く迫っていたのです。コールは曖昧な態度に終始し、「折り返す」と言ったまま連絡は途絶えました。

用意した外貨準備高は底をつく寸前でした。ドイツは英国ではなく、自国の事情を優先したのです。これで、すべてが終わりました。

メージャー首相は閣僚を集め、「市場介入をやめ、ERMを離脱するしかない」と告げたのです。

午後4時。市場介入停止。イングランド銀行は市場に完全敗北した瞬間でした。

翌9月17日、英国は正式にERMから離脱。変動相場制へと移行し、金利も10％に戻されました。ジョージソロスはこの出来事で10億ドル以上の利益を上げたと言われています。

しかし、英国はこの日以降、ERMやドイツマルクとのリンクから解き放たれ、独自の金融政策を取り戻しました。ブラックウエンズデー後の3年間、実質GDPは平均3.2％と驚異的な回復を遂げました。

3．市場を歪ませているのは？

英国の年金基金は、袋小路です。英国の年金基金が給付する年金は確定給付です。そのため、低金利時代でも一定の安定的リターンを必要としていました。そのために使われたのが金利スワップです。しかも、低金利下で運用成果を出すために、レバレッジを5倍以上かけていたようです。この金利スワップというデリバティブ（金融派生商品）の弱点は、金利が急騰すると、損失も急拡大することです。

その恐れていた事態が、９月２８日に「イングランド銀行ショック」という形で現れたのです。年金基金は損失を埋めるために保有する英国債を投げ売り同然の形で放出。しかも、銀行からの融資の担保に差し入れていた英国債まで、急速な債券価格の下落（金利は急騰）によるマージンコール（追加担保）を支払うために売らざるを得ませんでした。

年金運用を保全するため、英国債を売れば売るほど、マージンコール（追加担保）が膨らみます。英国の年金基金は袋小路に陥ったのです。たまらず時限的措置としてイングランド銀行がインフレ予測性のための利上げを推進しながら、年金基金救済のための英国債購入（量的緩和の再開）という矛盾した金融政策を強いられたのです。

しかし、ここにきて、イングランド銀行も年金基金救済のためだけに動くわけにはいかず、優先されるインフレ抑制に動きました。「３日間のうちにリバランスせよ」と、年金基金に最後通牒を突き付けたのです。

ただ、年金基金に事態を改善する術はありません。この年基金破綻リスクは、まだ続いているのです。そして、期限も切られたのです。

世界の中央銀行はインフレ抑制を優先しており、金利引き上げ、金融引き締めに走っています。そこにイングランド銀行が水を差すような金融緩和策に、IMFは厳しくそれを批判しています。

ジョージソロスから教訓としておかなければならないことは、市場の歪みは投資家に狙われるということです。年金基金が自ら招いた危機に対して、イングランド銀行は介入で助けましたが、それは市場を歪めてしまう行為だったかもしれません。

今後、英国市場は投機筋からも狙われていくものと思われます。英国の年金基金の破綻、そして、英国財政の破綻も、現実に起きうるかもしれない事態となっています。

未来創造パートナー　宮野宏樹
【日経新聞から学ぶ】