20190829タイトル

自民党は地方に何をしたか(第25回参院選精密地域分析Part3)

⭐今回の参院選の結果

「自民党はこんなに地方(田舎)の支持を得ているのか。だったら自民党はもっと地方のための政策をやってほしい。今の政策がそうなっているとはとても思えない――」

下の地図を公表したとき、ある自民党の支持者の方からこうした意見をもらいました。この記事をもって、それに対する返信とすることにしましょう。

■図1. 第25回参院選(2019年)比例代表・自民党得票率


■図2. 第25回参院選(2019年)比例代表・人口密度に対する自民党得票率

自民党が都市部よりも地方で強いことは図1の地図からも読み取ることができますが、図2のグラフのように、横軸に人口密度を、縦軸に自民党の得票率をとって1986個の市区町村を表示すると、その傾向はより明瞭になります。図2のグラフでは人口密度の高い都市部ほど右に位置するので、点が右下がりに分布しているということは、自民党の得票率が都市部で相対的に低く、地方で高いことを意味しているわけです。

こうした自民党の地方地盤について、拙著の『武器としての世論調査』では、都市の労働者が組合を通じて社民や共産に組織されるなか、地方の農村が自民党の基盤となったこと、やがて農業の縮小とともに自民の基盤も弱体化していき、その名残りが今の地方地盤にあたるのだという説明をしました(P.120)。

このように書いた時は当時の選挙の地図化は行っていなかったのですが、今はそれを完了しているので、かつての自民党がどれほど地方で強かったのかということを、ここではっきりと示すことができます。

⭐田中角栄の参院選

■図3. 第10回参院選(1974年)地方区・自民党得票率

上の図3は、田中角栄が総理大臣だったときに行われた第10回参院選(地方区)の自民党の得票率分布です。得票率に対する配色を図1と同じにしているので見比べていただきたいのですが、当時の自民党の地方の強さには少なからぬ人が驚かれるのではないでしょうか。

図3には、決して自民党が伸びた特別な選挙を取り上げたわけではありません。より以前の選挙では自民はさらに強く、この第10回参院選はむしろ改選前の議席をやや下回る結果でした。ですから本当にこの頃の自民党は地方に盤石な支持層を持っていたわけです。

なお、このことについては、当時は比例代表制がなく、現在(図1)とは選挙制度が異なっているため比較が適切ではないという指摘を受けるかもしれません。そこで参考に、図3の9年後にはじめて比例代表制が導入されたときの結果を図4に、その次の回の結果を図5に示すことにします。図4と図5は現在と同じ制度なので直接的な比較が成立しますが、やはりこの時期でも図3と一定の対応があることや、地方の強さを見ることができます。

■図4. 第13回参院選(1983年)比例代表・自民党得票率

■図5. 第14回参院選(1986年)比例代表・自民党得票率

⭐かつての自民は経済成長とともにあった

それでは、あらためて図3(田中角栄の参院選)を振り返ってみましょう。この第10回参院選(1974年)は、高度経済成長(1954~1973年)の直後に実施されたものです。

振り返ってみれば1955年の結党以来、自民党は高度経済成長とともに歴史を歩んできたのでした。この時代、工業地帯は技術革新によって様々な農業機械や肥料・農薬を生産し、それらが農協を介して地方へ普及しました。農業が効率化され、限られた土地で生産を行うのに従来ほどの労働力が必要なくなっていくと、家を受け継ぐ長男はともかくとして、次男や三男は都市部へ集団就職していきます。そうした状況のもとで、地方から都市への人口の移動はありつつも、地方は農業生産力を持ち、多くの地域では人口もまた伸びるという時代が続きました。そのようにして都市と地方がともに発展していった時代が、かつてはあったのです。

その成長期を担った政党こそが自民党でした。高度経済成長が田中角栄の頃に終わったことについては種々の議論がありますが、それはともかくとして、所得を伸ばし、道路を整備し――そうしたことが行われた後の時期の選挙で、田中角栄はヘリコプターに乗って全国を飛びまわり、演説をしたわけです。

そうして、今の暮らしが以前と比べて良くなったと感じる人は、私たちに投票してください、それは私たち自民党がやったことですからと、経済成長の実績を主張されては、野党が太刀打ちできなかったことも頷けます。

⭐都市と地方に引き裂かれた日本

しかし今、都市と地方の状況は当時とは全く違うものになっています。下の図6を見てください。これは2010年から2015年までの人口増加率で、人口が減っている地域を水色や青で、人口が増えている地域を黄色や赤で塗り分けたものです。

■図6.人口増加率(2010~2015年/国勢調査による)

昔は日本の広い範囲で人口が増加していました。人が増え、労働力が増え、生産力が上がり、都市も地方も発展していました。しかし今、それはごく一部の都市に限るようになったのです。国勢調査は5年おきなので、もうすぐ2020年のデータが集まります。そのときこの地図はどのようになるでしょうか。このままだと今は人口が増えている地域も、やがて地方の小都市が、そして地方のより大きな都市が順々に、人口減少に転じていくのでしょう。

このようなことがなぜ起きているのかといえば、人が地方から都市部へと移動しているからにほかなりません。そうした人の移動はすでに述べたように高度経済成長期の頃にもあったものですが、今では地方の一方的な衰退をもたらすものとなっています。

■図7.合計特殊出生率(2010年/国勢調査による)

地方から都市部への人口の移動があることは、たとえば図7の合計特殊出生率の分布からもうかがえます。図6で人口増加となっている都市部が図7で低い出生率にあるのは、ほかの地方から人口の流入があるからです。

こうしたことの痕跡は、地方の人口ピラミッドにも見ることができます。

■図8.青森県の人口ピラミッド(2015年)

図8に示した青森県の人口ピラミッドの、20代の陥没を見てください。10代より20代の人口の方が少ないというのは、青森で生まれ青森で育った若者のかなりが、就職とともに都市部に行ってしまうことのあらわれです。こうしたことは青森に限らず、日本のあちこちの地方で起きています。就職し、新生活をはじめ、多くの消費をするであろうこの世代が流失してしまうことは、地方にとって大きな打撃となっています。

地方から都市への人口移動を別の側面から象徴的に表すものとして、下の図9に最低賃金の分布を示しました。

■図9. 最低賃金(2019年度)

最低賃金にはこの図ような地域差があります。それだけでなく、最賃の伸びは都市部で大きく地方で小さいため、格差はなおも拡大していっています。他方で逆累進性の強い消費税の引き上げは、全国一律で行われるわけです。すると必然的に地方は過剰な負担を強いられていきます。

そうした地方の不利な状況から都市部の有利な状況へと、人の移動が起こっているわけです。こうした移動はまた、地方には就職先がなく、都市部にはあるからおきていると考えることもできます。全国から集めた税金が都市部にばかり投下され、オリンピックをやり、万博をやり、カジノをやり、それにともなう建物を作り、関連する産業が潤う――都市部にはそうやってお金が回されます。

その都市と地方の税金の使い方の結果、政策の結果として、人は都市部へと移動し、地方は激しい衰退にさらされていってしまうのです。人口が減れば、採算の取れなくなった交通機関が撤退ます。維持の難しくなった商店も撤退に向かうでしょう。求人がなければ企業だって撤退していきます。そうすると、若者の就職先はなお少なくなり、地方を捨てて都市部に出ることを強いられます。

人口が減るということは、人がまばらになり、街がスカスカになっていくということだけを意味するのではありません。自治体の税収が落ち、行政サービスが低下し、街はインフラを修復する能力すら喪失していきます。

他方で都市はというと、いま人口が過密になっている都市部では、保育所や幼稚園が足りず、小学校は満員で、病院のベッドも空かないというような状態です。こうした都市と地方のアンバランスは日本の発展にたいして途方もないマイナスをもたらすのではないでしょうか。

先の参院選では消費税が一つの争点となり、10%への引き上げや、あるいは現状維持、減税や撤廃などの議論がなされました。しかしその一方で、税の使い方にどのような方向性を与えるのかという議論がまだ十分になされてはいません。都市と地方の奇形的なまでにアンバランスなお金の使い方を止めないと、例えば逆累進性の強い消費税を引き下げたところで、沈みかけた日本がバランスを取り戻し、回復するとは言えないのではないでしょうか。

⭐自民党は地方に何をしたか

かつて日本には、都市も地方も発展していた時代がありました。しかし今はそうではありません。トランプとの取引のなかでも、都市部の工業・自動車産業のために、地方の農業は売り飛ばされるのです。毎年毎年、何パーセントもの人口が減っていくようになっていけば、売り上げの対象となる人たちがそれだけ減っていくわけですから、地方の商業も大変な状況になるわけです。

地方は犠牲にされています。

だから、地方の人は、考えてください。有権者も、これから有権者となる人も、与党の人も、野党の人も考えてください。地方が犠牲にされている今の状況を止め、都市と地方のバランスを回復させるということを考えてください。

そのためにはこれまでの自民党のやり方を続けてはまずいのです。自民党は平成の30年間、それとはまったく逆行することを行ってきました。しかしこのまま人の流出が続けば、地方の未来はないということは明らかです。この状況を打開したいのなら、地方の自民党支持者はもはや自民党に票を入れてはならないということです。

自民党は地方に何をしたか。この揺るぎない事実がある以上、どんな強固な自民党の地盤でも、その支持層の票は、一票一票、はがしていけるはずです。このままでは地方はなくなってしまうんです、自民の政治が続けば若者の流出が止まらないんです、自民に入れるのをやめてくださいと、角栄時代からの支持層であるお爺さんお婆さんに訴えかけることが可能であるはずです。

そうした主張を前にして、今の自民党は討論の場に立つことはできないでしょう。地方の選挙は、そのような対立軸のもとにたたかわれるべきだと、ぼくは考えます。

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note: みらい選挙プロジェクト情勢分析ノート

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三春充希(はる) ⭐みらい選挙プロジェクト

社会を変革する手段としての正確な政治情勢分析を、誰からも独立して探求しています。著書に『武器としての世論調査――社会をとらえ、未来を変える』(ちくま新書)。自由にフォローしてください。Twitter: https://twitter.com/miraisyakai

世論調査と選挙分析

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コメント3件

新しい分析を楽しく読ませていただきました。1974年の図3の色の濃さには衝撃を受けました。
わたしの実家は群馬の山岳部で、年取った両親だけが住んでいますが、今年中に実家を畳み、都市部に転居することにしたそうです。老夫婦がふたりだけで暮らしていくことは困難になってしまいました。まさに、この分析の通りだと思います。
『武器としての世論調査』熟読させていただきました。いつも素晴らしい分析をありがとうございます。
結局は政治は予算の使い方を決めるという要素が強い。
過疎化が進むような地域に、将来性ある明確な要素が別に見当たらなければ、予算の大量投入は難しい。

象徴的な例としては、国鉄時代末期に多くの赤字ローカル線が廃止されたが、本当にちょっとやそっとで利用者が増えるような状況にない線がほとんどだった。主たる利用客は学生(通学利用)で、それすらも過疎化で暫減傾向。地方の一部ローカル線には景色が素晴らしかったりという魅力はあったものの、立地を考えれば不安定な観光需要などには期待などできない。
結局、近傍の国道整備もあり、多数のローカル線が廃止となった。
ただし、これらの多くは、元来政治的な力をもって建設されるに至った「政治路線」でもあり、それに対する批判があったし、むやみに地方に資金の大量投入というのは、やはり難しい。

>都市部の工業・自動車産業のために、地方の農業は売り飛ばされるのです。
都市部:工業、地方:農業と言うのは正しいのでしょうか?、実際第一次産業の比率が最も高い青森県ですら第一次産業の就業比率はわずか14%で第2次産業の21%の2/3しかありません。その前提でいえばリーマンショック後の円高を放置した護憲4党の主力立憲国民両民主党こそ地方の衰退の原因と言われてもおかしくはないのではないでしょうか?あの時代、地方の工場が撤退し良質な雇用が失われ、スーパーでは海外産の農産品が多く出回りました。今地方から人口が流出する背景の少なくない前提はあの時期に出来ています。デフレと言うと昭和初期の金本位制復帰により「欠食児童」「娘の身売り」と言う悲惨な光景が繰り広げられ、戦争につながりました。それを考えると東北でいまだに護憲4党が礫投げられないのが不思議にすら感じます。
http://blog.livedoor.jp/brothertom/archives/39689095.html
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