深読みで楽しむDetroit:Become Human (27) なぜデモをするのか? そこに問題があるからだ。

はじめに
 本記事はDetroit: Become Humanを最低でも1度はクリアした人向けの、本編ネタバレ満載の内容となっています。さらには本編の内容を直接解説した部分が3割くらい、残りの7割が深読みと邪推とこじつけで構成されています。以上の点をご了承の上、お読みください。

「自由への行進」シノプシス
 マーカスは他のアンドロイドたちとともに、自由を求めるデモ行進を実行して人間たちの理解を求めることにする。大勢のアンドロイドが平和的に行進する風景は耳目を集めるが、駆けつけた警察が解散を求める。


分断と融和の歴史
 フランスの南西部、アキテーヌ地方に、フランス10大都市の一つボルドーがあります。皆さんご存知ボルドー・ワインの産地であるここは、かつて「エセー」の著者ミシェル・ド・モンテーニュが市長を務めた都市であり、第二次大戦下のレジスタンス活動の拠点でもありました。さらに遡れば、カトリック勢力とカルヴァン派プロテスタント(ユグノー)の間で争われたユグノー戦争の前線地域でもあり、イングランドとフランスが争った百年戦争の舞台となったのもこの地域です。
 モンテーニュの居城は今も(個人所有で)残されており、中を見ることができます。私が訪問した時は、案内役の方を待っている間に庭師さんが敷地を案内してくれました。裏庭からは穏やかな農村地帯の風景を眺めることができるのですが、そこに長く伸びる道を指差して、庭師さんが言ったのです。
 「あの道は、いつもフランスを分断していました。あの道が、イギリス側とフランス側、ユグノーとカトリック、自由フランスとヴィシー政権を隔てていたんですよ」
 フランスが一つの国っぽくなったのは、「三銃士(ダルタニャン物語)」にも登場する枢機卿リシュリューの力に依るところ大です。リシュリューはユグノー(カルヴァン派プロテスタント)との和平を成し遂げ、絶対王政の基盤を作り、国立のフランス文明監督機関とも言えるアカデミー・フランセーズを設立して正調フランス語を定め、フランスという国家のアイデンティティ構築に大きく貢献しました。逆に言えば、それまで、フランスは常に内戦・内紛を繰り返していたのです(これは、他の多くのヨーロッパの国にも言えます)。

 屋上にマーカスの様子を見に来たノースは、「人々は内戦(Civil War)が起きるのではと恐れている」と話します。
 アメリカでCivil Warというとマーベル映画……ではなく南北戦争のことを指しますが、逆に言えばアメリカは、白人が植民し、イギリスから独立して以来、南北戦争以外に「国内で」大きな戦いが起きたことはなかったのです。先住民に対する侵略戦争やテキサスをめぐる対メキシコ戦争はありましたが、あれはあくまで対外拡大戦争ですからね。
 一方、フランスでは、というかヨーロッパでは、国内で戦いが起きるのは当たり前のことでした。同族であり身内であり、場合によっては先日まで仲良く暮らしていた隣人が突如、敵になることは、近年でも冷戦終結に伴う東欧諸国の崩壊と内戦として身近に経験しましたし、先日の英国のEU離脱(とそれに伴うイングランド以外の英国地域の反発・連合王国離脱運動)も同様のニュアンスを持ちます。だからこそ「大EU」という理想が掲げられたとも言えます。
 カムスキーは「戦争(War)」、つまりもともと敵対しているもの同士の戦いと言いましたが、ノースは「内戦(Civil War)」、つまり本来は一つであるべき身内の戦いと表現しました。なにげに、カムスキーのほうがアンドロイドと人間を対立させた見方をしていて、ノースを含むアンドロイドはむしろ自分たちを人間社会の中においているというのは、なかなか面白い部分だと思います。

 実のところ、この章のモブの会話をよく聞いてみると、ジェリコ組のやけに悲壮なそぶりや戦争だ内戦だというもの言いに対して、アンドロイド寄りの人は案外多いのがわかります。
 スタート地点の人々の会話を聞いていると、若者グループには「でもアンドロイドって十分人間らしいじゃん。だったら人間の権利を認めてあげてもよくね?」みたいな会話をしている人たちがいます。一方で、「あたしの(女性型)アンドロイドにエッチなことするんじゃないわよ」「ちょっと触っただけじゃん」「あの子(her)のお尻をモミモミしといてそれ?」「アレ(it)のことをあの子(her)って呼ぶなよ、気持ちわりい」「あんたのほうが気持ち悪いわ」みたいなやりとりをしているカップルもいます。アンドロイドに人格を認めている、あるいは人格を投影している人は、存外多いようです。
 また、キャピトル・パークで警官を殺していない場合は、デモを見ている人たちから「応援してるぞ!」「アンドロイドにも権利を!」と全力で応援のヤジが飛んできます(警官を殺している場合は、このヤジが「仕事に戻れクソ野郎!」「戦いたいのか?やってやるぜ」と攻撃的なものになります)。マーカスを一人の自由人として育てようとしたカールや、コナーに人間らしい振る舞いを求めるハンクだけでなく、アンドロイドの人間性を認めている人って意外と多いんですね。だからこそ平和ルートが成立するわけですが。

なぜデモをするのか?そこに問題があるからだ。(なお解決はない模様)
 この章の「Freedom March」というタイトルは、おそらく公民権運動の大きなマイルストーンであり、キング牧師の「私には夢がある」の演説が行われた「ワシントン大行進」、さらにはこの時代に始まった奴隷制度の廃止を求める/祝う行進イベント(通称Freedom MarchとかMarch for Freedomとか呼ばれる)を念頭に置いています。しかし、フランス人はアメリカ人とかアメリカの歴史とかと関係なく、とにかくデモが大好きです。
 数年前にネットではやった、「国別問題解決法(International Guideline for Problem Solving)というミームを覚えていらっしゃる方はいらっしゃいますでしょうか。

 問題が起こった時の対処法をネタにしたお国柄ジョークですが、左側の一番下がフランスとなります。簡単にいうと、「問題が起きる→とりあえずデモやろうぜ!→ぐだぐだのうちに問題が増える」。
 ちなみにこれを作ったのはフランス人デザイナー。お国柄ジョークをぶっ込む時は、他国をあざ笑うだけでなく、自国も思いっきりこき下ろすのが、お国柄ジョークの大好きなヨーロッパ人のバランス感覚です。

 「国別問題解決方」は一応ジョークではあるんですが、実際のところフランス人は欧米でも有数の、というかほぼ唯一の、「困ったらとりあえずデモする文化」の国です。労働組合がデモをする。ネオナチがデモをする。フェミニストがデモをする。LGBTがデモをする。アンチLGBTがデモをする。失業者がデモをする。医者がデモをする(いつもやってる。ストもやってる)。パイロットがデモをする。移民系市民がデモをする。不法移民もデモをする。ついでに不法移民を応援する市民がデモをする。寡婦がデモをする。大学生がデモをする。高校生がデモをする。ちなみに高校生のデモは「成績の悪い学校の補習授業にもっと金をよこせ」だったりします。彼らのデモは町の人たちに大人気でした。
 フランスにいた当時、スウェーデンの大学院の先生に、「フランスでは高校生がデモをしてるんですけど」という話をしたら、ハァ?みたいな顔をされたのをよく覚えています。今でこそグレタ・トゥンベルィさんの「未来のための金曜日」が世界的なムーブメントになっていますが、ちょっと前までフランス以外だと中高生がデモやらストライキってのは異常だったんです。なお、スウェーデンの子どもはデモはやらないけど政治活動はするよ。学校でも政党を呼んだり政治的なテーマを選んでディベートしたりするよ。インドア派なだけで、結局フランスと変わんねえな?

 高級カフェでアフタヌーンを満喫中に目の前の道をデモが通ると、エレガントなマダムすらおもむろに席を立ってビラをもらいに行くのがフランス人仕草です。どんだけデモが好きなんだ。私は官庁が多いエリアに住んでいたことがあるのですが、だいたい週に1回はデモでバスの一部路線が止まってました。もはや生活の一部です。
 今回の「行進」の途中、警官が「これは違法なデモなので解散しなさい」と命じますが、基本的にデモは警察に届け出て行うもので、警察は規模に応じて道を通行止めにしてあげたりします。バスが止まってしまうのもこれが理由で、パリ市交通局のウェブサイトでもデモで使えなくなる路線が事前にわかりますし、バス停にもちゃんとあらかじめ「この日はどこからどこまでデモがあるので、この路線はここからここまでが止まります/迂回します」という情報が張り出されています。最近は交通局の公式サイトに情報が出ていたりします。
 流石にアンドロイドがデモの申請をしても受け付けてもらえないでしょうから、マーカスたちのデモが認可なしの違法なものになってしまうのは仕方がないのですが、警官がある意味アンドロイドに人間のルールを守るように訴えているというのは面白いところです。

 一方、デモをする側もデモをする側で、しっかり訓練されています。2006年のCPE法(若者の雇用は短期間で理由なく解雇できることにするという労働法改正)でフランスが荒れた時には、パリの法学部で唯一ストライキを敢行した大学に在籍していたのですが、学内メールで「いつ、どこからどこまでの経路でデモやります。参加のしおり(警察の任意聴取への対応などがまとめてある)ちゃんと読んでねー」みたいな連絡がよく回ってきました。ほんとこいつらデモのノウハウだけはしっかり作ってんなーと思ったものです。
 ちなみにこの大学、あのショーンK先輩が在籍していたことになっていた大学です。なんでここ選んだし。先輩の経歴的にはどう考えてもパリ第2(経済・法律で有名なパリで最も保守的と言われる大学)でしょ!パリで唯一学生自治が機能していて、サンドニ、ナンテールと並んで左派活動家の多い第1は絶対違うでしょ!なんでもオープンキャンパス的な何かに参加したから、とかいう理由で騙ったらしいですが、嘘に徹しきれない先輩はとても可愛いです。

人民の、人民による、人民のためのなんちゃら
 一方、We are peopleという言葉は、近代史上の別の出来事を思い起こさせます。正確にはWe are the people(Wir sind das Volk) という言葉だったのですが、これは1989年10月9日、当時東ドイツ第2の都市であったライプツィヒで始まったデモの標語でした。
 思い起こせば80年代末、ミハイル・ゴルバチョフによるソビエト連邦での改革(ペレストロイカ)路線と情報公開(グラスノスチ)政策に端を発した国際情勢の変化は、1989年に東欧諸国の共産党政権崩壊という形で一気に雪崩を起こします。
 それでも一党独裁体制を維持しようとした東ドイツ(当時)では、もともと1982年ごろから毎週月曜日に「平和の祈り」として始まり、のちに体制批判の集会となった「月曜デモ」という社会運動がありました。1988年に一度は当局に禁止されたこのデモですが、89年10月7日の東ドイツ建国40周年記念日に合わせた抗議活動が弾圧され、3500人が逮捕されたことを受けて、翌月曜日の10月9日に大きな盛り上がりを見せます。ライプツィヒでは人口50万のうち7万人が集まる規模となり、ここで上がったスローガンが「Wir sind das Volk」、つまり「我々は(民主主義国家の主権者たる)民である」というものだったのです。

 チャーチルが「鉄のカーテン」と形容した、東西ヨーロッパの断絶。特にベルリンは第二次大戦後、地理的には東ドイツに位置しながら、西半分が西ドイツの飛び地として残され、孤立していました。当初は移動が自由だった東西ベルリンでしたが、東ドイツからの亡命ルートとして使われすぎたために東ドイツが境界線を封鎖し、壁を築き上げます。これが、有名な「ベルリンの壁」です。
 ライプツィヒの人々が「主権は我らにあり」と叫んでからわずか1カ月後の11月9日、東ドイツ政府はついに折れ、壁によって閉ざされていたベルリンを含め、全土で国境通過の制限を撤廃しました。これが俗に「ベルリンの壁崩壊」と呼ばれる出来事です。ほぼ1年後の1990年10月に東西ドイツは統一され、翌91年にはベルリンが新ドイツ連邦の首都に定められました。数年前まで続いていた冷戦からの、この恐るべきスピード感は、その時代を生きていなければ想像しづらいかもしれません。
 その後、ヨーロッパの経済の中心地となった統合ドイツは、「一つの欧州」理念の成功例、分断克服のお手本として、ヨーロッパ人の心に深く根を下ろしているのです。

 かつて、リンカーンは「人民の、人民による、人民のための政府が、この世から消えることがあってはならない」と演説し、黒人奴隷の解放を成し遂げましたが、一方で先住アメリカ人(インディアン)の虐殺には積極的でした。旧共産圏の国々の多くも「民主主義」や「人民共和国」を克明に掲げ、すべての人の平等をうたった一方で、官僚主義と腐敗により人民の困窮を生み、信頼を失って崩壊していきました。民とは何か、主権者とは何かという問いは、時代によって揺らいでいくものなのでしょう。
 アンドロイドたちが、自分たちを民(People)であるというのは、単なる民族、人種であるということではなく、主権者であることの訴えと理解した方が、全体の流れから見て自然です。定冠詞(das/the)が外れるのも実に自然なことで、元の東ドイツでは定冠詞がつくことで「独裁政権は国の主権者ではない。われわれ民衆”だけが”唯一にして本来の(the)主権者である」というメッセージを発しているわけですが、DBHのアンドロイドたちは「人間という主権者が存在し、それを認めた上で、我々"もまた"同じく主権者である」と訴えかけているわけです。実際に、フランス語でこのスローガンは民(peuple)の前に不定冠詞をつけて「Nous sommes un people(我々もまた「一つの」民である)」という形になっています。
 と同時に、彼らが二つに引き裂かれたドイツ統一のスローガンとなった「我々は民である」という言葉を支配者である人間の前に高らかに掲げるのは、製作者側が融和の成功例であるドイツに、人間とアンドロイドの統合、融和のビジョンを託しているからなのかもしれません。まあフランス人はドイツのこと大っ嫌いだけどそれはそれ、これはこれ。

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