深読みで楽しむDetroit:Become Human (19) アンドロイドがもたらすセクシュアル・ヘルス&ライツの変容

はじめに
 本記事はDetroit: Become Humanを最低でも1度はクリアした人向けの、本編ネタバレ満載の内容となっています。さらには本編の内容を直接解説した部分が3割くらい、残りの7割が深読みと邪推とこじつけで構成されています。以上の点をご了承の上、お読みください。

「エデンクラブ」シノプシス
 コナーとハンクは、殺人事件の報告があったアンドロイド売春宿「エデンクラブ」を訪れる。絞殺された被害者と同じ部屋には、破壊されたアンドロイドが1体残されていた。コナーはアンドロイドを緊急再起動し、被害者を殺したもう一体のアンドロイドを追跡する。

社会問題解決の視点でセクサロイドを考える
 ロボットやアンドロイドのうち、人間との性交を行う機能を持っている機体(しばしば、人間の性的欲求を満たすことが主要機能となっている)のことをセクサロイドと呼びますが、エデンクラブに配置されているアンドロイドたちはまさにこの分類に該当します。なお、前後の雑誌などの情報を見る範囲ではセクサロイドの一般販売はされていないようですが、プロモーション映像のカーラはセクサロイドであることを自らの機能説明で語っています。
 個人的には、セクサロイドはアンドロイドの中でももっとも有用な種類に挙げられると思います。というのも、公衆衛生と社会秩序の両面で、メリットが多くデメリットが少ないからです。
 性行為というのは人間が日常行う行為のなかでは唯一、他者との粘膜接触が発生するものです。これ以上他人の内臓に触れる機会なんて医療関係者じゃなきゃねーわけですよ。粘膜っていうのは内臓のうち体の外に接触する部分な訳なんですけど(胃の中が内臓的に見ると体の外だとかいう話、多分みんな「はたらく細胞」で学んだよね!)それはつまり感染症などの外敵に晒されやすいということでもあります。だとすれば、粘膜が直接接触しなければ、性行為はめちゃくちゃ安全になるわけです。
 コンドームはこの発想に基づき、性的接触を行う両者の粘膜の間に薄いカバーをかけることで性感染症の感染を減らすための道具です。日本ではほとんど男性用しか知られていませんが、女性用コンドームというものも存在します(余談ですが、避妊手段としてコンドームの避妊成功率は比較的低く、国際的な医学会では効果的な避妊法とは見なされていないそうです) 。しかし、そもそも性的接触を行う側のどちらかが粘膜を持っていなかったとしたら?性感染症の危険性は(わざと病原菌をそれ用のバイオフィルムでも作って仕込むのでもない限り)ゼロになるじゃないですか!すばらしい!
 もちろん、片方が人間でなければ、望まない妊娠のリスクもありません。現在、開発途上国での中等教育の課題として、「性に関する知識を持っていない女性たちが、(しばしば年上でお金持ちの男性と)性交渉を持った結果、望まない妊娠をしてしまう」というものがあります。その結界、最悪のケースでは危険な中絶(それこそ棒を子宮に突っ込んで引っ掻くとか、農薬を飲むなどというレベル)で死ぬ、一番マシなケースで相手の男性と結婚させられて学校を中退、よくあるのは男に捨てられ、学校も中退してシングルマザーとして日銭を稼いで生き延びるなんてパターンに陥ります(ちなみに日本も性教育が、下手したらアフリカの国々と変わらないレベルで行われていない国なので、高校生が妊娠して学校を中退させられることが時折あるそうです。ひでえ話だ)。
 命の危険こそないものの、望まない妊娠で男性側が人生設計を変更することも、それなりにあるでしょう。片方がセクサロイドだったら、一発でこの問題は解決できるわけですよ。だって、セクサロイドとの性行為は、生殖行為ではないんだもん。
 もちろん、「社会的ステータスのために異性を口説き落とす」というパターンからの望まぬ妊娠・中絶問題は、セクサロイドがいても解決できないのですけど、「性欲を満たすためだけならより安価・安全・高満足度なオプション」としてのセクサロイドは社会問題のいくつかを解決しうる、すごい可能性のある道具だと思うのです。
 
セックスワークにおける雇用のミスマッチ
 そもそもセックスワークは、根本的に雇用のミスマッチのもとで成立している職業です。「私はセックスしてお金を稼ぐことにずっと憧れていて、これを天職だと思ってるし待遇も最高です!」というセックスワーカーはいたとしてもごくごく少数でしょう(強い野心を持って、あくまで手段として効率的だから選ぶという人なら、多少いるのかもしれません)。基本的には、他に稼ぐ手段がないか、事情があって一定金額を迅速に稼がなくてはならない人が、止むを得ず就くことが多いはずです。特に日本において、貧困シングルマザーを社会制度(養育費支払い制度や社会保障など)が適切に捕捉できていないがために、セックスワークが「収入と子育てを両立するためのセーフティーネット」と化していることが、近年指摘されてきています。
 そもそも労働経済学的に考えると、アンドロイドというのは雇用ミスマッチを埋める「人材(Human Resource)」です。まあ人じゃないんでHumanじゃない、ただのResourceなんですが、Humanがやりたがらない3K労働なんかを、Humanがやりたがらない給料(ぶっちゃけ初期投資以外は限りなくゼロ)でやるResourceとしてみるべきなわけです。雇用ミスマッチには職種や給与以外にもミスマッチが起きるポイントはいくつかあるわけですが(性格・意欲、資格・経験など)、アンドロイドは単なる人手不足を解消するだけでなく、必要な雇用に対して柔軟に最適なResourceを供給できるという意味では理想的な労働力の供給源であるということができます。
 そして、この「雇用ミスマッチの解消力」の側面は、本質的に雇用ミスマッチから逃れることのできないセックスワークに対しては、極めて効果的に働きます。そりゃそーだ。本来存在しえない、「セックスワークを天職とする人材」が現れるわけだから。
 アンドロイドがセックスワークに就くようになれば、当然ながら人間がセックスワークについた場合の給与水準も変化します。コモディティ的なセックスワーク(「誰でもいいからヤりたい」という欲求充足のためのセックスワーク)の価格は下がる一方で、「特定の条件を満たした人間との性行為」という付加価値的なセックスワークの価値は維持されるか、価格が上昇するでしょう。もっと平たくいうと、人間のセックスワーカーは、かつて歴史上に存在したような「高級娼婦」としての付加価値を持つ者のみが生き残り、それ以外はアンドロイドに価格面から淘汰されるということです。実際のところ、起きることは他の職業におけることと変わらないわけですが、女性に対する「体を売れば稼げる(から女性は恵まれている)」という差別的な言説・圧力が淘汰されるという意味で、セックスワークへのアンドロイドの導入は人権保護の側面を持つことは注目すべきであろうと思います。それは、前段で述べたような、「セックスワークに伴う、女性セックスワーカー特有の健康リスク(意図せぬ妊娠・中絶)の減少」という結果ももたらします。
 
女性の権利か、アンドロイドの権利か
 こうしたことを考えると、ハンクのセリフ「誰もが人間じゃなくアンドロイドと関係を持ちたがる」というのは、実に男性的な目線であることがわかります。確かに男性からすれば、セックスの相手がアンドロイドだろうが人間だろうが、その違いは「アンドロイドなら性感染症のリスクなく中出しできる」くらいしかありません。しかし、女性目線で見ると、アンドロイドのセックスワーカーは女性を性感染症のリスク、妊娠・中絶のリスク、さらには単純に暴行のリスクといったさまざまなリスクから解放し、なおかつ性を楽しむことを実現してくれる、夢の存在とも言えるのです。実際にこの章の「事件」で1体のトレーシーが「殺されて」いることは、膂力の劣る集団としての女性が常日頃から晒されている「性別に基づく暴力(Gender Based Violence)」をものがたります。1体のトレーシーが壊されることで、殺されなかった女性が一人いるということでもあるのです。
 日本ではまだあまり普及していない人権概念の一つに、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツというものがあります。これはいわば性的自決権とも言えるようなもので、全ての人(とはいえ、主に女性を想定)が子どもを産むか産まないかを自分で決めることができる権利と、性的にも健康で満ち足りた生活を送ることができる権利です。
 多くの社会では、男性の性的欲求の充足は議論の対象となりますが、女性についてはせいぜい「男性から求められても断る権利の有無」が議論される程度で、女性の性的欲求はそもそも「ないもの」として扱われてきました。言い換えれば、性生活において女性はあくまで男性の欲求を受け止めるものであって、自主的に行動することはないという神話が存在し、いまでも「女性のセクシュアル・ライツに答えるイノベーションは猥褻で非倫理的」という評価される風潮があります。その考えに真っ向から挑戦したのがこのセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツという概念なのですが、誕生から25年経つ今も社会的に認知されたとはいえません。セックスワーカーとしてのアンドロイドはすでに現実でも開発が進んでいますが、実現すればこの分野の議論を一気にひっくり返すポテンシャルがあるだろうと、私は考えています。
 
 当然ながら、このあたりの議論はセクサロイドには人権が存在しないことを前提としたものです。DBHのテーマは「アンドロイドと人権」な訳ですが、もしアンドロイドに人権が与えられるとなると、「セクサロイドの登場によって推進されたであろう、DBH世界における女性のセクシュアル・ライツ」は当然後退せざるを得なくなるはずです。
 ホモ・サピエンスの女性の権利と、アンドロイドの権利は両立できるのか、もしできないとしたらどのような優先順位がつけられるのか。DBHではあまり語られることがなかったこの議論ですが、現実にアンドロイド技術が発展していけば、きっと避けることができない(にも関わらず、かなりの確率で他の議論の中に埋もれていく)ポイントになるのでしょう。

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