深読みで楽しむDetroit:Become Human (22) アンドロイドと煙は高いところにのぼる

はじめに
 本記事はDetroit: Become Humanを最低でも1度はクリアした人向けの、本編ネタバレ満載の内容となっています。さらには本編の内容を直接解説した部分が3割くらい、残りの7割が深読みと邪推とこじつけで構成されています。以上の点をご了承の上、お読みください

『ストラトフォードタワー』シノプシス
 このまま隠れていてはらちがあかないと判断したマーカスとジェリコのメンバーは、ストラトフォードタワー最上階の放送スタジオを乗っ取ってアンドロイドの解放を求めるメッセージを発信することにする。

私が死んでも替わりはいるもの
 フランスでは久々の大規模ストライキが盛り上がっている今日この頃ですが、皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。
 規模的には1995年の、年金制度改革および私立大学設立に対する大ストライキに匹敵する勢いになってきた2019年度のゼネスト旋風ですが、実のところああいうのはちょいちょいやっているので(10年に一度くらいは似たようなことがあります)、いうて「いつものことやんなあ」と笑ってしまうフランスオタがこちらです。この程度で「パリは本当に花の都なのか?」と疑問を抱くようなド素人は、所詮はフランスに勝手な幻想を抱いた挙句適応障害を起こすパリ症候群予備軍ですので、今すぐ家財道具をまとめて日本にお帰りになることをお勧めします。
 基本的にフランスは薄汚え酔っ払いと暴力の国で、パリは犬のクソとタバコの吸い殻の都です。でも、そんなクズい中にも、ほんの少しだけまともなところがあるから見放せないんです。以上、フランスに魂を売ったアナーキストからのお知らせでした。
 ちなみに1995年ゼネストのきっかけとなった「私立大学設立反対」の趣旨は、「私立大学ができて金にモノを言わせて優秀な教授を招聘するようなことがあれば、金持ちだけが優れた教育を受けられるような事態が起こり、貧富の差による教育機会の格差が生まれるので容認できない」というものだったそうです。文部大臣の「身の丈」発言やらが飛び交う国に住んでいると、こういう青臭い理想論を堂々とぶつけてくる学生たち(発端は学生たちの運動だそうです)が、眩しく感じられますよね。
 
 余談はさておき、マーカス編はここからいよいよフランス文化の真骨頂、デモに明け暮れる展開となります。フランス人は、欧米でも特異なデモ大好き民族です。とりあえず困ったらデモをする。なにかあったらデモをする。そして問題は片付かない……と揶揄されることも多いのですが、不満があったら黙っちゃいねえぞの精神は革命以来の「成功の法則」として、フランス人の魂に刻み込まれている感があります。
 ただし、彼らの中での「成功」の概念は、必ずしも華やかで圧倒的なものではありません。
 今回の一連のデモで、オペラ座のアーティストたちが劇場前でパフォーマンスをしていたのですが、特にオペラ・バスティーユではオペラ座歌劇団のミュージシャンたちが国歌とともに歌った曲が、第二次世界大戦で対独レジスタンスの国歌と呼ばれた「パルチザンの歌」です。

 このビデオクリップは、かっこいい方のフランス人像全開なわけですが、歌詞をよく聞くと「あいつら絶対殺しちゃるわ、この戦いは高くつくから覚悟しとけよ」的な戦意丸出しの勇ましいフレーズに続いて「世界にゃ布団の中でぬくぬくと夢見てる人がいるってのに、俺らはここで殺し合いしてのたれ死ぬ」とか、「友よ、お前が死んでも替わりに別の同志が立ち上がるだろう」などという、どこか悲観的な言葉が綴られます。楽天的なのか悲観的なのかはっきりしろよ。
 この、「俺らは正しい。だから絶対勝つ。でもそのためにはめっちゃ犠牲が出るし、犠牲になるのは俺かもしれない、君かもしれない。それでもやらなきゃいけないことなんだ。なぜなら俺らは正しいし、いずれは絶対に勝つから」というメンタル、悲壮な覚悟と楽観的確信を一括りにしたがるのは、アメリカ独立戦争(=フランス革命の前)以降、一度も戦争には勝っていないのに、なぜか気がついたらだいたい戦勝国側にいるという歴史がもたらした認知の歪みなのかもしれません。しかし、結果論とはいえ、「自由・博愛・平等」というフランスの国是が、情けないほど負けが込んでも最後に勝利してきたのは事実なのです。だからこそ、彼らはどれだけ血を流しても、代償を支払っても、フランス的価値観を守るために戦い続けるように教育されていますし、高校生が「成績悪い学校の補習にもっと予算をつけろ」と言ってストライキしたり、大学生が「自治政府作るぞオラア!」とかいって校舎を閉鎖したりするわけです。
 にしてもほんとお前ら高いところ好きだな(ビデオクリップを堪能しながら)

ネットしゃかいはわるいぶんめい
 さて、「アンドロイドにも自由・博愛・平等を」と求めるメッセージを発信するのはいいとして、なぜわざわざテレビ局を全員で強襲することにしたのか。答えはゲームだからでいいと思うのですが、そもそも彼ら(特にマーカス)、ひと睨みで機械を乗っ取れる能力持ちなんですよね。そんなん、もっと足が付きづらい場所からネットワーク経由で電波ジャックしてしまえばいいじゃん。なんでわざわざ見つかる危険冒すねん。
 やはりここにも、フランス革命以来の「人が動く」ことへの盲目的な信仰があるのかもしれません。フランス人は保守派も革新派もとにかくデモをします。毎年のメーデーには、パリでは労働組合を中心とする左派がレピュブリック(共和国)広場から革命の象徴であるバスチーユ広場やナシオン(国家)広場までデモ行進と言う名のお祭り騒ぎをする一方で、いまだに存在する王党派やネオナチなどの極右勢力はピラミッド広場のジャンヌ・ダルク像まわりを行進するのが風物詩となっています。右も左も大人も子どもも、言いたいことがあればとにかく人前に繰り出して騒ぐ。ツイッターでバズったからって宣伝とかしてる場合じゃねえぞ!
 フランス人というのはとにかく「対面でしゃべり倒す」ことにものすごく執着する民族で、なんなら他人の話の腰を折ってでも話すのがマナーという、ちょっと頭おかしいメンタリティーを持っています。社会言語学の実験で、アメリカ人とフランス人を同じ部屋に入れといたら、アメリカ人は仮にも他人が話し終わるまで(文の終わりまで)発話を待つのに対して、フランス人は他人が話し終わる前にガンガン割り込むために、ほとんどフランス人だけが話していたという結果が出たことがあります。たとえ相手の話を聞く気がないとしても、ちゃんと聞き手がいなければコミュニケーションは成立しないと思っているのかもしれません。いや、人の話は聞けよ。
 実際には革命以来、ゴシップから対独プロパガンダまで、身元を隠してメッセージを発信することもしばしば行われてきました。たとえばフランス革命に至るまでの反王政世論は、匿名で発行された大量のゴシップ小冊子が作ったと言われていますし、人文社会分野で名作を多数出版している真夜中出版社(Les Éditions de Minuit)は、ドイツ占領下の反独・反ヴィシー政権の作品を発行する地下出版社としてスタートしています。頑張ればフランス人も一人でできるんです。でもやっぱり地下より地上でパーっと行進するほうが性に合うんですかね。奴ら基本的にパリピですからね。パーティーで初対面の人に支持政党を聞くタイプのパリピですが。なお、支持政党を聞くのは派閥とか仲間・敵を探すためではなく、あくまで話のとっかかりだそうです。
 余談ですが、マーカスたちに乗っ取られるChannel 16はただの「16番」ではなく、ニュースやスポーツなど、テーマ別に複数のチャンネルを持っていることが、1階エレベーター前のスクリーンでわかります。フランスでは初の民間テレビ局であるCanal+、アメリカだと大手ネットワークのCBSやFoxなどがこうした「テーマ別チャンネルを持つ放送グループ」に当たりますね。

サイモンなんですぐ死んでしまうん?
 この章では、今後につながる大きな選択肢の一つがあります。サイモンと世論のトレードオフです。世論を味方につけるために犠牲者を出さないようにしようと思えば、サイモンは必ず怪我をして置き去りにせざるを得なくなりますし、逆にサイモンとともに無傷で脱出しようと思えば、警備に報告しようと逃げ出すスタッフを射殺しなければなりません。
 サイモンはシステム的にとても面白いキャラで、コナー編でもマーカス編でも「こいつを殺せばうっかりゲームオーバーは回避できる」という便利なポジションに置かれています。ここでサイモンを屋上に残して行けばコナーがジェリコに向かう手がかりを見つけることができるようになりますし、マーカス編では「他のキャラクターとフラグを十分立てていない場合に代わりに死亡することでゲームオーバーを防ぐ」という役割を果たすんですよね。どちらも、よほど悪手の選択肢を積み重ねなければ発生しないルートなのですが、その分「どうしても詰みそうになった時はとりあえずこいつを犠牲にして罪を回避すればいいや」的な位置付けを感じてしまいます。ゲームの冒頭でどうがんばっても破壊されるダニエルと同型機(しかも顔まで一緒)でもあり、両者が属するPL600は速攻で型落ちになってしまったというエピソードからも、間が悪いやつなんだなあと親近感を感じざるを得ません。
 ちなみに、同型の中古機がもう一体、カーラが修理されていた中古アンドロイドショップにいるらしいです。お前も売られたんか、かわいそうに。個人的には、自分用にアンドロイドを買うなら一番欲しいのはサイモンです。だってほら、一番安心していろいろ任せられそう(野心もなさそうだから)って感じしません?

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