深読みで楽しむDetroit: Become Human (16) ようこそ死体工場へ

はじめに
 本記事はDetroit: Become Humanを最低でも1度はクリアした人向けの、本編ネタバレ満載の内容となっています。さらには本編の内容を直接解説した部分が3割くらい、残りの7割が深読みと邪推とこじつけで構成されています。以上の点をご了承の上、お読みください。

【「ズラトコ」シノプシス】
 カーラとアリスは、通りすがりのアンドロイドに教えられた「ズラトコ」の家を訪れ、助けを求める。ズラトコは快く協力を申し出、カナダへの逃亡を勧める。安全な逃亡のためには体内の追跡機を無効化する必要があるというズラトコの言葉を信じ、カーラは彼の手を借りる。

理解不能な”隣人”
 ズラトコは「旧ロシアの貴族の末裔」となっていますが、実はズラトコというファーストネームはあまりロシア系に多いものではないようです。南スラブ(クロアチアを始め、セルビアやマケドニアなど旧ユーゴスラビア)で主に使われる名前です。まあ、フランス人からするとポーランドより向こうは異世界、旧ソ連はもはやアジアなので、我々が欧米人の名前の区別がつかない程度にはその辺適当に選んだのかもしれません。あるいは、知り合いの東欧系に、たまたまそういう名前の人がいたのかも。
 フランスには昔からそこそこロシア系難民がいますが(フランス革命でフランス貴族がロシアに逃げて、ロシア革命でロシア貴族がフランスに逃げてくる程度の仲)、ユーゴスラビア難民は冷戦終了後、少し期間を置いて、ユーゴスラビア内戦の期間に増えました。フランスの外人部隊は身分証明書なしで入隊でき、任期満了後はフランス国籍がもらえることから、「フランス外人部隊の構成を見ると、世界のどこで危機が起きているのかわかる」と言われることがありますが、ソ連崩壊後にロシア人の入隊が増え、その次にユーゴスラビアからの入隊者が増えた、ということがあったそうです。ピクシーことサッカーの名選手ストイコビッチ氏も、ユーゴからフランスに移ってパリに家を買ったクチですね。

 EUが東欧諸国まで加盟国を拡大し始めてから、旧EU諸国は経済状況や価値観の違いに頭を抱えています。英国の脱退を招いた域内移民問題もそうですが、東欧諸国が思いの外保守的だったことも誤算の一つです。特にポーランドは人種差別(特にユダヤ人)や同性愛差別を理由としたヘイトクライムや殺人が頻繁に起きており、ハンガリーを筆頭に難民受け入れを断固として拒否するなど、西欧社会が前提としていた人道主義、多様性が実はそこまで人類共通の価値観でなかった現実は、知識人層を中心に衝撃を与えています。とはいえ、それを理由に東欧(特にポーランド人は、それこそ「安い賃金でもともとの市民の仕事を奪う経済移民」という偏見で見られています。俗に「ポーランド人の配管工」といわれるほどです)を排除するのは人道主義の面でも、汎欧州という理想の面でも許されないというジレンマは、欧州の社会問題を考えるにあたって避けられないポイントです。本作随一の悪人であるズラトコが東欧のバックグラウンドを持っている背景には、そんなヨーロッパ特有の感情が隠れているのかもしれません。

自由すぎる階級社会アメリカ
 ズラトコ邸一階の階段脇には、結構しっかりとした本棚があり、書籍が並んでいます。ハンクが「紙の本なんて持ってるのはもうデトロイトで俺くらいだと思ってた」と言いますが、知識階級やその末裔(カール、ズラトコ)にとって、紙の本はまだコレクションとしての価値があるのかもしれません。実際、蚤の市に行くと革装丁の古書が売られていることも多いです。ハンクの交友関係には、そういう価値観の人がいなかった(庶民階級出身)ということでしょうか。フランス人は「アメリカは階級格差がひどい社会(で、上流階級は守銭奴だし庶民階級は底抜けのバカ)」だというイメージを持っているところがあるので(社会保障が手薄なのは事実)、そういう格差社会を描いた上で、ハンクは庶民側(愚かな方のアメリカ)に所属しているが、(ヨーロッパ的な)高尚な精神を持っているという演出なのかもしれません。
 カーラが記憶を消去された場合には、記憶を取り戻すきっかけの一つとしてレッドアイスの吸引パイプを見つけることができます。つまりズラトコもレッドアイスを吸引しているということなのだと思いますが、トッドなどと比べるとだいぶんコントロールできているようです。この辺り、アヘン戦争に陥る前の清でも上流階級がある程度うまくアヘンと付き合っていた一方で、イギリスから大量に密輸されたアヘンの氾濫が貧困層を麻薬漬けにしたという格差を思い出します。
 
 また、この章で初登場するルーサーは典型的な「低学歴の黒人肉体労働者」として造形されています。体格のよさ、バンツー系っぽい顔の作り、そして何より下町アフリカ系訛りの米国語(私が認識できた範囲では、警察署の警官に次ぐ二人目。フランス語版でも、やはり西アフリカ系の訛りをしています)。DBHは全体にステレオタイプがかなりえげつなく押し出されている作品なのですが、カーラ編はその辺が特にきついように感じます。その是非については、また別の機会に。
 

黒人の大災厄、ユダヤ人の大災厄(ショア)
 ズラトコに追跡機を外すと言われて地下に降りる途中、倉庫の前を通ります。日本の建築だとあまり地下倉は一般的ではありませんが、地下は地上に比べて温度が安定していることから、西洋建築ではしばしば倉庫として使われています。マンションの分譲や賃貸でも、「地下倉庫スペース付き」というのが一つの売りポイントです(倉庫の使用権がある場合は、共益費も広さに応じて支払います)。ワインなんかは、地下に保存しておくと変質しにくくていいんですよね。ボルドーのワイン名産地サンテミリオンでは、石灰岩を切り出した跡がワイン倉として活用されていました(PSゲーム「ベイグラント・ストーリー」の舞台としても出てきます)。
 しかし変異するとぶっ壊れる追跡機とか、随分と話に都合のいいシステムだな。好意的に解釈するなら、定期的に位置や現在状況を報告する、コナーの報告書作成機能の簡易版のようなものが設定されていて、変異(=自立)するとソフトウェアのその部分の実行を止めるようになる、とかそんな感じなんでしょう。
 
 ズラトコの機械から解放されたカーラは、地下倉の前を通るとき(アンロックしていれば)ズラトコの犠牲となった実験体たちを見つけることになります。部屋の探索中に破壊されたアンドロイドや、シリウムポンプが露出したアンドロイドが登場し、ズラトコの狂気がじわじわと感じられる、正統派ホラーじみた演出です。なんでちょいちょいホラー色を出したがるのか。
 異様な改造を施されたアンドロイド達の姿は、ナチスの人体実験を想起させます。ナチスの人体実験では薬品などの実験のほか、筋肉や骨など身体パーツの移植実験も行われ、被害者は生存しても文字通り異形に変えられた体の不自由に苦しむことになりました。
 DBHの物語の背骨は黒人奴隷の解放の歴史があるのですが、細かい部分はむしろ第二次大戦におけるショア(ホロコースト)を思わせる部分も多いです。やはりフランスにとってより身近な人道の危機はそちら、ということなのでしょう。
 
 ちなみに、ズラトコは元ロシア貴族ということなので、ロシア革命は彼の祖先が祖国を離れるきっかけになっていると考えられます。しかし、ロシア革命ではユダヤ人も弾圧されました。ロシア革命の犠牲者が、同じ犠牲者であるユダヤ人の虐待に擬せられた行為を行うというのは皮肉というか、フランス人の東欧への偏見というか、歪んだものを感じます。

 

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