西郷さん_03

第3回 妻の手料理はいつも褒める!西郷隆盛がいい夫すぎる件

歴女デザイナーのみろくです。桜島の足湯が好きです。
アイキャッチのゆるゆる西郷が左利きになっていますが、意図的ではありません。ざざっと描くものではないですね!

鹿児島ときくと、男は強く女は三歩後ろを下がって歩くといった姿をイメージされることがあります。
私の祖母も三歩後ろを下がりながら、家を守る強い人でした。周りの鹿児島出身者にきくと、やはり男性をたてる文化はあるようです。
では、西郷隆盛は妻に対してどんな人物だったのでしょうか。

今回はちょっとハートフルな愛妻家エピソードと料理男子なエピソードをご紹介。

妻の手料理は何でも褒める

西郷隆盛は奥さんが作った食事に対し、いつも感謝の言葉を述べていたと言います。
食事とは日々欠かさず食べるもので、日常の中に溶け込んでしまいがちです。
何か特別なことがなければ感謝の言葉を述べる機会もなくなってしまう。
そんな妻が作ってくれる日々の食事に対し、西郷はつねに感謝の言葉を述べていたそう。

そんなハートフルなエピソードが聴けるのは鹿児島にある「維新ふるさと館」であり、西郷隆盛の義妹(西郷の妻・イトの弟の妻)にあたる岩山トクさんの肉声で西郷の生前のエピソードを聞くことができる。
そのエピソードの中に西郷が妻の料理をなんでも褒めたというものがあるのだ。

日常に溶け込んでしまう日々の食事に対して、いつも感謝とともに料理を褒めてくれるとは何というよかにせなのでしょう。(よかにせは鹿児島弁でいい男という意味)

義妹・トクさんが西郷と接していた時期は1869年、1870年ごろと言われており、西郷が亡くなる7年前前後。
だいたい40代前半のエピソードと考えられます。

余談ですが、鹿児島弁のよかにせの「にせ」とは青年という意味。
にせ(青年)というには少し年上すぎますが、よかにせエピソードですね。

西郷の意外な特技、味噌造り

もう一つ、西郷隆盛のかわいらしい料理エピソード。

鹿児島の男は台所に入らない、なんて言われます。では、西郷はどうだったのでしょうか。
西郷は料理に対して意外な特技がありまして、なんと味噌造り。
義妹・トクさんの肉声にて「料理に興味がなさそうなのに意外であった」というエピソードが紹介されています。

当時の男性が味噌造りをするというのは、現代でいうとどれくらいのインパクトなのでしょう。
今と昔では感覚は違いますが、味噌という日本の食卓では利用頻度の高い調味料を作るということは、日々の料理を手伝う男性というイメージではないでしょうか?

冒頭で「鹿児島の男は台所に入らない」なんて言葉を紹介しましたが、もちろん全ての鹿児島男子がそうではありません。
私の周りにも料理が得意な鹿児島出身男子はいますし、何よりそんな男性を見かけるたびに「西郷の味噌造り」を思い出してしまいます。


そんなエピソードが聴ける、維新ふるさと館へ行こう!

今回は維新ふるさと館で聞ける、岩山トクさんのエピソードを中心にご紹介しました。
当時、96歳の肉声は西郷と同時期を生きた人物の生粋な鹿児島弁を聞くことができます。
加治屋町にあるふるさと維新館は西郷隆盛生誕の地のほど近く。
近隣には大久保利通生誕の地、村田新八生誕の地などの幕末のヒーローゆかりの土地が密集している散策コース。

西郷のハートフルな人となり、そして薩摩の当時の様子を肉声という形で知ることができるのはとても貴重です。
鹿児島に行く際はぜひともこの加治屋町を歩き、維新ふるさと館を訪ねてみてはいかがでしょう。

維新ふるさと館
http://ishinfurusatokan.info/

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Miroc Kodachi

ご当地キャラクターを通じて地域デザインしているデザイナーでプロデューサー。リカロン社代表取締役軍師、歴史好き。

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